第21話 盗賊の頭
「さあ、これで大人しくしていてちょうだい」
「縄で縛るだけで大丈夫なのか? この男はかなりの怪力だが……」
「大賢者特製の縄だから大丈夫よ。それより、これからどうするか考えなきゃ」
アイトの頭頂部へ行こうとする視線を無理やり逸らしながら、フェリは今後の行動について思案した。
何故か抵抗をやめた大男を縛り上げたは良いが、囮を見失った他の盗賊達がそろそろ戻ってくるはずだ。
「とにかく、村人を救出しよう。……村人は床下にいるんだな?」
「勝手に開けりゃあ良いだろうが」
「……そうね。とりあえず開けてみましょう」
ハッキリと答えない男に一抹の不安を覚えながら、フェリ達は辛うじて残っていたランプを片手に色の違う床へと近づいた。
アイトが床の隙間に聖剣を少しだけ食い込ませ、てこの原理で床板を一気に押し上げる。
蓋が外れる様な音と共に開いた床下を覗き込んだフェリは、そこにいる彼等を見て目を丸くした。
「……獣人?」
「ひっ……!」
フェリ達を見て小さく悲鳴を上げた村の人々は、それぞれ独特の風貌をしていた。
ある者は鋭い牙や爪を持ち、ある者は翼や獣の耳を生やしている。そして全員が、フェリ達とは違う体毛に覆われていた。
彼らはフェリ達のいる部屋より一回り小さい空間に押し込められていたが、何人か怪我人が横になっているものの、全員生きている様だ。
「良かった! 無事だったんだな!」
「え? ……あの……あなた方は……?」
嬉しそうな表情を浮かべるアイトを見て、村人の中から1人の男性が歩み出た。
梯子の下から恐る恐る自分達を見上げる犬耳の男性に、フェリは手短に説明する。
「リーフに聞いて、あなた方を助けに来たんです。と言ってもまだ盗賊は捕まえて無くて……」
「リーフが!? あの子は無事なんですね! 良かった……!」
そう言って、犬耳の男性は安心したように泣き崩れた。
知っている者の名前を聞いた村人達にも安堵の表情が広がり、口々に喜びの声を上げる。
「やった! 助かるんだ!」
「盗賊に見つかる前に、早く逃げましょう!」
「ああ、もちろんだ。1人ずつ順に梯子を……」
「待って、アイト」
床下に手を伸ばしたアイトを制止したフェリに、沸き立っていた村人達が静まり返る。
一転して不安そうな空気が漂い始めたが、フェリは冷静だった。
「この人数で、こんな嵐の日に逃げるのは無茶よ。私達には捕まえたこの男と、気絶したマリアーナまでいるんだから」
「しかし、このままこうしている訳には……」
「私に考えがあるの。聞いてくれる?」
いつ盗賊が戻ってくるかわからない状況で、のんびりしてはいられない。
アイトは少し考えていたが、ハッと建物の外へ目をやった後、真剣な表情でフェリに頷いた。
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「おい、どうなってんだこりゃあ」
「壁が壊れてるぞ! お頭もいねぇ!」
フェリ達が村人を見つけてそう経たない内に、盗賊達がガヤガヤ騒ぎながら戻って来た。
暖炉に大穴の空いている惨状に、驚いている様だ。
フェリ達が息を潜めながらその声を聞いていると、しばらくして盗賊の1人が、床板を外して地下を覗き込んだ。
「村人はまだ中にいるみてぇだ」
「じゃあお頭はどこに消えたんだぁ? この壁の大穴はお頭の仕業じゃねぇのか?」
「おい、探すぞ! 崖下に落ちたのかも知れねぇ」
「お頭ー! お頭ー!」
盗賊達の足音が、少しずつ建物から離れていく。
完全に声が聞こえなくなってから、フェリは殆ど止めていた息をゆっくりと吐きだした。
「良かった……行ったみたいね」
「流石だな、フェリ。上手くいったようだ」
緊張していた周囲の空気が、一気に緩和する。
フェリ達は今、村人達と共に床下で身を隠していた。
盗賊が覗いてもわからないよう一番奥で身を屈め、村人達の影に庇って貰っていたのだ。
「しかし、よくこの男が頭だとわかったな……」
「その辺は勘だけどね。バレたらどうしようかと思っちゃった」
そう話しながら、2人は猿ぐつわを噛ませた大男を見る。
あれだけの怪力を持つのだから、頭である可能性は高かった。
そして村人をどう売るにせよ、司令塔を失った盗賊達がすぐに動くことはまず無い。
力で統率された集団と言うのは得てして、ボスの断りなく勝手な事はしないものだ。
少なくとも、騎士団が来るくらいまでは時間を稼げるはず……そうフェリは考えていた。
「このまま持ち堪えられれば良いが……フェリ、怪我人の治療を頼めるか?」
「ええ。任せて」
床下の空間は、四方に焚かれた松明によって比較的明るかった。
息も出来るよう崖側の壁に格子付きの穴も開いている事から、元々非常時の避難所として作られたのかもしれない。
そう思いながら一番奥に寝かされている怪我人に近付いた時、フェリはふと格子にある引っ掻き傷に気付いた。
「あの、この傷ってもしかして……」
「ええ。実はそこから逃げられないかと思いまして……こっそり爪や牙で削っていたんです」
「そう。私が聞いた音はこれだったのね」
フェリはそのまましゃがみこんで、怪我人に治癒魔術をかけ始めた。
それほど深い傷では無かったので、半刻もかからずに全員の治療が終わる。
村人達はフェリに感謝しつつ、その治療のあまりの速さに驚いた。
「凄い……それが魔術というものなんですね」
「ええ、まぁ……と言っても、私は修行中ですけど。治癒術の専門は、医療魔術師だし……」
「この村には、その医療魔術師というのはいないのか?」
「と、とんでもないことです。医療魔術師は大きい街にしかいませんし、そうでなくても我々では……」
アイトの質問にあり得ないとばかりに首を振っていた猫の獣人女性が、徐々に声を小さくする。
それを見て不思議そうな顔で首を傾げるアイトに、フェリが女性の答えを代弁した。
「アイト、この世界には……獣人差別があるのよ」
「獣人差別? ……そうか。やはりそういうのもあるのか……」
異世界人であるアイトが獣人差別についてあっさり納得したのは少し意外だったが、フェリはアイトに少しだけ説明する。
200年前の統一戦争で、獣人族のほぼ全てがヴェルヘルム側に付いたこと。
そして彼等に沢山の同胞を殺された他の国が、戦争が終わった今もそれを深く恨んでいるのだということを。
その話に、頭に赤い毛の様な物を付けた老齢の獣人が頷く。
「獣人が例外なく奴隷にされるというローグセリアに比べれば、この国はまだいい方です。人間と同じ待遇は受けられませんが、土地だけは与えられていますから」
「奴隷か。そういえば……」
「! ちょっと待ってアイト。静かに……誰か来るわ」
建物内に複数の人間が入ってくる気配を感じ、床下にいる全員が一斉に静まり返る。
先程と同じように身を隠しながら、フェリは必死に耳を澄ませた――もし騎士団なら、助けを求めることも出来るが……。
(騎士団? にしては、何か……)
先程の盗賊達はあんなに大声で話していたと言うのに……。無言の足音に不穏な空気を感じる。
足音はしばらく建物内をうろついていたが、やがて崖側――フェリ達の真上で立ち止まった。
「……出て来いよ。下にいるんだろ?」
「!」
フェリとアイトが驚いて目を合わせた瞬間――木の板を割るような音と共に、木片がバラバラと舞い落ちて来た。
村人達が悲鳴を上げて飛び退き、それによって隠れていたフェリ達が丸見えになってしまう。
「ははっ、やーっぱここに隠れてたか! ……さっさと上がれ。でなきゃ床下にいる奴は全員丸焦げだぜ?」
見下ろしていたのは、顔に大きな傷のある白髪の青年だった。
彼が拳に宿す炎の球体を見て、フェリは自分の予想が外れていたことを悟った。
盗賊の頭は、捕まえた大男では無かったのだと。




