第28話 ついに見た
「やっぱ、こういうトコの方が落ち着くね」
「あ、ありがと。……私も静かな方が落ち着くわ」
息の詰まりそうな状況から解放されてホッとしたフェリは、路地から見える大通りを眺めた。
道行く人々はフェリ達が消えたことになど当然気付かず、相変わらず濁流の様な流れを作っている。
周囲は既に夕陽がさしているにも関わらず、人の数は減るどころか増える一方の様だ。
「フェリ、引きこもりだもんね~」
「変な言い方しないでよ。外に出る必要性を感じなかっただけ」
「でも、今は出てるじゃん。普通の人みたいに」
「そうね。普通……だと思ってた」
フェリは路地の壁に背を預けた。デュオもそれに倣う様にして、その隣に立つ。
先を促すでもなくただ黙っているデュオの様子に、フェリは自ずと口を開いた。
「本の知識は結構あるしアリナリへ行く事もあったから、旅なんて簡単だろうって思ってたわ。……でも、そうでも無かった。魔物や盗賊を目の前にしたら竦んじゃったし、思ったほど魔術は使えないし、人混みに呑まれたら気分が悪くなるし……想像とは全然違ったのよ」
頭ではわかっていたハズなのに、フェリは旅をする中で自分の適応力の無さを思い知った。
身に起こる出来事に、恐怖といった感情がつきまとう事を想像できなかったのだ。
「アイト達が少しだけ羨ましいわ。会う前はどうだったか知らないけど、魔物を目の前にしても怖がってなかったし。さっきも広場であんなに目立つことしてたのに、全然緊張してないんだもの」
ああいった行為をしたい訳では無いが、あの行動力に関しては素直に尊敬していた。
逆にフェリは、ハッキリした口調の割に行動は控えめで目立たない……要は小心者なのだ。
フェリは羽織っているローブのフード部分を、少しだけつまんだ。
「今だって、本当はずっとフードを被っていたいくらいなの。人に見られるのってなんだか恥ずかしいし、隠れていたいって思っちゃう。こんなんじゃダメよね……アイト達みたいに強くならないと」
「無理すること無いよ」
「無理って言うか、私がそうしたいだけで……って、え? 何?」
ずっと黙っていたデュオが返事をするのと同時に、フェリは自分の髪に何かが触れている事に気付いた。
思わず隣を見ると、デュオがフェリの髪をもたもたといじくっている様子が目に入る。
「デュオ?? なにして……」
「難しいなコレ。……うん、こんな感じかな?」
「へ? ……あ」
髪に何かついているのを感じ、フェリは壁にある窓の1つを覗き込んだ。
ガラスに映るフェリの耳より少し上に、赤い薔薇の様なものがくっついている。
「うん。やっぱフェリにはピンクより赤が似合うよ」
「これ、髪飾り? どうし……」
フェリは聞きながら振り返ろうとしたが……出来なかった。
いつの間にかすぐ後ろに立っていたデュオが、自分の首元の髪を少しだけすくい上げるのを感じたからだ。
「無理なんて、することない」
「デュオ……?」
「ずっと隠れてていいよ。アイツみたいにならなくても、フェリは俺様が守ってあげるから」
「…………」
デュオが一体、どういうつもりでそんな事を言っているのかはわからない。
だが囁かれたその言葉は、フェリの耳にはとても甘美な台詞であるように思えた。
(ふ、振り向けない……!)
心臓が早鐘の様に激しく脈打ち、頬は人混みにいた時よりもずっと熱い。
今、デュオの目には、ガラスに映った自分の姿が見えているのだろうか――そう思うと、自然と顔が下を向いてしまう。
「だからさ、フェリ――」
「危どべらばぁぁああああ!? ……ぶへ!」
「……え?」
デュオの言葉は、突然の叫び声と盛大な落下音によってかき消された。
2人がすぐ傍で起こった土煙の方へ顔を向けると、白いローブ姿の男が沢山の荷物にまみれながら伸びている。
「だ、誰? て言うか……大丈夫?」
「良かったね~フェリ。協力者が見つかって」
「へ? 協力者って……」
「その人、魔術師」
「魔術師?」
「あいたた……どうしてちょっと高い位置に出てしまったのかなー?」
頭を押さえながら起き上がる男を見て、フェリはデュオの言葉に納得がいった。
男の周囲に落ちているのは、魔術の本や魔道具、液体の入った小瓶や水晶など、魔術師として馴染みのあるものばかりだったからだ。
「ん、じゃ帰るね」
「え? 帰るって……」
「デートはここまで。またしようね」
「ちょっとデュオ、手伝っ……」
デュオを呼び止めようと手を伸ばした時、フェリの頭から髪飾りがポトリと落ちた。
視界の端を過った赤い影に、フェリはつい気を取られてしまう。
拾い上げた時には、目の前にいたはずのデュオは既にいなくなっていた。
「……逃げたわね」
大方、関わるのが面倒で逃げたに違いない。
そう思ったフェリは握っていた髪飾りをローブにしまうと、わたわたと荷物を集めている男へと近づいた。
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「くっ……なぜ誰も見つからないんだ?」
ベッドの端に腰かけながら、アイトは腕組みをしながら考えていた。
広場での達人探しは一向に成果が出なかったため、今日は正規ギルドに併設された宿で休むことにしたのだ。
マリアーナとリサは女性用にとった別の部屋で休んでいる。
(フェリも出掛けると言っていたが、ずいぶん遅いな……夕食まで少し休むか)
アイトは立ち上がって鎧を脱ぐと、聖剣と共に椅子に乗せて大きく伸びをする。
この世界へ来るまでは鎧など着る機会が無かった為、実はすごく疲れるのだ。
伸びをやめると目の前にあった鏡が目に入り、そこに映る自分の姿を見てある事を思い出した。
(そうだ、横になるなら少し外しておくか……いやそれは危険だ。む? 少しズレてるな)
アイトは鏡に近付き、ズレていたソレを外す。
そして少々ほつれているのを見て、ブラシをかけ始めた。
(思えばコレとも長い付き合いだな。召喚される前から持っているのだから当然か)
召喚されたのが自室で寝ている時でなかった事に、アイトは心底安堵していた。
コレがあるのと無いのとでは、この世界での生き方も大きく変わっていたかもしれない。
元いた世界がそうだったように――。
(やはり、ずっと着けっぱなしは良くないな。手入れが出来ないし……コッチにも良くない)
アイトは丁寧にブラシをかけていたが、やはり目の前に映る自分の様子が気になった。
ここへ来てから一時も気を抜けないので、少しストレスが溜まっている気がする――アイトは持っていたブラシで頭皮を少しだけ叩いた。
「はぁ。また少し薄く……ん?」
アイトが鏡を見ながら溜息を吐いていると、誰かが自分の部屋の方へ駆けて来る足音が聞こえて来た。
急いで鏡台に置いていたそれを取ろうとして、ついうっかりブラシと共に床へ落としてしまう。
(マズい……!)
床に落ちていたソレへ、慌てて手を伸ばす。
しかしソレを掴むと同時に、部屋の扉がノックも無しに開け放たれた。
飛び込んできたのは、よりによって一番見られたくない仲間の1人――フェリだった。
「アイト! 魔力制御を覚える為の協力者が……」
「…………」
「見つかったんだけど……」
この時、見つめ合うアイトとフェリは同じことを思った。
「これはもう、隠し立て出来ないな」と――。




