第15話 勇者の凄い力とは
魔物の出現で、勇者一行に緊張が走る。
どうすればいいのかわからないフェリを見て、マリアーナがフンと鼻を鳴らした。
「大賢者の弟子と言っても、所詮初心者ですわね。邪魔にならないよう、そこで見ていなさいな!」
「……はい」
「行くぞ! はぁぁあ!!」
フェリが大人しく頷いてすぐ、アイトが聖剣を手に駆け出した。
ブヨブヨとした魔物に振り下ろされた剣先が、光の残像を残しながら空を切る。
「……ん?」
「せやぁ! はぁ!」
何度も何度も、剣を薙ぐ音が繰り返される……勇者の攻撃は、魔物に一発も当たっていなかった。
「アイト様! 助太刀致しますわ!」
そう言って、今度はマリアーナが青銅の剣を構えて駆け出す――。
かに思われたが、自分の赤いドレスの裾を踏んでしまい、派手な土煙を上げながらうつ伏せに倒れた。
リサの弓から射られた矢が、ダメ押しの様にヒョロヒョロとマリアーナの背に落ちる。
「なんなのよこれは……」
目の前の状況に、フェリは尚更どうして良いかわからなくなる。
彼らがふざけているのか、それとも作戦なのか判断がつかなかった。
(勇者って確か、召喚された時点でかなり強いはずよね? ということは作戦……いやでも……)
フェリから見ても、レッドジェリーというゼリー状の魔物は決して素早い訳では無い。
むしろアイトがワザと外しているのではと思う程、見事にぷるぷると揺れているだけだ。
そもそも、魔物の種類だけは書物で学んでいたフェリの記憶では、レッドジェリーはそこまで強力ではない。
赤いドレスを縫い付ける様に矢を射るリサともがくマリアーナを見て、フェリはついに確信した――彼らはとんでもなく弱い。
「アンタ達……今までどうやって生き延びてきたのよ……」
どこから来たのかまでは聞いていないが、旅の途中で魔物と遭遇することくらいあっただろうに。
自分を説得する時に『キミの事は私が守ろう』と言ったのは誰だったっけと、フェリは遠くを見つめた。しかし現実逃避もしていられない。
「……やれるかしら」
今のところ攻撃はしてこないが、目の前にいるのは人類の敵と言われる魔物だ。
フェリは脱いだローブを腕にかけながらゆっくり進み出ると、レッドジェリーに向かって右手を突き出した。
(魔力を込め過ぎないように……種を飛ばすくらいの感覚で……放つ!)
周りの空気がビリビリと動き、巻き起こる風がスカートの裾を揺らす。
そして手の平から放たれた空気の塊が、衝撃波となってレッドジェリーを直撃した。
倒された魔物は本来、黒い霧になって消えると同時に『魔法石』という特殊な鉱石を残すのだが……そんなものを残す間も無く、レッドジェリーは消失した。
「おお……!」
アイトが感嘆の声を上げながら剣を下ろす。
そしてまるで「やり遂げた」と言う様な表情で満足そうにフェリの肩を叩いた。
「さすがだなフェリ。これからもよろしく頼む! ……しかし、少しやり過ぎじゃないか?」
「は、初めてなので張り切り過ぎたみたいですね」
この先の道を示すかのように、街道に沿って地面が大きく削り取られていた。
かなり抑えたつもりだったのだが、やはりまだまだ魔力の制御は出来ていない。
少し先の方で、小さな土煙が上がっているのが見える……残りの衝撃波が、分岐にある岩を破壊してしまった様だ。
「……そんなことより、説明して下さい」
「ん? 何をだ?」
「勇者一行の現状についてです!」
初めて魔物を打ち取ったことを、喜んでいる暇もない。
フェリは勇者一行を正座させて彼等の戦力諸々を確認した後、面倒ごとを押し付けた師を初めて嫌いそうになった。
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「要するに、今までずっと傭兵を雇って守ってもらってたのね?」
「それは違う。傭兵とは言え、彼らの事は仲間として対等に……」
「守ってもらってたのね?」
「……助けられてはいた」
野宿する為に空き地で焚火を囲みながら、フェリの尋問はまだ続いていた。
驚いたことに、今までの旅にはいつも傭兵がついていて、勇者達は今まで一度も敵を倒したことがなかったらしい。
アイトは頑なに仲間だと言い張っていたが、彼らの有様を見る限り、これまで完全に人任せだったことは間違いないだろう。
フェリは勇者一行という特別な存在を出来るだけ敬おうと思っていたが、雇った傭兵に頼り切りだったと聞いてその機会は完全に失われた。
「ところでフェリ、口調が……」
「敬語じゃ無くなったって言いたいの? そりゃあ伝説の『勇者様』だと思ってたんだもの。でも、コレじゃあね」
フェリは呆れた顔で、アイトの両隣に座る娘達を順に見た。
マリアーナはフェリの作った野草のスープを「なんて庶民的な味かしら」と貶しているし、リサはフェリが熾した焚火を見ながらウトウトしている。
アイトの話をまとめると、この3人は全く自炊が出来ず、傭兵達は戦いでは無く彼等の世話が嫌で逃げ出してしまったらしい。正確には、見捨てられたと言った方が正しいだろう。
「でもおかしいわね。自炊はともかく、勇者っていうのは召喚された時点でみんな『凄い力』を持っているって聞いたけど……」
「普通はそうらしいが、手違いがあったと言われた。私もてっきりチート能力が手に入ると思っていたのだが……」
「チート能力って?」
「……『凄い力』の事だ」
「そう。でも、それでよく師匠の家まで来られたわね。魔物や盗賊には遭わなかったの?」
「大森林に入るまでは、傭兵達もいたんだ。別れてから大賢者殿の家に行くまでは、不思議と魔物には遭遇しなかった」
確かに何度もラキアの家とアリナリを往復している割には、フェリも魔物に遭遇したことは無かった。
もしかしたら、ラキアが魔除けの結界でも張っていたのかもしれない。フェリは改めて自分がラキアに守られていたことを実感する。
因みにあそこ一帯の盗賊も闇ギルドの関係上顔見知りなので、フェリが襲われることはまず無い。
「どうりで図々しく師匠の家に泊まってたわけだわ」
「大賢者殿は、なんでも魔術でパパッと済ませてしまうからな。是非同行して欲しかったんだが……キミが来てくれて助かった」
「言っておくけど、勇者一行のお世話係になるのはごめんよ。必要な事は教えるから、最低限! 自分のことは自分で出来るようになってちょうだい」
「わ、わかった。努力しよう」
アイトは意外にも素直に頷いた。
元々ラキアから魔術を教えろと言われていたので、フェリにとっては自炊を教えるのはついででしかない。
他2名は全く努力しそうに無いが、甘やかすつもりも無いので嫌でも自立して貰う事になるだろう。
どの道、このままでは魔王など絶対に倒せない。世界の命運は、もしかしなくてもフェリに懸かっていた。
「とにかく、今日はもう寝ましょ。私が見張るから、先に寝て」
「わかった。じゃあ朝になったら起こしてくれ」
「わたくし、次はミルク入りのシチューが良いですわ。おやすみなさい」
「やっと寝れるぅ~」
(間違っても「自分が見張る」とは言わないわけね……)
フェリが内心で頭を抱えているとも知らず、彼らはすぐさま寝入ってしまった。
この辺は追々躾けていくしかないので、今夜はフェリが寝ずの番をするしかない。
薪の爆ぜる音を聞きながら、フェリはふと、今日初めて経験した戦闘について考えた。
(レッドジェリー1匹にあれはやり過ぎだわ。威力が大きすぎる)
ヴェルヘルムの森でオオカミ型の魔物が現れた時のことを思い出す。
旅を続けていれば、あの時のハードルドの様に複数の魔物を相手取る事もあるだろう。
制御できない魔術の威力を考えれば、むしろ複数相手の方が纏めて一掃出来て良い気もするが……そう都合よくはいかない。
(普通の魔物は動くし……もっと素早いわよね)
魔術を1回使うのにも集中している状況で、あの時のような素早い魔物と対峙すれば全滅する。
自分達が今後生き延びる為にも、フェリは早急に魔力制御を覚えるしかないのだが――。
「無理ね。師匠でも抑えるのが精一杯だったんだから」
ラキアに教えられた魔術を、フェリは全て使うことが出来る。
しかし「使える」という事と「制御できる」という事とは違う。
フェリが魔術的な修行を行う際には、いつもラキアに結界を張って貰っていたのだ。
つまり威力の調整に関しては素人同然。とても実戦で扱えるレベルではない。
(どうして先生は、こんな状態の私を旅に出したのかしら……)
ラキアは当然、フェリがまだ魔力を制御できないと知っている。
もちろん被害を気にしなければ自分の身は守れるが、果たしてそれで勇者一行の一員と言えるのだろうか。
フェリは一人で悶々と、自分の役割について考えていた。
すぐ傍で、危険な存在が獲物を求めていたとも知らずに……。
「あ、しまった。火が消えちゃった……もっかい点けなきゃ」
急に周囲が暗くなり、初めて焚火を消してしまった事に気付いた時、その存在は既にフェリの背後に迫っていた。
焚き木に手を伸ばすと、僅かな月明りの作る自分の影が、ふと一回り大きいことに気付く。
「え……きゃあ!?」
振り仰いだ時にフェリの目に映ったのは、巨大な斧を振り下ろそうとしている更に巨大な影――。
咄嗟に中腰のまま後ろへ飛び退き地面に尻餅をつく。間一髪、斧はフェリの足すれすれの地面を砕いていた。
「な……なんで、こんな所に……魔物が……」
「そりゃ、今時結界も張らずに野宿してたらそうなるって~」
「アイト! みんな逃げないと! 早く起き……て?」
慌てて仲間を起こそうとしたその時――大きな重い物が倒れる音と共に、地面が揺れた。
フェリは恐る恐る音の正体を……いや、今聞こえた、聞こえるはずのない声の主を探す。
「……なんて美しい女性だ! ……くかー……」
「わたくし……朝はクロワッサン派ですの……むにゃむにゃ」
「う~ん……うるさい……羊女……」
勇者達の呑気な寝言は、フェリの耳には入らない。
倒れている大きな影、寝ている仲間の姿を順に見渡し……急にハッとして横を見た。
「……なんで……ここに……」
「言ったでしょ。会いたくなったら来るって」
まるでずっとそこにいたかの様に……。
深淵の魔手デュオ・ゾディアスが、フェリの隣に座っていた。




