第二十六話 【首謀者の登場】
第二十六話
城壁の上に現れたその影。
フードと一体化した黒いマントを羽織る、怪しさを一層引き立てている風貌。深く被ったフードに隠れ、その顔はほとんど見えてはいない。
だが、微かに見えている口元はつり上がり、下品な笑いを浮かべているのが分かる。
「ハッハッハッ!! 緩い…。実に緩いな、お前ら……」
肩を揺らしながら、声高らかに叫ぶ男の声。
「ハハハッ、ワシは本気ですぞ? 張文遠殿なら安心して、このバカ孫を任せられると考えていますが」
肩を揺らしながら、目の前の女性を褒め続ける耕作。
「そう和んでいられるのも、今のうちだ…………」
片手をゆっくりと前に、語りかける三人の方へかざす人影。
「イヤ~も~! かずとぉ、ウチどないしよ~!」
一方の手は自分の真っ赤な頬に、もう一方の手は隣の青年を叩くのに夢中な霞。
「この俺。九頭竜様が来たからには、お前らの命は…………!」
微かに声を荒げる…………人影。
「とりあえず叩くのを止めてくれ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
それ以上に荒げた涙声で、抗議を続ける一刀。
「いい加減、こっち見ろよぉーーーー! お前らーーーー!!」
「………………ッ!!」
「誰やっ!?」
「敵か…………!?」
突如(三人にとっては)聞こえてきた声に、三人は出所を探す。
「……ッ!! 城壁やっ!!」
霞の言葉に従い、少し離れた所にある城壁を見る。
人影を確認した霞と耕作は、ともに武器を構えた。
「…………ッ!?」
「クッ…………!!」
色んな意味で、異様な雰囲気を察して、三人とも身構える。
「ハァ……ハァ……ハァ……。やっと気付いたか…………」
フードのせいで口元しか見えていないが、肩で息をしている所から、だいぶ疲れているのは間違いないだろう。
霞はそれを見て、一応訊いてみる。
「アンタが敵の大将か……!?」
少し息の整った人影は、はあと一息ついて喋り出す。
「ああ、そうだ。俺は九頭竜……。俺は北郷一刀に用があるんだ。他二人は邪魔だ……」
その言葉の途中で、九頭竜と名乗った男が右手を空にかざすと、彼と霞たち三人との距離の中間あたりに、二つの黒い影が現れた。
「気ぃつけや、二人とも……。来るで……!!」
それを合図に残る二人は体を少し硬直させ、影から目を離さないよう注意を向ける。
影は揺らめきながら次第に形を整え、二体の黒い鎧が現れた。
霞たち三人から見て、左は日本の戦国時代に使用されたような風貌、右は西洋の騎士の甲冑に似た風貌をしている。
緊迫感溢れる雰囲気に、後ろから駆け足で近付いてくるスーツの男たちが現れた。
「北郷一刀様! 如何なされました…………!?」
「大声が聞こえたんですが…………!?」
駆け寄ってきた二人は、城壁の人物に釘付けになる。
「し、主任!! アイツは……!?」
「貴様……九頭竜かっ……!?」
「おお……。お前らは、俺を追ってきた管理局の人間だな……。そうだよ、お前らが血眼になって探していた男だよ…………!!」
幾らか余裕が出て来たのか、口元は笑みを取り戻していた。
「北郷一刀様! 我々の後ろに下がってください!!」
「クソッ! まさかこんなに早く来るなんて……甘かった!!」
スーツの男二人は一刀を庇いながら、悔しさで顔を歪めていた。
「北郷耕作様! 早く我々の後ろに……!!」
「イヤ……。このままでいい……」
「何言ってるんすか!? 僕らは皆さんの護衛に……」
焦り出す二人に対して、耕作は剣を握る力を一層強める。
「老い先短いであろう、この身体……。次の世代に託すために朽ちるのも悪くはない……」
「爺ちゃん!?」
「一刀……あまり女子を泣かすなよ……?」
「爺ちゃんっ!!」
悲痛な叫びにも似た一刀の呼び掛けを背に、耕作は不気味な鎧を強く睨み返す。
「さあっ!! どこからでも来い!!」
「格好ええな、爺ちゃん……。ウチも最後まで付き合うたるっ!!」
耕作の覚悟を受け取った霞も、一歩踏み出しながら構えを改める。
闘志をむき出しにした二人は、対峙する鎧二体の動きを注視する。
「フッ……。その威勢がどこまで続くかな? さあっ、かかれぇ!!!!」
九頭竜の大声に、霞と耕作は大きく踏み出した。
-シュンッ…………!!-
九頭竜の合図を皮切りに、二体の鎧が
跡形もなく消えた…………
「……………………」
合図を出した男は、沈黙する。
「何や…………?」
「どうした…………?」
構えていた二人も、その様子に訝しむ。
「…………フッ」
駆け巡る沈黙を破ったのは九頭竜。
その口元は、やはり笑っていた。
「……フッ、フハハハハハハ! どうやら俺の妖術はまだ完成していなかったようだな!
というわけで俺は一旦引き下がる! だが挑戦状は叩きつけたからな! また会おう!!」
そう叫んでマントを翻すと、男も姿を消した。
そして残されたのは、異様な静寂だけだった。
「………………な!?」
まさかの事態に呆気にとられ、誰ともなく絞り出すように呟いた。
「何やそれーーーーーーーー!!!?」
その鬱憤を晴らすように大声で叫んだのは、霞だった。
「自分から勝負ふっかけといて逃げるなんてどーいう了見やーーー!? 鎧が戦えんかったらお前が戦わんかい!! さっさと逃げるなんてそれでも男かーーーーーー!?」
誰もいなくなった城壁に向かって、地団駄を踏みながらひっきりなしに叫び続けている。
「北郷耕作様! 御無事ですか!?」
「……何もされておらんのだ。無事に決まっているだろう?」
「もう、無茶しないでくださいよー……」
武器をおろした耕作に近付いた男二人は、ほっと胸をなで下ろした。
「一つ訊きたいのだが、あの男は……」
「調書によりますと……。多少見栄を張る傾向が、とはありましたが…………」
「まあ、ひとまずは安心ですかね…………?」
男二人は苦笑しながら、城壁の方を眺めていた。
「爺ちゃん……。さっきは……」
「ああ、ムシャクシャするーーー!! 一刀っ!! ちょっと付き合うてや!!」
「へっ!? な、何だよ霞?」
耕作に話しかけていた一刀は、不意に腕を掴んだ霞の方によろけてしまう。
「あっちで鍛練すんで!! ほら、はよ行くで!!」
「えっ!? いや、ちょっと待てよ……」
「待たれへんっ!! 早う来いっ!!」
「痛い痛い痛い痛い! 強く引っ張んなって! ち、ちょっと爺ちゃん! 何とか言ってやってくれよ…………」
「一刀…………武運を祈る」
「ってまたかーーーーーー!!!!」
往生際の悪い、と叫ぶ霞は、掴む場所を一刀の首根っこへ変えていた。
「言うとくけど、爺ちゃんはウチらに一刀を鍛えるよう頼んだんやから、味方してくれへんで!!」
「お、おい!? 何だよそれ!? 俺何も聞いてないぞ!! じ、爺ちゃん! どういう事だよーーー…………!!」
霞にズルズル引きずられている一刀の叫びは、どんどんと遠ざかっていった。
「良いのですか? 北郷一刀様を助けなくて……」
「あいつには良い薬だろう。ちっとは強くなって貰わんとな……」
一刀が連れて行かれた方を見ながら、眉間に皺を寄せている耕作。男二人は苦笑を浮かべている。
「スパルタですねー、あなたは……」
「さて、皆に報告せねばなるまい。今の事を……」
何事も無かったように、耕作は中庭を後にしようとする。
「あっ、そうでした! すぐに他の皆様にも通達を……」
後を追うように、二人の男が付いていく。
「ところでヤナギさん、アキラさん。あの男の言っていた事ですが……」
「九頭竜、ですか?」
「“挑戦状”とは、一体何の事でしょうな……?」
「あれじゃないっすか? あの行動が挑戦状って事じゃ?」
「ううむ、そう言う事かの…………ん?」
室内へと戻る歩みを、急に止めた。
後ろの男たちは、ぶつかりそうになるのを何とか避けた。
「如何なされました、北郷耕作様?」
「もしや……。あれがその“挑戦状”かの?」
そう言って指差す方向にあるのは、廊下の柱の一本だった。
よく見れば、何か短剣のような物が刺さっているようだった。
「僕、確認してきます!」
「気をつけろよ……!」
小走りで柱に駆け寄った男はそれを確認すると、驚いた顔でそれを引き抜き元の二人の所に戻ってきた。
「し、主任!! これを……!!」
「こ、これは…………!?」
「ほう…………」
アキラの手にあるのは、間違いなく短剣であり、その柄には数体の龍の装飾があった。
そして、それはある物を貫通していた。
トランプのスペードのエースだった。
ただ呆然とそれを眺めていた三人の耳に、一刀の“勘弁してくれ、霞~!!”の叫び声が届いた。
-続く-




