20:『久々に夢を見ました。後半の方は覚えてません』
眠い……。
とても眠いです……。
どうも、皆さん、石上直也です。
双子たちとの死闘(?)でよほど疲弊してしまったのか、とてつもない睡魔に悩まされています。
帰宅した瞬間に即ゴートゥベッドですよ。
まあ、ベッドなんて贅沢なものは僕の部屋には無いんですがね。布団で十分です、むしろ布団最高です。モフモフですから。
部屋に戻ると、片付けずに敷かれたままの布団がありました。
そういえば、今朝片づけるの忘れてました。
――もぞもぞ
……ちょっと待て。
僕は布団が――いや、布団の中に潜む“何か”が動くのを見逃しませんでした。
眠気で視界がボヤけていたので最初は気づきませんでしたが、目を擦ってよく見てみると、明らかに布団が膨らんでいます。こう、あからさまに。
僕は無表情のまま、布団をひっぺ返します。
するとどうでしょう。やはりとも言うべきか。
中に潜んでいたのは、母さんでした。
「……何してんの?」
「……フッ」
母さんはニヒルに笑いつつ、ドヤ顔で僕に言う。
「直也ちゃん成分を補充してたの! hshs! フンガフンガ!」
「はい、変態さんのお帰りはこちらになりまーす」
そのまま、まるで猫を運ぶように母さんの襟首を掴んで部屋の外に放りました。
そして素早くドアを閉めて鍵も閉める。なんで今朝、鍵を閉め忘れたかなー、僕。
暫くして、母さんがドンドンと外側からドアを叩く。
「直也ちゃん、待って! 違うの! 最初は普通に布団を片付けようとしたの! でも、目の前のご馳走についつい目が行っちゃって……」
「……それで、つまり何が言いたいんですか?」
「布団を片付けなかった直也ちゃんが悪い」
「それはそれは悪ぅございやした。ではさようなら。僕はもう寝ます、眠いので」
「何ですって?! ちょ、直也ちゃん、中に入れて! たまにはママと一緒に寝ましょう!」
「嫌ですよ。なんで高二にもなって母親と一緒に寝なきゃならないんですか。ていうか、一緒に寝たら絶対母さんは良からぬことをするのは明らかですので、どっちにしろ嫌です」
「嫌なことしない! 気持ちいいことしよう!」
「キモイです。母の思考が。キモイです」
「そんな川柳っぽく言わなくなっていいじゃない!」
「とにかく……眠いので母さんとの茶番には付き合ってられないので、おやすみなさい」
僕はそう言うと、布団の中へとダイブする。本当に眠い……。
母さんがまだドアを叩いているけれど、そんなことはもうどうでもいい。
僕は重い瞼をそのまま下げ、深い眠りの海の中へと意識を沈めた。
◆◆◆◆◆
あれはいつだっただろうか。
そう、今日みたいな学校からの帰り道に、公園に立ち寄ったんだ。理由は……なんだったかな。
……ああ、そうか。うん、思い出した。
視界に、あの女の子が、映ったからだ。
数週間前、学校から帰宅していた僕は、公園で女の子がすすり泣く声を聞いたんだ。
いつもの僕なら特に気にしなかったんだけど、なぜかあの時だけは、その声がとても気になった。
家に向かう足を止めて、公園に近づく。
案の定、公園の奥に設置されたベンチに、一人の女の子が座っていた。
ただこの時、女の子を目にした僕は、女の子と遭遇したのが夕方前で良かったと安堵した。とても。
これがもし夜中だったのなら、僕は一目散に逃げ出して早急に自宅へ帰還しただろう。
なぜなら、彼女の長い髪の毛が彼女の顔を覆いつくし、髪の隙間から覗く目は泣いたためか赤く腫れており、少し血走っていたからだ。
しかもすすり泣きながら「うぅ……うぅ……」という唸り声にも似た声を出すのだ。むちゃくちゃ怖かった。だからこそ、夜中に遭遇したら幽霊と勘違いしてしまうだろうが、夕方前だったので相手が人間であることは理解できた。
本当に、あの時の僕はどうかしていたと思う。なぜ、そんな恐ろしい状態の女の子のそばに行こうと思ったのか。
僕は彼女が座ってるベンチの端に座り、横目で彼女の様子を伺った。
彼女も僕の存在に気づいたのか、すすり泣くのをやめ、少し僕から距離を取る。まあ、警戒するのは当たり前だろう。
ただ、彼女と同じベンチに座っていると、なんとなくだが、懐かしさのような感情が込み上げてくる。
僕は黙って彼女と同じベンチに座り続けた。
それから、そう……彼女の方から僕に話しかけてきたんだ
話の内容までは具体的には覚えていない。
でも、確か……彼女は絶望していたのだと思う。話を聞く限り、彼女は恐らく僕と同じ高校生。学年までは分からないが、なんとなく同級生な気がする。
「私にはもう、何もないの……何もかも」
彼女はずっとそう嘆いていた。
暫くそう言い続けて、女の子は自分が受けた周りからのいじめを語り出した。
「靴を隠されたり、黒板に「ビッチ」と書かれている内はまだ良かった。でも、暫くしたら、皆、私をいないモノとして扱った! クラスの子だけじゃない。全生徒、全教師……全ての人が私の存在を無視したの。そんなの……耐えられるわけないじゃない!!」
まるで村八分だと思った。たぶん、PTAもグルだったりするんだろうなぁ。
そうやって自身の残酷な境遇について延々と語っていると、ふと、彼女は僕にある質問をした。
この質問は、より鮮明に覚えている。それだけ、衝撃的だったから。
「貴方の中で、小学校の時の先生の言葉で、一番印象に残ってる言葉は……何?」
そう、それは、僕にとっては、とてつもなく、強烈な一撃だった。
回答したら、ある意味、これまでの自分を全て相手に知らせるような質問だった。
僕は笑顔を浮かべ、動揺せずにこう答えた。嘘の答えを。
「友達100人作りましょう、ですかね。まあ、無理でしたが」
軽く「あはは」と笑う。そんな僕に対して彼女は「ふーん」と怪訝そうな声を出した。もしかしたら、嘘だとバレてたのかもしれません。
そう思ってると彼女は唐突に口を開いた。
「私はね、君達の人生は君達が主役だ、だよ」
「っ?!」
まるで、心臓が掴まれたように感じた。
「バカみたいだよねぇ」
金縛りにあったかのように身体が動かない。
「いつの世だって、人間は二種類に分かれるのに」
僕の目が異常なのか、女の子の姿が変わっていく。
「皆が主役、なんてさ。ただの方便なんだよ」
目の前に僕がいる。
「確かに主役のように振る舞えば主役になれるかもしれない。でも、やっぱり本物には勝てないんだよねぇ」
僕が、笑っている。
でも、その幻は一瞬だった。
すぐに消えて、女の子の姿に戻る。
「全部無駄だったんだよ、主役のフリしてるだけ」
僕はそんなこと言わない。無駄だっただなんて、誰にも言わせない。
「だから、何なんですか?」
「え……?」
「主役だから、脇役だから、そんなのは関係ないんですよ。ほら、見てくたざい」
公園の前を通る、カップルの姿を指差す。指差してしまってごめんなさい。でもあんまりイチャイチャしてるとムカつきます。
「脇役でも、誰かの特別にはなれます。脇役でも、ハッピーエンドは迎えられます。ただ、主役ほどは派手ではないだけで、皆幸せにはなれるんですよ」
僕は女の子の方へ振り返る。
「貴女は、幸せになるために主役のフリをした、努力をした、それは決して無駄なんかじゃありません」
努力は決して消えません。たとえ意味無かったとしても、努力をした記憶は、次に進むための糧になります。
「……私も、幸せになれるの? もう、ヒロインじゃないのに?」
「なれますよ。確証はありませんが」
「……っ」
女の子は手をギュッと握ると、そのまま走り去ってしまいました。
夢はそこで終わり、突如映像にノイズが走る。
少女と少年が歩いている。
桜の花びらが舞い散る道を歩いている。
その一組の男女の元に、また一人、また一人、人が集まってきた。
『彩乃ちゃーん! おはよう!』
『こら、朱哉! 彩姉さんに馴れ馴れしいぞ!』
『悠里くんは相変わらずのシスコンだねぇ。そろそろ俺のことを朱兄さんって呼びなよ』
『誰がお前なんかを!!』
中でも、二人の少年が言い争いをしている。
『二人とも、うるさい』
言い争いの原因になってる少女は溜め息を吐いて、友人であろうと思われる人物と一緒にすたすたと先を歩いていく。
なんだ、この夢?
こんなの、僕に見覚えはない。
こんな記憶、僕は知らない。
『彩乃』
少女を呼ぶ声、その声には、聞き覚えがあった。
声の方向を向いた僕は目を見開いて驚愕した。
そんな……貴方は……っ!!
◆◆◆◆◆
「なんで……どうして……」
慌てて起き上がった僕は、身体中から汗が吹き出していた。
息が切れる、胸が苦しい。
深呼吸をして、冷静になる……
するとどうしたことか、なぜ自分はこんな苦しい気持ちになっているのか、よく分からなかった。
何か夢を見ていたような。でも、何の夢かは思い出せない。そんなに恐ろしい夢だったのか。
これほど僕の心を掻き乱した夢を、僕は覚えていなかった。
窓に朝日が差す。今日もまた、新しい一日が始まる。
「……むにゃむにゃ」
「ん?」
なぜか傍らに、母さんが寝ていた。
「…………」
無言で自分のボディをチェック。うん、大丈夫。襲われてない。
続いて扉をチェック。ほほう、見事に破壊されてますねぇ。
つまり、悪夢の原因は……
「お前かぁぁぁぁぁぁ!!」
「うひゃ?!」
まあ、どうせこんなものですよ。僕の日常は。




