第19話 陽動作戦
「ここがリーフの住んでいる村ね……」
焼け焦げた壁に背を預けながら、フェリは息を潜める。
その目は村の一番奥――崖沿いにある、大きな建物を注視していた。
ローブを吹き上げる風は昼間より格段に強くなっていて、小高い丘の上にある村はその風勢をモロに受けている。
だが、そのおかげでこの距離まで近づけたとも言える。
風が強いせいか村には松明が焚かれておらず、あの建物以外に明かりは無い。
「既に占拠されていたか……クソッ」
フェリの横で同じく身を屈めるアイトが、建物を見ながら悔しそうに拳を握りしめた。
扉の前には、人相の悪い見張りが2人。中で盗賊達がバカ騒ぎしている声が、風に紛れて聞こえて来る。
村が襲撃を受けてから丸一日経とうとしているのだから、想定出来た事ではあるが……それでもアイトは間に合いたかったのだろう。
「アイト、その……」
「ただいま戻りましたわ!」
フェリがアイトに声を掛けるべきか迷っていると、周囲の様子を見に行っていたマリアーナが戻って来た。
目立つドレス姿のマリアーナに偵察活動が出来るのも、今夜の天候が悪いお陰だ。
「他の建物は全て壊れていますわ。村人はどこへ行ったんですの?」
「捕虜を収容出来そうな場所は、盗賊達のいる建物だけだ。恐らく村人は全員、あそこに捕まっているのだろう」
「あるい……そうね、そう願うしかないわ」
あるいは、という言葉をフェリは咄嗟に飲み込んだ。
最悪のケースは心に留めておけばいいだけで、口に出す必要は無い。
フェリはなんだか自分が嫌な人間に思えて仕方なかったが、それでも口に出す必要がある忠告は、しなくてはならない。
「よし。では早速……」
「待ってアイト。捕まっているだけなら差し迫った危険は無いだろうし、このまま騎士団を待っても良いんじゃない?」
殺すつもりがあるなら、既に事は済んでいるはず。
村人が捕らえられているだけなのであれば、駐屯地へ向かったリーフとリサが騎士団を連れて来るのを待つのも1つの手だ。
差し迫った状況でもないのに盗賊と戦う必要など無い。そうフェリは思ったが、アイトの考えは違うようだった。
「だが、雨が降り始めてからでは動きにくい。それにたとえ危険には晒されていないとしても……村人達は今、恐怖に晒されている。助ける理由はそれで充分だ」
「……そういう所は、やっぱ勇者なのね。でもアイト、なんで……」
「アイト様。何故そんな格好をなさってるんですの?」
言い難そうなフェリの言葉を、マリアーナが引き継ぐ。
どういう訳かアイトは、自分のマントを頭に巻き付けていた。
顎の下でキッチリ結び目を作っているので風に飛ばされはしないが、余った布地がハタハタとたなびいている。
「フェリだってフードがあるだろう。……雨避けのようなものだ」
「ああそう……。じゃ、作戦は予定通りでいいのね?」
「ああ。私が盗賊達を引き付けている間に、フェリとマリアーナで村人を逃がしてくれ。どれだけ時間を稼げるかわからないが、出来るだけ急いで欲しい」
今回の目的は盗賊を倒す事ではなく、あくまで村人の救出。
村人達を逃がした後は撤退し、盗賊の討伐は騎士団に任せる。
それが、力量の勝る相手に対してフェリ達が導き出した答えだった。しかし、それにマリアーナが異議を唱える。
「やっぱり嫌ですわ! わたくしはいつでもアイト様のお傍で戦います!」
「マリアーナ、しかし……」
「アイト、いくらなんでもあの人数を1人で引き付けるのは無理よ」
「だがフェリ、そうなればキミは1人で……」
「盗賊はアイト達が引き付けてくれるんでしょ? なら平気よ」
当然、強がりだ。ローブを着ているので気付かれていないが、フェリの手には汗が滲んでいた。
だがアイト達の方がもっと危険な役目を担うのだから、自分も覚悟を決めねばならない。
「……わかった。では、私とマリアーナが騒ぎを起こす。盗賊達が出払ったら忍び込んでくれ」
「了解。あとこれ、よかったら持って行って」
「これは?」
フェリが渡したのは、ラキアの家から持ち出したポンポン豆だった。
手の平サイズに加工されたそれは、ヒビが入ると破裂するようになっている。数に限りはあるが、出し惜しみはしていられない。
「あんまり強力なのは貰えなかったけど、大きい音が鳴るから脅かすくらいは出来ると思うわ……2人とも気を付けて」
「ありがとう、使わせてもらう。……では、行くぞ!」
「アイト様はわたくしがお守りしますわ!」
そう言って、3人は同時に駆け出した。
アイトとマリアーナは建物へ向かって正面から突っ走り、フェリは壁から壁へと渡りながら少しずつ建物との距離を縮める。
フェリが建物に一番近い死角に到達した時、大きな破裂音が村に響いた。
焦る声と共に、建物から屈強な男達がぞろぞろと飛び出して来るのが見える。
「なんだ!? 何が起きた!?」
「おい! 怪しい奴らがいるぞ!」
「敵襲だー! 全員出ろー!!」
大通りで目立つようにポン豆をまき散らす2人組に、盗賊達が押し寄せる。
出撃の波が収まったのを確認し、フェリは盗賊達のいた建物の中にスルリと入っていった。
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(どこにいるのかしら……)
盗賊達の出払った建物の中は、村人がいるとは思えないほど静まり返っていた。
奥にある暖炉の火だけが、パチパチと音を立てている。
フェリは床に転がる酒瓶を踏まない様にしながら室内を歩き回ったが、捕虜を隠せるような空間が存在しない事に気付いた。
「ここは……集会所?」
恐らくそれに近い目的で建てられたのだろう。
1階建ての建物には、今いる大きな部屋が1つあるだけだった。
壁には玄関以外の扉は無く、窓を覗いても建物の外には断崖絶壁しかない。
5分……10分……何の成果もなく過ぎていく時間に、フェリは次第に焦り始める。このままでは盗賊が戻ってきてしまう。
「やっぱり、村人はみんな……」
他の建物があれだけ被害を受けているのに、村人が全員逃げ出せたとは思えない。
最悪のケース――それを確信しそうになった時、フェリはふと顔を上げた。風の音に紛れて何か……奇妙な音が聞こえる。
「何かを引っ掻く音? ……もしかして!」
フェリは膝をつきながら室内の床を隈なく調べる――すると、暖炉の手前の床の色が少しだけ違う事に気付いた。
引っ掻く音はどうやらこの下から聞こえている様だ。フェリはまだ残っていた可能性に気付いてホッと笑みを漏らす。
「そうよ……きっとこの下に……!」
「よお嬢ちゃん。探しモンは見つかったか?」
「!」
背後から聞こえた声に、フェリの心臓がドクリと大きな音を立てる。
アイトでもマリアーナでも無い、低い声……。
微かに鼻をかすめる、表の人間からはするはずの無い独特の臭い――血だ。
「……え? マリ……アーナ?」
恐る恐る振り向いた先に、立っていたのは……。
気絶したマリアーナを片腕にぶら下げた、巨大な男だった。




