第11話 大賢者と少女
彼の家に6歳の少女がやって来たのは、今から10年ほど前のことだ。
たった1人のお供に手を引かれてやってきたその少女は、酷くやつれていて生気が無く、全てを諦めた様な顔をしていた。
だがそれよりも彼が驚いたのは、少女の格好だった。
上質なワンピースを着せられてはいたが、年頃の娘が好む装飾品は一切ない。
代わりに鉄で出来た夥しい数の魔力制御装置が、まるで罪人かというほど首や腕に巻き付いていた。
(これはまた……このままでは死にますね)
少女には姉や兄が大勢いたが、全員が成人するまでにこの世を去った。身に余る膨大な魔力に耐え切れなかったのだ。
父親が無茶な呪術を繰り返して、一族の魔力を強化しようとしている話は有名だったが、誰もそれを止める者はいなかった。
何故なら父親はその領域の中では最も貴い身分であり、人としても魔術師としても、既に正気を失っていたからだ。
逆らう者をすべからく灰にする狂った魔術師に対抗出来るほど、彼の地の人間は心も魔力も強くは無かった。
あるいは大賢者である自分になら止められたかもしれないが、生憎と彼はそんなにお人好しでは無い。
少女を引き取ると決めたのも、損得を天秤にかけた結果に過ぎなかった。
しかし――
「初めまして、私はラキアと言います。貴女のお名前は?」
「…………」
「大賢者様、この方は――」
「いいんですよ。彼女が教えてくれるまで、聞かない事にします。先方にはよろしくお伝え下さい」
「わ、わかりました」
「ではでは」
代わりに少女の名を言おうとしたお供へにこやかに言伝を残し、ラキアは少女の手を引いて家の中に入った。
少女は突然触れた手に戸惑うような表情を浮かべたが、やはりなにも言わなかった。
「さて。まずはその重そうな鉄クズをどうにかしましょうか」
「っ……!?」
ラキアの言葉を理解する前に、少女は驚愕した。重々しい音と共に、首や腕の枷が床にバラバラと崩れ落ちたからだ。
思わず自分を抑える様に身を屈める少女だったが、特に何も起こらない事に気付いてハッと顔を上げた。
「よしよし、重かったですねー。ここでは、そんなもの着けなくていいですよ。この家全体に結界を張ってありますからね」
「…………」
ニコニコと自分の頭を撫でるラキアを見上げながら、少女の瞳が少しだけ揺れた。
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(やれやれ。来た頃はあんなに臆病だったのに、それが今では……)
「とりあえず、旅に出るならいくつか魔道具を持って行きます。ポン豆も下さい。あとお金も」
すっかり図太く成長した少女に、ラキアは苦笑した。
朝っぱらからバタバタと旅の準備をする弟子には、自分の知識だけでなくその性根も大いに受け継がれている様だ。
出会った頃には考えられなかった強気な態度に、ラキアはおよよと泣き真似を始めた。
「そうしたい気持ちは山々ですが、家にそんな余裕は……」
「荒稼ぎしてるくせに何言ってんですか。私を引き取った時、あの人から養育費貰ったの知ってるんですよ? それもたんまり」
「うっ……ですが、養育費は貴女を育てる為に使ってしまいました。もう殆ど残っていません」
「私の何にそんな大金を使ったって言うんですか。学校に行った訳でも無いのに。食費ですか? 服ですか?」
「そこまでみみっちい事は言いませんよ。衣食住にかかる費用は、保護者としてもちろん私が出しています」
「じゃあ、一体に何に使ったんですか!」
「……酒場の修理代とか……」
「うぐっ」
強気に押していたフェリの言葉が詰まった。
かつて自分が闇ギルドの酒場を破壊した時の修繕費が、まさかそこから出ていたとは思わなかった様だ。
しかしそれでもまだ納得のいかなそうなフェリに、温和な口調でラキアは畳み掛ける。
「あと、注文した空き瓶の代金とか。貴女がこの前みんな破壊してしまいましたからねー」
「う。それは……」
「おかげで今作っている薬は全て紙パックで納品しているんですよ? 彼に薬を投げた時も、瓶であればあんな事にはならなかったでしょうに」
「もう! わかりましたよ!」
(ほっ)
養育費の使い道をようやく認めたフェリに、ラキアは胸を撫で下ろした。
下手につけ込まれたら、どれだけ毟り取られるか分かったものではない。自分を見て育ってきた弟子の商魂は侮れなかった。
――しかしどうやら、フェリは諦めていなかった様だ。
「なら、今まで師匠の依頼を手伝った分……バイト料を下さい!」
「な、何言ってるんですかー。家族として手伝ってくれたのでしょう? 家族の間でバイト料なんて……はははは」
「それはそれ、これはこれです。家事の手伝いはともかく、弟子としての手伝いは別物ですよ!」
「フェリ……なんだか私に似てきましたね。強い子に育ってくれて何よりです」
「主に悪い所が似たんですけどね」
「はぁ、やれやれ……少しだけですよ?」
育て方を間違ったかもしれない――そう思いながら、ラキアは渋々と言った様子で暖炉の裏から貯金箱を取り出した。
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「それじゃあそろそろ行きますね、師匠」
「いってらっしゃいフェリ。新しいローブの着心地はどうですか?」
そろそろ出発したいと言う勇者達の為に、フェリは昼前に旅立つことになった。
ラキアが新しく作ったローブを着たフェリは、裾を持ち上げながら嬉しそうに笑う。
「バッチリです。前よりなんか軽い感じがします」
「抑制効果はそのままで、以前より軽く頑丈に作ってあります。今度は失くさないで下さいね。……でも、本当にローブで良かったんですか? 指輪や耳飾りも作れたのに」
「私はこれが気に入ってるんです。それに、装飾品ってあんまり好きじゃありませんから」
「そうですか。……寂しくなりますね」
そう言って、ラキアはフェリの頭に手を置いた。これからはもうこうして気軽に撫でる事は出来ない。
フェリもそれがわかっているのか、この日は文句も言わずに大人しく撫でられていた。
少し離れた所から「まぁ! 子供みたいですわね!」という声が聞こえたが、言われた本人達は全く気にしていない。
「あとこれを。もし彼等に会う気があれば、これを見せなさい」
「……はい」
複雑そうな表情で、フェリは渡された封筒をローブにしまった。
そして切り替えたように顔を上げると、軽くなったローブをふわりと揺らしながら背を向ける。
「それじゃあ、いってきます!」
「大きな魔術は人のいない、広い場所で使うんですよー! ギルドで通信具が借りれますから、何かあったら連絡なさーい!」
「はーい! わかってますよー!」
少しずつ離れていく弟子の背中に手を振りながら、ラキアの脳裏にかつての少女との日常が甦る。
庭で薬草を摘むラキアを何か言いたげに目で追っては、話しかけると窓の向こうに隠れてしまう少女。
だが、なかなか家から外に出ようとしない彼女にある日変化があった。ラキアが魔力抑制効果のあるローブを作ってあげると言った時のことだ。
≪色は何が良いでしょう? 女の子ですから、赤とかですかねー≫
≪…………紫≫
窓からラキアの髪を見ながら、初めて言葉を発した幼い少女。
自分の性根を自覚していたラキアでさえ、その時はさすがにこみ上げるものがあった。
「あれから随分大きくなりました。でも……これから大変ですよ?」
ラキアは決して、お人好しでは無い。しかし彼は少女を引き取った。
何故そんな事をしたのか……その理由は彼以外、誰も知らない。




