第27話 普通のデートとは
フェリはラキアの家で暮らすようになってから10年、大樹かアリナリくらいにしか出掛けたことが無かった。
学校に通ってはと言うラキアの提案を頑なに拒み続け、最低限の用事以外では外にも出ないという徹底ぶりだ。
将来を危惧したラキアに闇ギルドへの使いを命じられなければ、ずっと引き籠っていたに違い無い。
そんな訳でフェリには、アイト達と会うまでは友達どころか同年代の知り合いさえいなかった。
ハードルドとデュオもそこまで年上には見えないが、一般市民と違って会うのは夜中――普通の友人とは言い難い。
とにかく『昼間に誰かと出掛ける』という行為にトンと縁の無かったフェリにとって、デートなんてものは異常事態に他ならなかった。
(こんなこと初めてだけど、でも…………なんで精肉店?)
現在の状況に、フェリは大変戸惑っていた。
デュオに連れてこられたのは肉を捌いて加工する精肉店で、ガラスの向こうでは店主が、活きの良い鳥に容赦なくトドメを刺している。
(それともこれがデート? いや、いくらなんでもそれは……)
大賢者の弟子として知識量だけは豊富なフェリだったが、この状況は本でも見たことがない。
本と言っても、ラキアに強制的に読まされた若い娘向けの恋愛小説の話だが、デートについて大体のパターンは知っているつもりでいた。
しかし百聞は一見に如かずというのももちろん理解していたので、『本当はこうなのかも?』という気持ちがフェリの考えを鈍らせる。
どの道一度もデートをしたことが無いフェリには、今の状況を否定出来るだけの材料が無かった。
「フェリ、今の見た? 手際良いよね~。ここの店主の肉捌きは俺様の中でも3本の指に入るよ」
「……そう……」
肉捌き。
果たしてデートとはそういったものを見る為のものだっただろうか。
そもそも3本の指というからには、精肉店をこうして見学するのも初めてではないのではないか。
フェリが困惑しながらそんな事を考えていると、血の付いたエプロン姿の店主が店先まで出て来た。
「いらっしゃい、買い物かい?」
「ただの見学~」
「なんだ冷やかしか? 見て楽しいモンでも無いだろうに」
「いや、結構楽しいよ? おっちゃん皮剥がすの上手いね~」
「お、わかるかい? 兄ちゃんなかなか見る目あるな。ちょっと待ってろ」
割と若い店主は嬉しそうに店の奥へ引っ込み、しばらくして戻って来た。
そして両手に持っていた、香ばしい匂いのする串焼きの様な物を差し出す。
「ほら、食べな。出来立てのほやほやだぜ」
「なにそれ?」
「特製のタレを塗って焼いた鳥の串焼きだ。美味いぜ?」
「へ~、いくら?」
「サービスだよ。こんな仕事じゃあ、腕を褒めて貰えるなんて滅多にないからな。礼みたいなもんだ」
「いいの? ラッキー。はい、フェリ。俺様の分も食べていいよ~」
「ありがと……」
何故2つも……と思いながら、フェリは手渡された串をぎこちない笑顔で受け取った。
店主の「出来立てのほやほや」という言葉の意味については、この際考えないようにする。
(デュオは楽しんでる……のよね? ならまぁいいか。これ美味しいし)
デュオと店主が解剖法について語り合ってるのを見ながら、フェリは串焼きを遠慮なく頂く事にした。
目の前で処理されたばかりの加工品を食べるのは普通の娘なら嫌がるだろうが、すぐ気持ちを切り替えられるのはフェリの良い所だ。
「兄ちゃん達、アリナリの方から来たのかい? よく無事だったなぁ」
「ん? 無事って? 北の方はそんなに魔物とか出ないんだけど」
「なんだ、知らないのかい? 最近あの辺には破滅の魔女が出るんだ」
「破滅の魔女?」
デュオの適当な道筋を聞いて驚く店主に、フェリは思わず聞き返した。
最近アリナリとジーハスを結ぶ街道付近に『破滅の魔女』が出ると、首都ではかなり噂になっているらしい。
「なんでも昼間は何ともなかった森や林が、朝には天変地異が起きたみたいに破壊されているらしい。焼け焦げや凍った跡があって地面まで割れてるから、凶悪な魔女の仕業に違いないってみんなビビってるよ。噂じゃ既に村が1つ滅ぼされたとか……」
「本人は悪気がないのかもしれないよ? ね、フェリ?」
「……うん」
あり過ぎる心当たりに、フェリは微妙なフォローをするデュオから目を逸らした。
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「ダメだわ……人が多すぎる……」
「フェリが来たいって言わなかった?」
精肉店を後にした2人は、首都ジーハスの市場を歩いていた。
大きな通りは広場よりも沢山の人々が行き交い、両側に立ち並ぶ露店からは客引きの声が聞こえてくる。……フェリは失敗したと思った。
「急に『どこ行きたい?』って聞くから咄嗟に思いつかなかったのよ。ていうか、他に何にも考えて無かったの?」
「うん。だって俺様デートとかしたこと無いし」
急にデートなどと言い出したデュオに、最初は何か用事でもあるのではと思っていたが……特に何か考えがあった訳では無いらしい。
だが自分が次の行き先を決めるとなると、やはり本で得た知識しか思いつかず、つい「お店を見て回るとか……?」と言ってしまった。
そんなこんなでフェリ達は、一緒に苦手な人混みの真っ只中を歩く羽目になったのだ。
「私だってしたこと無いわよ。どうりで変なと……精肉店に連れて行くと思ったわ」
変な所と言うのは流石に気が引けたので言い変えた。
最初はどうかと思ったが、串焼きも美味しかったしフェリもそこそこ楽しめた気がしたからだ。
「あれ? 楽しくなかった?」
「楽しかったわよ。単に普通じゃないってだけ」
「そう? じゃ、普通のデートってどんなの?」
「ええ? う~ん……あんな感じかしら?」
フェリ自身知らないのだから、聞かれても困る。
視線を彷徨わせたフェリは、少し先の店で買物をしている若い男女を指差した。
「エレン、このネックレスなんか良いんじゃないかい?」
「あら、ステキねジェイク。……でも綺麗すぎて私には似合わないわ」
「何を言うんだエレン! キミより美しい物なんてこの世に存在しない! どんな宝石もキミの輝きには敵わないのさ!」
「そんな……貴方ほど知的で優雅な男性も存在しないわ。私、貴方がいつか他の女性を選ぶんじゃないかって心配で……」
「エレン、そんな事が起こる訳が無いだろう? 僕はもうすでにキミの虜なのだから! ……あ、これ下さい」
「嗚呼! 愛してるわジェイク!」
「僕もだよエレン!」
互いの名前を叫びながら、公衆の面前でヒシと抱き合う男と女。
フェリは彼等を指差したことを激しく後悔し、見物していたデュオはポカンとした顔でフェリを見た。
「……フェリ、ああいうのがいいの?」
「ち、違う違う!! あんなの全然普通じゃないっての!」
「えー。結局どっち?」
「今のはちょっとした間違……わっ!?」
人の多い場所で立ち止まっていたせいで、フェリは人の波に流されてしまった。
先程までの疲労感がよみがえり、逆方向へ流れる人の多さに吐き気を感じ始める。
「うぅ、気分が……え? ……あれ?」
気分が悪くなったのは、一瞬だけだった。
気が付くとフェリは、デュオが伸ばした手によってすぐ傍の路地へと引っ張り込まれていた。




