第18話 勇者と少年
アリナリ出立から半月――。
フェリ達は現在、首都ジーハスまでもう半分という辺りまで来ていた。
まだ夕方と言うには早い時刻だったが、今夜は天気が荒れそうだというフェリの判断で、少し早めに食事の準備をしている所だ。
最初は野宿の予定だったが、運よく空き家を見つけたので今夜はそこで泊まることにする。
「うん、美味しそうに切れたわ。さすが神器ね!」
珍しく手に入った果物をカットしながら、フェリは持っていた神器のナイフを満足そうに眺めた。
デュオの言った通り、このナイフを果物に使うと本当にみずみずしく切れる気がする。
ちなみにデュオは「投げ方はもう教えたから~」と言ってまたどこかへ行ってしまった。
「フェリ。頼むから神器をそのように使うのはやめてくれないか」
「え、どうして?」
「それは聖なる武器なんだぞ? 果物ナイフにするのは、神器の役目として相応しくない」
「魔物や悪党を切りつけるより、よっぽど健全な使い方じゃない」
「そうかもしれないが……そのナイフは既に多くの生き血を吸っているのではないか?」
「……嫌なこと言わないでよ」
フェリだって、何百年も使い古されてきた神器を使うのは衛生的にどうなのだろうと考えなかった訳では無い。
しかしこの神器は果物ナイフに最適であったし、「聖なる武器」なのだから勝手に浄化してくれているだろうと考え直した。
(ていうか、そもそも他に使い道が無いし)
ナイフ投げも大分慣れては来たが、神器を投げて失くすのは気が引ける。
ならばと適材適所で使っているのだから、神器のナイフにしてみれば本望なのではとすら思っていた。
「あら? 今何か、外で物音がした様な気がしますわ」
「風の音でしょお? 誰かさんが今夜は荒れそうだって言ってたしぃ」
「しかし、念の為見てこよう。キミ達は待っていてくれ」
そう言って、アイトは剣を携えて小屋の外へ出て行った。
リサの言う通り、荒れ始めた風が壊れかけの窓をガタガタと揺らし始めている。
(いやホント、随分と成長したもんだわ……)
自発的に出て行ったアイトを見送りながら、フェリはつくづく実感した。
最初は戦闘も自炊も出来ないダメ勇者だったのに、今ではこうして自分から偵察に行き、一番に夜の見張りを申し出る。
マリアーナとリサも以前よりは攻撃が当たる様になったし、薬草も見分けられるようになってきた。勇者一行の旅路は、概ね順調だ。
「すまない! ちょっと扉を開けてくれ!」
「はいはい、どうしたの?」
アイトの慌てた声に、フェリは急いで扉を開ける。
すると彼は吹き乱れる髪を押さえながら、引きずるような足取りで小屋に入って来た。
ボロボロの帽子を被った5、6歳くらいの男の子が、アイトの背におぶさっている。
「ど、どうしたのその子!?」
「わからないが、そこで倒れていた」
「夜になる前で良かったですわ。嵐が来てからでは気付きませんでしたもの。さすがわたくし!」
「単に運が良かっただけじゃなぁい?」
「所々怪我してるけど、そんなに深くはないみたいね」
暖炉の近くに寝かせながら、フェリは少年の傷口に手をかざした。淡い光と共に、傷だらけの足がみるみる癒されて行く――。
治癒魔術などこの旅に出るまで使う機会が無かったが、これはかなりフェリの性に合っていた。いくら全力で魔力を使っても問題ないからだ。
しばらくそうしていると、数回の瞬きと共に少年の目がゆっくりと開いた。
「こ……こは……?」
「大丈夫? あなた、この小屋の外で気を失っ」
「お願い! 助けて!」
「へ?」
一瞬、フェリは少年が自分達に対して怯えているのかと思ったが……そうではなかった。
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「盗賊に村を乗っ取られたですって!? なんて野蛮な!」
「落ち着いてマリアーナ。それで……リーフ君だっけ。あなた1人が逃げ出せたのね?」
必死に縋り付いて来た少年の話を聞いている内に、小屋の中はすっかり深刻な雰囲気になっていた。
聞けばリーフというこの少年の村が、急に現れた盗賊団によって襲撃されているらしい。
「うん。みんなまだ戦ってる……父さんが隙を見て逃がしてくれたんだけど、どこへ行けば良いかわからなくて……」
なんとか逃げ出したリーフは、首都ジーハスの正規ギルドに助けを求めようと街道を目指していた。
だが歩き続けている内に方向がわからなくなり、とうとうこの小屋の前で力尽きてしまったという事らしい。
「盗賊が来たのはいつ?」
「昨日の夜……」
「子供の足でジーハスまで行くなんてムリですわ。わたくし達でもここから半月はかかりますのに」
「そんな……このままじゃみんな殺されちゃうよ!」
「放ってはおけないな」
アイトは風で乱れた髪を撫でつけると、悠然とした態度で少年の前に進み出た。
こういう時、フェリの目にもアイトが本当に勇者っぽく見えてくるから不思議だ。
「助けに行こう。村人たちは私が守る」
「え? ちょっとアイト……」
「ホント? お兄ちゃん!」
「アイト様が行くとおっしゃるのなら、わたくしは構いませんわ!」
「えぇ~。せっかく早く休めると思ったのにぃ」
「あらリサ、村へ行けば宿をとれるかもしれなくてよ?」
「や~ん、ふかふかのベッド! やっぱり見学に行きまぁ~す!」
「ちょっと待った! 全員落ち着いて!」
既に行く気満々の雰囲気だったが、フェリの一声に静まり返った。
一気に不安そうな表情に変わったリーフの目を見て、フェリの心がチクリと痛む。
「なぜ止めるんだ、フェリ。今の我々なら大丈夫だ」
「どこからそんな自信が出て来るのよ……。ジーハスは無理でも、騎士団がいるわ。地図によればここから半日行った所に駐屯地があるから、そこに助けを求めるべきよ」
「半日の間に、村が持ち堪えられるとは限らないだろう」
「そりゃ、確かに心配だけど……ダメ。相手は戦い慣れてるわ」
追い剥ぎくらいならば、今のフェリ達でも戦えたかもしれない。
だがその程度の悪党は、村を襲うなどという大それた行為はしない。
つまり実際にそれをする盗賊というのは、かなりの手練れである事を意味していた。しかもそれは複数いる。
修行自体は順調かもしれないが、まだそんな事に首を突っ込めるほどの実力は無い。
フェリにはアイトの行為が、無謀にしか思えなかった。
「アイトの剣はまだまだへなちょこだし、魔術もせいぜい焚き木に火を点けられる程度じゃない。私達には無理よ」
「それでも、行く」
「どうしてそこまで……」
「私が勇者だからだ」
「……え?」
間違った事は言っていない。そのはずなのに、フェリはそれを正された様な、奇妙な衝撃を受けた。
キッパリと言い切ったアイトの瞳には、不思議な事に恐怖も、過剰な自信も宿ってはいない。
あるのはただ、強い意志――それだけだ。
「私は人々を助ける為に、この世界に来た。だから、私は行く」
「…………」
「手伝ってくれ、フェリ」
勇者だから――それが、命を懸ける理由になるのだろうか。
フェリにはアイトの考えはわからない。わからないが……。
(そう言えば私も……「勇者一行」なんだっけ……)
勇者。その言葉だけで、全て説得されてしまった様な気持ちになる。
フェリは少しだけ目を閉じると、やがて迷いを捨てた様にアイトを見返した。
「……ただ行くだけじゃダメ。誰か1人はリーフと駐屯地へ行って、騎士団を呼んで来ないと。残りの3人で、村に向かいましょう」
「フェリ……! よく言ってくれた!」
「ありがとうお姉ちゃん! 勇者様!」
アイトが嬉しそうに破願し、リーフの目に再び輝きが宿る。
それを見て、フェリは勇者という存在がどういうものか、少しだけわかった気がした。




