EX:『彼が知らない彼女の話』
直也のクラスの学級委員長の桜坂瑛さん視点
直也は登場しません。
私の名前は、桜坂瑛。
二年のとあるクラスの学級委員長を務めている。あ、これは説明不要なのかしら。直也が私のことを正しく伝えてればの話だけれど。
今回、私は直也の知り合いである水原結衣さんからの頼みで、クラスでの普段の神崎さんの様子を報告書にまとめている。なんでも、神崎さんがなぜ転校してきたかの理由を模索する材料にするらしい。
私個人としても、神崎さんの転校理由には興味があったので、2つ返事で承諾した。
「瑛ちゃーん」
「っ?!」
突然、背後から神崎さんに声をかけられた。
私は慌てて報告書を机の中に入れて、引き攣ってはいたが、笑顔で応対する。
「な、なに……? 神崎さん」
「たまには一緒に帰ろうと思って。あ、帰り途中に美味しいクレープ屋さんもあるんだけど、一緒に食べようよ!」
「……寄り道するのは校則違反よ」
「もー、瑛ちゃんはマジメだなぁ。いいじゃん、別にちょっとぐらい!」
「ぶーぶー!」と頬を膨らませてブーイングする神崎さんに、私は軽く苦笑する。
こういうところは、昔から変わらない。
苦笑する私を見て、神崎さんは恨めしそうに睨む。
「むぅ。ねえ、一緒に行こうよぉ。美味しいから、絶対美味しいから!」
「味の問題じゃありません」
「そんなぁ〜」
涙目でうなだれる神崎さん。私はそこでふと、机の中に入れた報告書を横目で見た。
神崎さんと一緒に帰る……これはもしかすると、チャンスなのではないか?
一緒に帰って親睦を深められれば、もしかしたら彼女は話してくれるかもしれない。なぜ、転校してきたのか、どうして、前の学校を辞めたのか。
今の神崎さんとなら、たぶん上手く話せると思うし。……まあ、もしこれが演技だとしたら、もう神崎さんとは二度と話せなくなるかもしれないが。
「まあ、今日ぐらいなら別にいいけど……」
「ホント?!」
途端に目をキラキラさせて私の手を握ってくる神崎さんに、私は今日二度目の苦笑を漏らすのだった。
「で。なんで貴女までいるの?」
「まあまあ、そう言わずに」
水原さんはいつも通りの営業スマイルを浮かべて、自身を睨みつけてくる神崎さんの言葉を流した。
水原さんを呼んだのは、他でもない私だ。
やっぱり、過去の経験から、神崎さんと一緒に帰ることに警戒心を抱いてしまうらしい私は、少しでも落ち着いて彼女と一緒に帰れるように、水原さんに連絡したのだ。まあ、報告書も直接渡したかったし。
水原さん自身は、取材を申し込む手間が省けたと、とても喜んでいた。
「瑛ちゃんと二人で行きたかったのに!」
「二人分のクレープ代奢るから、ね?」
「うーん……」
尚も唸る神崎さんに、私は話しかけた。
「水原さんは情報通だから、話してて飽きないと思うよ」
私の言葉に、水原さんも頷く。
「そうそう! この学校で私ほど教師・生徒の情報を握ってる人物はいないさ!」
「え、じゃあ直也くんの情報も知ってたりするの?」
「もちろん」
神崎さんは目をキラキラさせてやや興奮気味に水原さんに尋ねる。
「直也くんの好物は?」
「肉じゃが。味付けは甘め」
「じゃ、じゃあ、直也くんの趣味は?!」
「人間観察」
「じゃあ――」
「はーい、ストップ。これ以上の情報が知りたいなら……ね?」
ウインクする水原さんに、神崎さんは何度も頷く。
というか、直也の趣味が人間観察って……。まあ、間違ってはいないと思うけど。
あいつ、他にまともな趣味は無いのだろうか。
内心で直也に対して溜め息を吐いていると、水原さんは神崎さんに本題を切り出し始めた。
「そういえば、神崎さん。転校してきたらしいけど、なんで?」
……少々、ストレートすぎないだろうか?
私は新聞部の交渉術は知らないが、こういうのは軽い世間話をした後に、さりげなく話題転換して自然に尋ねるものではないのだろうか?
「転校?」
神崎さんの方は首を傾げつつ、目を丸くしている。
いきなりの急な話題だもんね。そりゃあ目を丸くするよ。
「そうそう。噂じゃ親の都合って聞いたんだけどさ」
「うん、そうだけど」
「へー。でもさ、それ嘘だよね。だって、神崎さんの両親って既に海外に住んでるよね? なのに、一体どういう都合でうちに転校してきたのかな?」
「……調べたんだ? パパとママこと」
「言ったでしょう? 教師・生徒のことなら何でも知ってる、って。それは転校生も例外じゃないよ」
「ふーん。でも、もう少し聞き方ってものがあるんじゃないの?」
「まわりくどく聞いても、神崎さんなら上手くはぐらかすんじゃないかなぁと思って。トークに長けた人から情報を引き出すには、直接聞くのが一番だからね」
「なるほどねぇ」
神崎さんは感心したような声を出すと、クレープを頬張る。
クレープを食べ終えると、水原さんに向かって言った。
「直也くんに会いたかったから」
「「……え?」」
私と水原さんは同時に首を傾げた。
「だから、直也くんに会いたかったから。本当は転校できるならどこでも良かったんだけど、どうせなら直也くんと一緒の学校に通いたかったの」
「……なら、どうして直也に会おうと思ったんだい? 失礼かもだけど、キミが自分から直也に会おうとするなんて、とても想像できなくてさ」
確かに。神崎さんは中学時代、直也を振った。いや、そもそも付き合ってたのかさえ怪しい。
そう思ってしまうほど、二人の間に恋だの愛だのという感情は見受けられなかった。
神崎さんは、どこか遠い目で私達を見る。
「直也くんなら、きっと本当の私を見てくれる。だって直也くんは私に言ってくれたもの。“脇役でもハッピーエンドは迎えられる”って」
その時の神崎さんの顔は、まるで砂糖菓子のように甘い笑顔だった。
「私をハッピーエンドに導いてくれるのは、直也くんだけ。だってその言葉で、私は救われたんだもん」




