5-7.クロウ商会
ギルドマスターと門の前で別れると俺は市場へと向かった。
南市場。
近くに神殿を持ち、南の工業にエリア近いため中央市場よりも工具や用具の取扱店が多い。
中央市場は新道の交差点に位置していることもあり、アスタランテ中から物が集まってくるが、その分細かく見るには結構、骨が折れる。
こういう時に決め手がある市場は強い。
アスタランテには中央、西、東、南に市場があり、中央、東にはそれぞれ場外市場もあるらしい。
それぞれの特徴は中央は豊富な種類、東と西は生活に必要な物品、南は工具や用具、場外市場は仕入れに特化した市場となっている。
もちろん、特化した、とはいってもそれだけしかないわけではない。
南市場にも食料はあるし、東市場にも工具はある。
ただ、集まりやすいといった程度だ。
今日の目当ては食料品や日用品ではなく、エールと日曜大工に使える工具たち、それに大型の家具たちだ。
工具は家の地下を食料庫とするために大型の棚を作って置こうと決めたのだ。
ホワイエに依頼してもよかったのだが、せっかくなら自分たちで使いやすく作ろう、ということになった。
俺一人であれば食料庫そのものも不要なのだが、我が家に4人もいるとさすがに話も変わってくるからな。
けっこう階段が急だったので工具を仕入れるついでに、円柱加工された木材などを買って手摺を作り、ランプが上り下りするのを楽にしてやりたい。
いくらそうは見えないとはいえ老体だしな。
うちで執事のまねごとをするようになってからは彼はどんどん若返っているような気がするが、あまり張り切りすぎても倒れてしまわないか心配になるのでほどほどにしてほしい。
エールなどの酒を手に入れるには南や東が良いとギルドマスターからさっき聞いた。
なんでもドワーフは職人気質が多くて職人街に多い為、ドワーフ好みの安くて量も多い良い酒は南や東に集まりやすいそうだ。
逆に金持ちやエルフが好むような高かったり、果実で一工夫されていたりするような酒は中央市場の外れに行った方がいい、とのことだった。
恐らくイメージとしてはエールやどぶろくなどの醸造酒は南や東で、ワインやウイスキー、ジンなどの蒸留酒は中央市場の方がいい、ということだと思う。
ちなみに中央市場の外れに集められているのは直射日光に樽や瓶を当てないためと、子供たちに考慮してのことらしい。
子供たちはどうしても道沿いや中央付近の広い場所を走りたがるから商品を保護するためと、弁償などの心配を考慮して外れの壁を背にする場所に集められているらしい。
なかなか面白い取り組みだと思う。
町ぐるみでそういった取り組みがなされているということは隣近所と近い、地域の連携が取れているということだろう。
経験上、そういった場所は住みやすくていいと思う。
終の棲家にするつもりはなかったけど、最初の拠点としてはいい町になったのではないだろうか。
そう思いながら俺は適当にウインドウショッピングで見繕っていた材木や工具を購入していく。
例の魔導コンロも購入したかったが、今日は我慢。
金は十分、焦る必要はない。
今日は今日の目的を優先して達成する。
そうすることで家の動線がわかるから、本当に必要かどうかがわかるはずだ。
優先度はそれから上げても遅くはないはずだ。
「てめぇ!なんだこの品質は!」
「あぁ!?契約書通りだろうが!」
南市場で工具を物色している俺の耳に怒鳴り声が届いた。
どうやら近くで喧嘩をしているらしい。
すでに俺の左手には人だかりができていた。
恐らく喧嘩はこの人だかりの先だろう。
俺は少し背伸びをして野次馬の間から、ちらりと喧嘩している人物を確認する。
一人は痩せた男、切れるような目が特徴の……、まぁ、なんともテンプレートな小悪党のような顔。
一人は小太りのひげを蓄えた帽子男。こちらもテンプレートな商人のような顔だ。
顔で人を判断するつもりはないが、どうしても小悪党と商人に見えてしまって仕方ない。
「なんだこの箱の中身は!緩衝材も入ってない、麻袋の中身もスカスカ!量も前見たときよりも全然少ないじゃないか!」
「知らねぇよ!あんたの勘違いだろうが!納品は全部で8箱!そういう契約だったはずだ!」
「てめぇ!」
「んだぁ!?やるか!?」
二人が取っ組み合いを始めた。
うへぇ。
アレはヤバい。
かつて優斗が悪質な大豆取引をさせられた際にぶちぎれた時に似ている。
あの時は15人近い不良を叩き潰して『赤鬼』なんて呼ばれてたな。
一時期は赤シャツに迷彩ズボンの優斗には近寄るな、と噂になったっけ。
ともかく、あの小太りの商人風の男はそんな目をしている。
よほど腹に据えかねたのだろう。
ああいうのは沸騰しないうちに止めておいた方が良い。
「ちょっとまった!」
気付いたら飛び出していた。
二人の注目が俺に集まる。
よし、とりあえずは成功。
「何があったかは知らないけど、頭に血が上った状態だと建設的な話にはならないぞ」
「あぁ!?邪魔すんじゃねぇぞ!!小僧!」
「そうだ!部外者は引っ込んでいろ!」
「それとも、その出来損ないの不良品をテメェが引き取ってくれるってか!?」
不良品?
そういえば、そもそもなんでこの人たちは言い争っていたんだろうか。
声だけ聞いた感じだとなにか商取引でのいざこざがあったみたいだけど。
「どうしたもこうしたもねぇ!アルサンピーク王国からの茶葉の輸入、毎度きめられた量を収められねぇから契約違反だといってやっているだけだ!しかも品質は劣悪!こんなもん売りものになるか!この詐欺締め!」
「詐欺たぁ人聞きが悪いな!フィルフィリアの商人はこれだから、物を知らねぇんだよ!いいか、俺たちが契約したのは『箱一杯の茶葉』8箱!どれだけの量だろうが8箱入っていりゃもんだいねぇだろうが!」
「てめぇ!言うに事欠いて!」
……うん。これは間違いなく小悪党のような顔の奴が悪い案件だろう。
商人風の男は騙されたことに憤慨している、と言った感じだろうか。
しかしバカだな。この男も。
こうやって市場で商人を馬鹿にするとは。
この場にいる全員を敵に回したようなものだ。
大体、茶葉8箱がどのくらいの価値の物か知らないが、商人相手に騙すような商人は商売が成り立たなくなるだろうに。社会人としては失格だな。
俺は二人を押さえつつ木箱の中身を横目で確認する。
茶葉と言っていたが木箱の中は箱一つにつき、目の粗い麻袋が6つくらい入りそうだ。それぞれの木箱にはクロウ商会と文字が書かれていた。
緩く縛られた麻袋は膨らみを維持するためか?
あぁ、なるほど。なんとなく構造が見えていた。
恐らくこの男はクロウ商会の人間であの袋に詰められた商品をこっちの商人風の男が買い取った。
しかしクロウ商会はまともに取引するつもりはなく初めからだますつもりだった。袋の中に緩く詰めてそのうえで木箱に詰めてさばを読んだ、という事なのだろう。
今回は売って逃げる前に見つかってしまったって事か。
「しかも、ガキに運びをさせやがって、商品の品質も最悪だ!」
ガキ?
俺はチラリとクロウ商会側をみた。
クロウ商会の男の後ろ、少し距離を置いたところにボロボロの服を着た子供たちがいた。
まともに食べられていないのか、ところどころ骨が浮き出たようなやせこけた子供たち。
彼らに運ばせたのか。
確かに子供は大人より力がない分、荷物を乱暴に扱ってしまいがちだ。
その影響で品質が落ちたのだろう。
どれぐらい落ちてるのだろうか?
俺は鑑定眼で荷物を見る。
茶葉だ。
しっかり飲用の茶葉と書かれている。
品質は違うだろうけど、俺がギルドとかで出された茶葉と同じなのかもしれない。
しかし、そんなことよりも重要な表示が、そこには表示されていた。
……なん、だと?
『半発酵状態』
そう、表示されていたのだった。
優斗……菅原 優斗。漬けマニアで現在は醤油造りに凝っている。
家で梅酒や梅干し、醤油、味噌、甘酒、魚醤などの瓶がずらりと並んでいる。
自ら漬け込みなどを行っているため力仕事になれていてマッチョ。




