第17話 ブロン……?
フェリがようやく当たったナイフに歓喜していると、茂みをかき分けながらマリアーナとリサが戻って来た。
それぞれ植物の入った小さなカゴを抱えている。
「お、重いですわ……」
「やだぁ~、泥が付いちゃったじゃないのぉ~」
「2人共お疲れ様! 随分早かったのね」
マリアーナとリサは、フェリに言われて食用になる薬草や野草を取りに行っていた。
2人の心底嫌そうな顔を見るに、行かされていたという表現が正しいかもしれないが。
食材が無ければ食事を作らないと言われれば、ワガママな2人も従うしかない。
フェリは2人に駆け寄ってそれぞれのカゴを覗き込み、採取物を確認する。
「これは雑草、これはまだ料理には使えない、これは毒キノコ……はぁ」
「全部ダメですの? また行くなんて嫌ですわ!」
「あたしももうイヤぁ。クタクタ~……」
「2人共、ちゃんと図鑑を確認したの?」
食用とそうでない物の違いがわからないという2人の為に、フェリは草花の図鑑を渡していた。
フェリはもう全て覚えているのだが、確認の為にと持って来ていたのは正解だった。
しかし、彼女達の役には立たなかったらしい。
「必要ありませんわ。これなんて赤くて美味しそうじゃありませんの」
「それ、猛毒なんだけど。何のために図鑑を渡したと思ってるのよ」
「やかましいのですわ。わたくしはこれを食べるのです」
「あたしもそれでいい。だから何か作ってぇ」
「食べさせた後に解毒薬まで作らされるのはごめんよ……」
毒入りでも良いから食事したいという食い意地に呆れるべきか、毒を食べてでも採取に行きたくないという怠け癖に呆れるべきか。
フェリはとにかく呆れながらマリアーナのカゴを受け取った。なんとか使えそうなものを探して、作るしかない。
そう思ってカゴを漁っていると、マリアーナがフェリの向こうを見ながら眉を上げた。
「あら。そちらの方、まだいらしてたの?」
そちらの方とは、つついたりしながらアイトの集中を乱しているデュオのことだった。
今朝彼がいると知った時は、フェリの客だからと大して気にしていなかったが……まだいるとは思わなかったのだろう。
話が逸れたのを察知したリサがこれ幸いと、持っていたカゴをフェリに押し付けてデュオに駆け寄る。
「こんにちはぁ~! あなたもやっぱり一緒に行く事にしたんですかぁ?」
「げっ……」
「きゃ!?」
近づいて来たリサを見た瞬間、デュオは眉を顰めて大地を蹴った。
そして彼女の頭上を軽く飛び越えて一度回転した後、かなり離れていたフェリの横に着地する。
その一連の動作を見ていたマリアーナが、驚きを隠せない様子でポカンと口を開けた。
「ちょっとデュオ、なんのつもり?」
「ああいう……女は苦手かな」
「え? そうなの?」
ここまで嫌そうな顔をするデュオは見たことが無かったので、フェリはすっかり驚いてしまった。
もちろんフェリ自身は惚れ薬の効果があるので論外だが、結婚がどうのと言う男が女嫌いだとは思わなかったのだ。
デュオはマリアーナからも距離を取りながら、フェリにヒソヒソと話し掛ける。
「化粧とか匂いキツイし。たまに同業者でああいうの寄ってくるんだけど、鼻が曲がりそうだから近付きたくないんだよね~」
「たまに……寄ってくるんだ……?」
デュオの言葉に、フェリはなんだか複雑な気持ちになった。
その理由が何なのかはわからなかったが、なんとなく面白く無かったのでリサの肩を持つ事にする。
「……ダメじゃないデュオ。補欠とは言え仲間なんだから、自己紹介くらいしたらどう?」
「え~、フェリってば俺様に浮気しろっての? いいじゃん、偽勇者の取り巻き1と2で」
「なんで自己紹介だけで浮気になるのよ。て言うか付き合ってる訳じゃ無いんだから浮気じゃないでしょ。それに取り巻き1と2って……」
「んー、じゃ名前だけ教えてよ。フェリがそう言うなら一応覚えるし」
「もう……しょうがないわね。こっちのドレスの子が…………ん?」
言おうとして、フェリは硬直した。
マリアーナを見ながらピクピクと眉を動かし、気まずそうに視線を泳がせる。
(だ……誰だっけ?)
冷や汗をかくフェリの様子に、デュオの視線が段々と疑わし気なものに変わっていく。
自分では一度も名前を呼んだことが無いせいか、フェリはマリアーナの名前を思い出せなかった。
「……もしかして、フェリも覚えてないの?」
「…………」
「え~。それって俺様に言える立場~?」
「お、覚えてるわよ! え~と確か金髪で……」
必死に記憶を辿っていると、アイトが彼女の金髪を褒め称えていたことを思い出す。
(ブロ……ブロン? なんだっけ?)
あの時のアイトの言葉を思い出しながら、同時に彼女が腰に下げている青銅の剣が目に入った。
「え~とブロン……ブロンズ!」
「ブロンズ?」
「ちょっとお待ちなさい! それはわたくしのことですの!?」
本人にも聞こえていたのだろう。マリアーナが荒い足取りでフェリに近づいて来た。
そしてそんな彼女から距離を取ろうと、デュオが素早く木の上へ避難する。
お陰で標的は完全にフェリに絞られてしまった。
「だれがブロンズですって!?」
「ご、ごめん。あんまり話したこと無いから忘れちゃって……髪の色がそんな名前だった気がしたんだけど……」
「それはブロンドでしょう! 貴女にはこの黄金の髪が目に入りませんの!? わたくしはマ・リ・ア・ー・ナ! ですわ!」
「う、うん。マリアーナ……」
「今後はお気をつけなさいな。ところで……彼女はどうなんですの?」
「彼女? ああ、えーと……」
ひとしきり抗議を受けた後、リサを横目にわくわくした顔をするマリアーナから、フェリは視線を逸らした。
実は、リサの名前は覚えやすいので知っている。だがもしそれを言ったら、マリアーナは大層ショックを受けるだろうと思った。
(それを避けるには……リサにも何かあだ名を付けるしかないわね)
しかし、咄嗟には思いつかない。
ふと、アイトが彼女の目を褒めていたのを思い出したフェリは、デュオに避けられて不満そうなリサの目に焦点を合わせた。
「……ネコ目?」
「ちょっとぉ! それってただの特徴じゃないの~!」
「まあネコ目! 素敵なお名前ですこと。おーほっほっほっほ!」
「なによ羊女! ブロンズよりマシでしょ!?」
マリアーナとリサがケンカを始めたので、フェリはそそくさと2人から離れる。
そしてまだ木の上に避難しているデュオに、2人の名前を伝える事にした。
「デュオー! 金髪がマリアーナで、緑の髪の方がリサだからー!」
「ブロンズと……ネコ目……ブロンズと……」
「ちょっとデュオー! 聞いてるー?」
フェリの声は、一生懸命名前を頭に刷り込んでいるデュオの耳には届かない。
かくして勇者の取り巻き1と2は、ブロンズとネコ目として深淵の魔手の脳内に記憶された。




