第53話 アイトの気持ち
「そりゃ教えるのは構わないけど……もう炎くらいなら出せるし、戦闘に支障は無いでしょ?」
アイトの目に、いつもの前向きな意欲とは違う焦りの様なものを感じたからだろうか。
最近はあまり重視していなかった魔術を習いたいという言葉を、フェリは素直に了承することが出来なかった。
「戦う為の魔術では無く、もっと別なものを教えて欲しい。治癒術や……人を浮かせたりする魔術があれば、覚えたいんだ」
「教える事は出来るけど、そういった魔術は攻撃魔術より難しいわよ? 必要な魔力も多いし……」
「それでも、教えて欲しい」
「……何かあったの?」
そう聞くと、アイトは目を細めながら少しだけ笑った。
今まで、彼のこんな表情を見た事など無い――空を見上げる悲し気な横顔を、フェリはジッと見つめる。
「フェリ、キミは凄い女性だ。地道に怪我人を運ぶ事しか出来なかった私と違い、あれだけの人数を纏めて治療した。……まるで君の方が、本当の勇者の様だ」
「な、何言ってるのよ。勇者はアイトでしょ」
「私のは所詮、自称と大差ないからな……」
思いがけない言葉に、フェリは驚きで目を丸くした。
もしかするとアイトは、昨日の事で自信を無くしてしまったのかもしれない。
だとすると、お門違いだ――アイトにはフェリが持ち得ない、勇者としての信念がある。
フェリはアイトと同じ様に空を見上げると、ぽつぽつとその思いを語り始めた。
「……アイト。私ね、昨日言われたの。貴重な治癒術を、獣人なんかに使わないでくれって」
「こんな所にも、獣人差別があるのか」
「そうみたい。もちろん突っぱねたけど……それが出来たのはアイトのおかげよ」
「私の……?」
「ええ。勇者としてのアイトに、きっと影響されたのね」
フェリの脳裏に、リーフの村を助けに行った時の事が過る。
床下を覗いて初めて獣人を見た時、フェリは少なからずギョッとした。
隣にいたアイトが当然の様に彼等を気遣っていたから、気持ちを切り替えることが出来たのだ。
(もし村人達を見つけたのが私1人だったら……)
元から差別意識を持っているつもりも無いが、本当に何のためらいも無く助けようとしただろうか……今となってはわからない。
しかし少なくとも、あの時のアイトの行動を見ていたからこそ、フェリは獣人も区別なく治療しようと思えたのだ。
「私には確かに人より魔力があるわ。でもアイトみたいに、信念とかそういう……正しくあろうみたいな気持ちは無いの。リーフの村を助けられたのも、昨日全員を助けたいと思えたのも、「助けるのが当然」みたいなアイトを見て来たからよ」
リーダーだから、というのもあるが、フェリにとってアイトの行動は今や指針だ。
悩んだり、戸惑ったりするフェリの背中を押す力になっているのだ。
もしも自分が勇者に見えたのなら、それは勇者としてのあり方を体現する者が傍にいるから――フェリはそれを伝えたかった。
「自称だっていいじゃない。私もマリアーナも、多分リサも……アイトのそんな人柄に惹かれて一緒にいるんだから」
「特別な力を持たない、神器にも認められない私が、勇者を名乗っていいのだろうか……」
「名乗るだけならタダなんだから、バンバン名乗っちゃいなさいよ。少なくとも私はアイトのこと……勇者だと思ってるわ」
「……ふっ、そうか」
少しだけ和んだ様な声に目を向けると、既に自分を見ていたアイトと目が合った。
その瞳に映る自分の顔を見て、フェリはアイトとの距離が思ったより近かった事に気付く。
「勇者という肩書に固執するあまり、焦っていた様だ。勇者であろうとする事に、特別な力も神の許可も必要ない」
「そ、そうよ。ただ強い人なんて沢山いるし、大事なのは気持ちなんだから! それにほら、聖剣だってあるんだから単なる自称って訳でも無いし、まだ試してない神器もあるし……!」
何かを誤魔化すようにまくし立てながら、フェリは視線を逸らした。
どうも最近は、アイトと話していると落ち着かないことが多い気がする。
(あ、あれ? 何か今、変な空気じゃない?)
自分はアイトを見てないのに、アイトが自分を見つめているのがわかる。
そんなつもりは無かったのだが、どうすればこの空気を無かったことに出来るのか思いつかなかった。
「フェリ」
「!! な、なに?」
胸の前でわたわたと落ち着かなかったフェリの手を、アイトが掴んだ。
普段なら叩き落とす所だが、今は何故かその手を凝視することしか出来ない。
「私はもしかしたら、この世界に必要ない存在なのかもしれない。だがキミが私を信じてくれるのなら……せめて私は、キミにとって恥ずかしくない勇者でいよう」
「…………」
「だからフェリ、どうかもっとちゃんと……私を見てくれないか?」
見てくれ、とは恐らく、今アイトを見て話してくれという意味だけでは無いだろう。
ここまで言われてしまっては、フェリも気付かないフリをする訳にもいかない……アイトが自分の事を、どう思っているのか。
「君が好きなんだ。フェリ」
フェリだってアイトは嫌いでは無いが、マリアーナやリサの様にわかり易い好意を示した事は無い。
どちらかと言うと冷めた態度をとっていたし、2人だけで話した事も数える程しかなかった筈だ。
(なんで……私なのよ……)
それなのに何故、アイトは自分に好意を持ったのだろう。
わからないが、今求められているのは質問では無く……答えだ。
「アイト、実は私――わ!?」
「な、なんだ!?」
フェリが自分の気持ちを、偽りなく伝えようとしたその時――2人の立っていた地面が大きく揺れた。
地響きに紛れて聞こえて来た爆発音に顔を上げたアイトが、咄嗟にフェリを庇う様に抱きしめる。
その時チラリと目を開けたフェリに見えたのは、こちらに向かってしなる様に倒れてくる大きな茎だった。
「っ……!!」
巨大な茎が、守る様に身を固める2人の傍に音を立てて落ちる。
少しずつ収まる音と土煙におずおずと顔を上げたフェリは、横向きになった茎の上に誰かが立っているのに気付いた。
「なんで……アンタがここに……」
「ようやく見つけたぜ……クソ女ぁ!」
その手に宿る炎が、あの時と同じ様に爆ぜる。
茎の上から自分達を見下ろしていたのは、顔に傷を持つ白髪の青年――かつて取り逃がした盗賊の頭、ガルデンだった。




