第16話 教え、教えられ
「会いに来た? でもどうしてここが……それに……」
色々と聞きたいことはあったが、フェリは目の前で霧化し始めている魔物を恐る恐る覗き込んだ。
闘牛の様な頭を持つ二足歩行の魔物が、ナイフによって脳天を貫かれている。他に外傷は見当たらない。
(まさか……一撃で……?)
これが暗殺者なら当然の腕前なのか、それともデュオが凄いのかすらフェリには判断がつかない。
しかし、おかげで命拾いした事は確かだ。それを理解したフェリは、気が抜けたように大きく息を吐いた。
「はぁ~……ビックリした……」
「ビックリしたのはこっち。なんで魔除けの結界張らなかったの?」
「魔除けの結界? ……あ、忘れてた」
魔除けとは、「悪い気」や「呪い」を散らせる魔術の事だ。
結界にすることで、魔物の五感を鈍らせ近付かせないようにする事も出来る。
フェリも当然知識として知っていたが、慣れない旅で失念していた。
野宿をする際は、周囲に魔除けの結界を張るのが冒険者の常識なのだ。
「フェリの魔力なら大抵の魔物は誤魔化せたでしょ。俺様のお嫁さんになるのに、死んだらどうすんの」
「死んだらって、そんな大げさな……」
「いや、死ぬよ」
「! え……?」
急に声音が低くなったように感じ、フェリはドキリとしてデュオを見た。
だが彼はいつものように軽い態度で笑みを浮かべていたので、きっと気のせいだとすぐさまその疑惑を消し去る。
「と、とにかくありがと。おかげで助かったわ」
「気にしなくていいよ。ナイフ投げただけだし」
「でもスゴいじゃない。私じゃとても倒せなかったもの」
「それがわかってるのに、このまま旅を続けるんだ?」
「行くって決めたからには、続けるわ。この人達を放ってもおけないしね」
そう言ってフェリは、命の危険があったとも知らず眠っている勇者達を見た。
乗りかかった舟からは、そう簡単に降りられない。フェリは既に仲間意識の様なものを感じ始めていた。
「でもフェリ、魔力はあるけどめちゃめちゃ弱いじゃん」
「う……仕方ないじゃない。この人達ときたら、私よりもっと弱いんだもの!」
フェリは昼間の出来事や、今まで勇者達が傭兵を雇っていた事などを洗いざらい話した。
デュオは特に相槌を打つでも無く黙って聞いていたが、フェリが話し終えると急に立ち上がった。
そして魔物の消えた跡から、自分の投げたナイフを拾い上げて回収する。
「チート能力ね……や~っぱ許可取って無かったんだ」
「許可? 許可って何よ?」
「カミサマの許可。勇者を召喚する条件くらい知ってるでしょ」
「そう言えば……」
聞いた事があるような気がして、フェリは自分の学んだ知識を頭の中で手繰り寄せる。そして思い出した。
勇者召喚は各国の王だけが持つ権限であり、神の祝福を得て初めて行うことの出来る最終手段だとされていることを。
(神器を持てなかったのは、もしかしてそういうことなの?)
正規の手順で召喚されたのであれば、一国の王が絡んでいることはもとより、神の加護を持つ神器も扱えなくてはおかしい。
国からの公表もなく神にも認められていないのなら、今回の勇者は不正な手段でこの世界へ来たと考えるのが自然だ。
しかしフェリは、そこにアイトの意思があったとは思わなかった。デュオもそこまでは考えていないだろう。
少々軟派な所はあるが、あくまで勇者として振る舞おうとしているアイトは悪人ではない。そうフェリは思っていた。
「フェリってばこんなのに魔術教えるの?」
「むぐ? むぐぐ……!!」
「こらこらアイトの鼻を塞がないの! 教えなきゃ戦えないんだから、教えるわよ」
「いや習得する前に死ぬでしょ。フェリの魔術だって、今の所使いものにならないし~」
「それは私も危惧してるけど……」
「んーー! んんーー!」
「だからやめなさいっての!! ……あ、そうだ!」
鼻だけでなく口まで塞ぎ始めたデュオを止めながら、思いついた。
魔力の制御が出来ないのであれば、他の方法で戦えばいい。フェリは名案と言わんばかりの笑みを浮かべてデュオを見る。
「ねぇデュオ、私にナイフの使い方を教えてくれない?」
「え……フェリがナイフを……?」
フェリ直々の頼みを流石にめんどくさいとは言わなかったが、デュオは困った様に目を逸らし、自分の頬を掻いた。
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「いい? 魔力を練られるなら、あとは変換するだけよ。ここに『炎がある!』って思えば良いだけ」
「炎がある……炎がある……」
首都へ向かう道すがら、アイトに魔術を教える事にしたフェリ。
衝撃波が一番簡単だと言ったのだが、アイトのたっての希望により炎を出す訓練を行っていた。
しかし――
「なんで出せないのかしら……ちゃんと魔力練ってる?」
「それは問題ないんだが、その……少し教え方がアバウトじゃないか?」
「そう? こういうのはイメージが大事なのよ?」
「しかし、無いものをあると思い込むのは難しい」
「そんなこと無いと思うけど……」
「いや~、あるでしょ。凡人には凡人向きのやり方で教えた方がいいんじゃない?」
「誰が凡人だ! そしてなぜ貴様がここにいる!」
フェリの感覚頼りな教え方に、その様子をのほほんと見ていたデュオも流石にツッコんだ。
複雑な魔法陣を一瞬で記憶出来るフェリは、彼に言わせれば天才の一員らしい。
しかし天才が必ずしも、教えるのが上手いとは限らない。
アイトは比較的真面目に特訓していたが、少々難があるフェリの教え方にすっかり手こずっていた。
因みにマリアーナとリサは、フェリの指示で食材になる植物を探しに行っている。
「そりゃ、未来のお嫁さんの傍にいるのは当然だし?」
「前々から気になっていたが、貴様はフェリに馴れ馴れし過ぎる! 彼女は私が守るのだから引っ込んでいろ」
「守る、ね……炎1つ出せないのにどうやって守る気?」
「ナイフ使いに何がわかる! 魔術と言うものがどれだけ大変か……」
「これでしょ?」
「!? ば、ばかな……」
デュオが立てた人差し指の先に、炎が球体となって現れた。
一瞬で生み出された人間の頭くらいの塊に、アイトだけでなくフェリも唖然とする。
「デュオ……あなた魔術も使えたの?」
「使おうと思えばね。必要ないから使わないけど~」
「ぐぬぬぬ……!」
デュオの余裕の表情を見て、アイトの闘志に火が付いた。先程以上に鬼気迫る顔で、自分の指先に集中し始める。
それを面白そうに眺めていたデュオだったが、すぐに飽きたのかフェリに向き直り、少し離れた所に生える木を指差した。
「じゃ、フェリもやろっか」
「う、うん……」
フェリは不安そうな顔で、デュオの指差した木を正面に見ながら立つ。
実はアイトに魔術を教える傍ら、フェリもデュオにナイフ投げを教わっていたのだ。
……だがこちらもアイト同様、進捗は芳しくない。
「魔術を教えるのもいいけど、フェリももうちょっと練習しないとね~。はいどうぞ」
「わ、わかってるわよ! ……えい! えい!」
デュオが次から次へ渡してくるナイフを、フェリは木に向かって何度も放つ。
しかしナイフは、ただ投げただけの様にぶつかって落ちてしまった。木の根元には、既に沢山のナイフが散らばっている。
「あ、また外したー……「殺る」って思わなきゃ、武器は当たらないよ?」
「静かに! して! 集中! 出来ない! でしょ!!」
「は~い」
懸命にナイフを飛ばすフェリの様子を、デュオは苦笑いで眺めた。
ナイフを教えてくれと頼まれた時に感じたことを、今更ながら思い出す。
(フェリには、向いてない……)
ナイフで戦うと言う事が何を意味するか、フェリよりはわかっているつもりだ。
生き残るためだというフェリの言い分に結局は押し負けたが、本当は教えたくない。
だからと言って適当に教えている訳では無かったが、デュオはその気持ちをフェリに伝えようか迷っていた。
(上手く投げられるようにはなるかもしれないけど。問題は当てられるかどうかなんだよなぁ)
フェリがナイフ投げを会得しても使えるとは思わない。
かと言って魔力を制御できない状況を放置していても、生き残ることはできないだろう。
それはデュオ自身にとっても良いことでは無い――フェリを死なせるつもりは全く無いのだ。
「やった! 出たぞ!」
しばらくして、アイトの方から歓喜の声が上がった。
マッチの様な小さな火がアイトの指先で揺らめいているのを見て、フェリが嬉しそうに両手を叩いた。
「やったじゃないアイト! 成功よ!」
「よ、よし。どうだ見たか! 貴様なんぞすぐ追い越してやる!」
「あ~はいはい。出来るといいね~」
「ぬぬぅ……!」
全く相手にしない様子のデュオに負けたくないのか、アイトは更に集中して特訓を続ける。
それを見て、フェリもナイフ投げを再開した。
(魔力制御を学んだ方が良いんだけど、さすがに専門じゃないからな~。まぁナイフ投げくらい覚えても邪魔にはならないしね)
そうしてようやく、フェリにナイフを教える事を自分に納得させる。
初めてナイフが当たったとはしゃぐフェリを見て、デュオは諦めたように笑いかけた。




