第14話 前途多難
「フェリ、さっきは取り乱してすまなかった。幻滅させてしまったかもしれないな」
「いえ、別に」
補欠要員に又貸しされた物ではあるものの。
神器を手に入れた勇者一行は、商業大国ゲルトの辺境にあるアリナリの町で、宿をとる事にした。
宿屋に隣接する酒場で食事をしながら、アイトはフェリに大樹での失態を詫びる。
幻滅も何も、フェリは元々アイトに何の期待も抱いていないので影響などないのだが……もちろんそんな事は口にしない。
「それでアイト様、次はどこへ向かいますの?」
「首都ジーハスの正規ギルドへ行って、ヴェルヘルム帝国への通行証を手に入れる。ゲルトでは一番大きな町だから、旅の準備にも丁度いい」
「や~ん! ジーハスって言ったら都会じゃないですかぁ。あたし、新しい装備が欲しいで~す!」
「リサ……キミにはこの前魔法石の腕輪を買ったばかりだろう。今回は装備の少ないフェリに……」
「え? 私は別にいらないですが」
「ほらほら、いらないって言ってますよぉ? 魔術師なんて後方支援なんだから、装備なんて必要ないしぃ」
「弓使いのキミも後衛なんだが……わかった、キミの身を守る為だ。買おう」
「やったぁ! アイト様ステキ~!」
(もしかして私も、愛人の1人だと思われてるのかしら……)
きゃいきゃいとはしゃぐリサは、酒場の客達の視線を大いに集めていた。
居心地の悪い視線に、フェリは出来るだけ目立たないようフードを深く被る。
確かにアイトの仲間ではあるが、ハーレムの一員だと思われるのは心外だった。
「しかしフェリ、何故ローブを脱がないんだ? せっかくの美しさを隠す必要など無いだろう」
「どうぞお構いなく。着ていると落ち着くんです」
「根暗ちゃんなんですよぉ~。口うるさい羊よりマシだけど」
「やかましいのはリサ、貴女の方ですわよ! けれどフェリ、貴女も貴女ですわ! 食事中にローブを着ているなんてはしたないですわ!」
「う……わかりました」
大声で怒鳴るのも充分はしたないと思いつつ、自分の行儀が悪いと言われると反論できない。フェリは仕方なくローブを脱いで座り直した。
そして人目を気にしないよう、食事を口へ運ぶのに集中する。正直周囲よりも、アイトの食い入る様な視線が気になって食べにくいのだが。無視して黙々と食べ続ける。
――しばらくそうしていると、離れたテーブルから聞き慣れた声を掛けられた。
「なんだ、フェリじゃねーか」
「んぐ……ハードルド!?」
声を掛けて来た相手の特徴的な頭を見て、フェリはそれがすぐハードルドだと気付いた。
これ幸いとばかりに噛んでいた野菜を飲み込み、勇者一行のテーブルを離れてハードルドの席へと駆け寄る。
「どうしたの? こんな早い時間に」
「俺にも色々あんだよ。それより聞いたぞ、勇者と旅に出るんだってな」
「ああ、うん……ハードルドともしばらく会えなくなるわね。離れる前に会えて良かったわ」
「おう。ま、達者でやれよ。……だが、ヴェルヘルムへ行くなら1つ忠告しとくぞ」
「忠告?」
急に深刻な表情になったハードルドに、フェリは目を丸くする。
ハードルドとは割と長い付き合いだが、こんな顔をする所は初めて見た。
「ヴェルヘルムの森で俺達を襲ったのは、暗殺者だ」
「それは私も気付いたわ。なんで狙われたのかはわからないけど」
「戻ってすぐに買った情報によるとな、アイツ等が狙ってたのは……おめーだフェリ」
「は?」
意味が解らなかった。不法入国も関係なく、フェリ自身が狙われていたというのだろうか。
そんな身に覚えのないことを急に言われても、にわかには信じられなかった。
「まさか。なんで私が?」
「そこまではまだわからんが……とにかく気ぃつけろ。ま、アイツが近くにいるなら問題は無いだろうがな」
「ちょ……ハードルド!」
ハードルドは言うだけ言って席を立つと、背を向けて手を振りながら酒場を出て行った。
テーブルには料理も何も置いておらず、何の為にここにいたのかもわからなかったが、その忠告はフェリの心に影を落とす。
最終目的地であるヴェルヘルム帝国への不安が高まるのを感じながら、フェリは仕方なく勇者達のテーブルへ戻った。
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次の日にアリナリを発った一行は、明るい内にと首都ジーハスへの街道を進むことにした。
旅には不安も多いが、初めて見る景色にフェリの表情は晴れやかだ。
「では、今まで大森林とアリナリ以外に出たことは無いのか」
「はい、そうなります」
アイトの質問に、フェリは機嫌よく答えた。
ラキアに引き取られる前は殆ど外出したことが無かったので、大森林とアリナリ以外に知らないというのは間違いない。
先日ヴェルヘルム帝国に転移したばかりだが、それも一瞬のことだ。
(これから一緒に旅するんだもの。少しは仲良くしておいた方がいいわよね)
背後からは女性陣2人の無言の圧力を感じるが、アイトが話し掛けてくるのだからどうしようもない。
それに、一緒に旅をする仲間のことは少しでも知っておいた方がいいだろう。
そう思ったフェリは、まずリーダーであるアイトについて聞くことにした。
「勇者様は元の世界で、何をしていたんですか?」
「私か? ……学生だった」
「そうなんですか。リーダータイプだから友達も多そうですね」
「そうでもない。あまり通っていなかったからな」
「え?」
学生なのに学校へ通わないという事は、何か事情があるのだろうか。
フェリは自分で言っておいて、聞いてはいけない事を聞いてしまった様な気分になる。
急に言葉に詰まったフェリを見て、アイトは慌てたように言葉を付け加えた。
「誤解しないでくれ。あちらの世界で悪鬼に襲われ、自分の城に撤退して籠城作戦を敷いていただけだ。……そして召喚された、それだけだ」
「そ、そうなんですか」
言いたくないのであれば、無理につつくこともない。
アイトの真剣な目に気圧されたのもあり、素直に頷く。
この話題は気まずい――そう思ったフェリは、別のことを聞くことにする。
「勇者様の髪、珍しいですね。黒い髪ってこっちの世界じゃなかなかいないんですよ」
「髪……?」
その瞬間、アイトの歩みが止まった。
急に生気の無い目になったアイトに、フェリはまた余計な事を聞いたかと不安になる。
そんな視線に気付いたのか、アイトは突然向きを変えてフェリの両肩に手を置いた。
「あ、あの……勇者様?」
「フェリ。私のことを知りたいと思ってくれるのは嬉しい。だが魔王は、私達が愛を育む時間を与えてはくれない。この話はここまでだ」
「は、はぁ……」
過去を聞かれたく無い気持ちは、理解できる。
何事も無かったかの様に歩き出すアイトに相槌を打ちながら、フェリはアイト自身の生い立ちについては触れないでおこうと心に決めた。自分にも、話せることと話したくないことがある。
「むしろ私からすれば、この世界の住人の髪色の方が不思議だ。マリアーナの様な金髪の女性は元の世界にも多くいたが、リサやフェリの様な髪色は……いたかもしれないが、私はテレビでしか見たことがない」
「テレビ?? じゃあ勇者様の世界では黒髪や金髪が多いんですね。私達にとっては茶色や赤、あと青や緑なんかも普通ですし、特に違和感はないです。金髪はどちらかというと珍しいですね」
ついでに言うなら銀や紫は特に珍しい。ラキアに関しては魔術研究の過程で徐々に染まっていったそうなので、生まれつきではないのだろうが。
「そうなのか? マリアーナの様なブロンド美女が少ないのは残念だ」
「あらアイト様、わたくしの話ですの?」
「ぶ!?」
アイトとの間に割って入る様にして、マリアーナがフェリの頭を押しのけた。
被っていたフードに鼻をふさがれてもがく様子をクスクスと笑いながら、リサもアイトの反対側に並ぶ。
フェリはすっかり後方に追いやられてしまった。
「アイト様ひど~い。あたしのことも褒めて下さいよぉ」
「リサ、キミは目が綺麗だ。その艶やかな瞳に見つめられると、私は時折自分の使命を忘れそうになる」
「や~ん、ホントですかぁ?」
(勇者が使命忘れてどうすんのよ……)
鼻をさすりながら、フェリは心の中でツッコんだ。使命あってこその勇者がそれを忘れてどうするのか。
ドヤ顔でこちらを見るリサの目を見ないように、フェリは出来るだけ前方へ視線を向けた。すると……
「え……勇者様、前!」
「ん?」
街道の前方にいつの間にか現れていた、赤くぷるぷるとした物体。
現れたというよりただ道端に落ちているだけにも見えたが、それはゼリーのような体をぷるりと震わせ、自らが生き物であると主張していた。
「魔物……! レッドジェリーか!」
「これが……魔物?」
アイトが素早く剣を抜くのと同時に、リサとマリアーナも武器を構えた。




