(三)治らないお節介者
大きな不満と小さな疑問を残して、晩餐会は終了した。
用意された自室に戻るなり、ジキルは大きく欠伸をした。魔獣と戦ったわけでもないのに、気だるかった。ともすればベッドに倒れて朝まで眠ろうとする身体に鞭を打ち、風呂に入る。本日は精油を入れた高級風呂。レオノーレの采配でジキルの入浴を手伝う使用人はいない。「こんな贅沢ともお別れだなあ」とまったり湯船と同時に感傷に浸っていたらあやうく寝そうになり、慌てて浴槽から出た。
晒しを巻いて、部屋着に着替える。手のささくれに布が引っかかり、ジキルは顔をしかめた。鞄から保湿剤を取り出して両手でこすり合わせて塗り込む。男には似つかわしくない花の香りーー手が止まる。押し付けるようにして保湿剤を渡した人物のことを思い出した。
「……あいつが悪い」
誰に言うともなく、ジキルは言い訳した。
所詮、名ばかりの婚約者だ。そのおかげでジキルは魔獣に襲われたこともあったし、死にかけたことだってあった。でも最初からあいつは自分のことを下僕のようにしか思っていなかった。半年近く一緒にいたが、詫びの言葉を掛けられたことも、礼を言われたことさえ一度たりともなかった。
しかし不義理の一つ一つを今さら責めるつもりはない。その程度の関係だったのだ。
ならば、ジキルがこれから雲隠れしようが責められるいわれはない。彼が晩餐の際にほとんど食べていなかったとしても、空腹で倒れたとしてもーーそう、自分には関係ないのだ。
ジキルはベッドに寝転んだ。ふかふかベッドとの別れを惜しもうと決めた視界の端に、赤い果実が飛び込んだ。キリアンにもらったリンゴだった。手に取るとずっしりと重い。蜜が詰まっている証拠だ。鼻に寄せると芳醇な香りがした。
これだったら王子さまのお口にも合うかもしれないーーいや、待て。ジキルはかぶりを振った。
(レオノーレがなんとかしてくれるだろ)
気の利く侍従長が仕えているのだから、ジキルの出る幕ではない。お節介を焼いても、彼を苛立たせるだけだろう。余計なことはしない。
ジキルは目を閉じた。
リンゴは明日の朝、美味しくいただくことにしよう。嫌々食べられるよりも、その方がリンゴも幸せなはずだ。
結論付けていよいよ眠りにーーつけなかった。残念ながら。
レオノーレは晩餐の場にはいなかった。それでもちゃんと食べたのかの確認くらいはするだろうが、あの王子さまが正直に答えるとは考えにくい。いやいや、きっとレオノーレならそういう奴の面倒な性格も見越して夜食くらい用意するだろう。そもそも人間は一食を抜いたぐらいで死にはしない。かなり惨めな気分にはなるが。
ベッドの上で寝返りを打ったり、呻いたりと一通りのことをしてから、ジキルは呟いた。
「あー……就寝前の挨拶してないや」
深くため息をつくと、起き上がった。無礼でない程度に身だしなみを整える。
彼は自分のことを棚に上げて礼儀にうるさい。婚約者への就寝前の挨拶を忘れたら、嫌味の一つは言うだろう。なら、形式的な挨拶はしておいた方がいい。ついでにリンゴをすすめるだけすすめてみよう。すげなく断られたら、自分が食べればいいのだ。
色々と理由をこじつけながら、ジキルは部屋を出て行った。




