5-8.烏龍茶獲得
『半発酵』
緑茶、烏龍茶、紅茶、どの飲み方で飲むかを決めるうえで最も大事なものが、発酵状態だ。
全体に占める発酵度合い、つまりは酸化度合いが、おおむね20~80%の状態がいわゆる『半発酵』した状態、つまり烏龍茶で飲むのに適した状態と言われている。
かなり広く感じると思うが、浅い発酵の物は淡い色合いで渋みが少なく、さわやかな香りが特徴。
中程度の酸化度合いの物は香りと香ばしさのバランスが良く、日本でも鉄観音などの品種が好まれている。
重度の発酵の物は紅茶に近い甘味と深い香りを持っているなど、それぞれ特徴が違う。
これらすべてを半発酵した烏龍茶と定義されているのだが、さすがに鑑定眼でも発酵度合いまでは明確に数字として出ない……、いや書いてあった。現在30~50%程度、か。
良い具合だ。
発酵の数字に幅があるのはおそらく箱の中でも袋によって発酵の度合いが違うためだろう。
しかし、なぜこのお茶だけは烏龍茶の茶葉として出てきたのだろうか。
ちょっと研究する必要があるな。
いや、それよりも。今はこの茶葉を確保することを優先しよう。
絶対に、逃がさん。
ここで仕留めきる。
「こんな品質じゃ客に出すことだってできねぇだろ!」
「それでも捌けるのが商人だろうが!この無能野郎!」
「てめぇ!」
「そこまで!」
再び喧嘩を始めたので間に割って入って止めた。
「これ以上続けても互いに利にはならないだろう?」
「それはそうだが……」
「はん。物わかりの悪い商人が」
この小悪党の処理は後だ。
少なくとも烏龍茶の秘密がわかるまでは活かしておいてやろう。
「そこで相談だけど、今回はこの茶葉を俺が全部引き取るっていうのはどうです?」
「この悪質な品質の茶葉をか?」
半発酵された状態は彼らにとっては悪質らしい。
だが、残念ながら俺にとっては宝の山。
絶対に確保しておきたいものに変わっている。
「えぇ。かまいません。これはこれで使いようがあるので」
「……使いよう、か。わかった。今回卸されたハルマン産の茶葉はすべてお前に売ってやろう。……ただし、本来の定価で、だ」
「ありがとうございます。それなら異論はありません」
「今回の件はこれで水に流す。ただし、これからの取引に関しては白紙だ」
なんと都合がいい。これなら俺が独占できるじゃないか。
「えぇ、わかりました」
むしろ今後の事を考えるとそれなら安いものかもしれない。
「エイロン商会のトーマス・エイロンだ。よろしく頼む」
トーマスが手を差し出してきたので、その手を握り返す。
ん?クロウ商会にエイロン商会?
最近、どこかで聞いた気がするな。
……あぁ、被服店の爺さんのところで出されたお茶がその辺から仕入れたって言ってたっけ。
さて、何はともあれこっちはこれで商談成立。
しかもこの商人たちもこれ以上はかかわってこないと確約を取れた。
で、もう一方だが。
俺はもう一人、クロウ商会の人間を見た。
ニヤニヤしていて若干ムカつく表情をしている。
俺が味方した、とでも思っているのだろうか?
俺は男に近づいて男の肩に手を置く。
「さて、そういう訳だからこの荷物は今回だけエイロン商会に納品してもらうとして、商談と行こうか」
「商談だ?何が欲しいんだ?」
「これと同じ状態の茶葉。毎週でも毎月でもいい。俺の家に届けてくれ」
「ぷっ。アレと同じ茶葉だと?」
野次馬からもクスクスという笑い声が聞こえて来た。
まぁ、わざわざ質の悪いとされる茶葉を仕入れようなんてもの好きは居ないだろう。
だが、それがいい。
そうでなくてはならない。
俺は小悪党の両肩に手を置いた。
「いいか?品質はこれ以上でも、これ以下でもいけない。運搬の仕方も、運搬の時間も、商品の詰め方も、商品の積み方も、保管時間も、あらゆるすべてを同じ品質で届けるんだ」
「……は?」
「もう一度言うぞ?品質はこれ以上でも、これ以下でもいけない。運搬の仕方も、運搬の時間も、商品の詰め方も、商品の積み方も、保管時間も、あらゆるすべてを同じ品質で届けるんだ」
俺は両肩に置いた手に力を籠める。
すると、小悪党は額に玉のような汗を浮かべ始めた。
心なしか息が荒く、目は泳いでいる。
まさか、こいつ。この期に及んでそれすらも拒むつもりでは?
そう思うと、更に力がこもった。
「いいな?」
「え、あ……」
「いいんだな?」
「あ、あぁ。わかった……。届ける。必ず届ける。契約もそちらの言い分に合わせる……、だから許してくれ……」
急に協力的になった気がするが、好都合だ。
予定外だったが契約をこちらに合わせてくれるそうなので、少し甘えさせてもらおう。
俺はクロウ商会の男にこっそりと金貨を握らせる。
握らせるってのはそのままの意味じゃなくて、一度見せて懐に押し込んだだけだ。こういう悪党は金蔓になるとわかると金を見せる限りはいう事を聞いてくれるだろう。
「これで子供たちにもう少しいい生活をさせて、労働環境を整えてやるんだ」
「ひっ……、わ、分かった。分りました。言う通りにします……!」
クロウ商会の男は降参と言わんばかりに両手の手の平をこちらに向ける。
よし。交渉成立。
無理を聞いてくれる従業員へのフォローもばっちりだ。
我ながらなかなかいい交渉だったのではないだろうか。
「どうか!い、命だけは……命だけは……っ!」
なんだか命乞いしてるけど。
まったく、これじゃまるで俺が脅しているみたいじゃないか。
俺は交渉と、もう少し従業員に気を使ってやれという意味を込めて金貨を渡したのだが。
「それで?エイロンさん。この茶葉はいくらくらいで売ってくれるんだ?」
「そうだな。仕入れ値が金貨3枚だったから全部で金貨8枚と言ったところだな。今回の件を解決してくれた見返りとして金貨2枚分、サービスしてやる。金貨6枚だ。分割払いなら受け付けるぞ」
意外にするな。
しかし、金貨2枚のサービスはうれしい。
エイロンはおそらく取引に誠実な商人なのだろう。
先ほどは定価で、なんて言っていたが、今は割引までしてくれてるしな。
感謝してくれているのだろう。
……だからこそ、クロウ商会の取引が許せなかったのだろうな。
取っ組み合いのけんかになるほどだしな。
「いや。分割は必要ない。一括で払えるよ」
「……驚いた。随分羽振りがいいな?冒険者か?」
「一応。新人だけどな。運が良かったんだ」
「なるほどな。だが、多少の蓄えはしておけ。いつ身体を壊すかわからんからな」
何気にこちらを心配もしてくれている。
やはり誠実な人間なようだ。
「それで?この商品はどうする?何ならうちの丁稚に運ばせるぞ?」
「いや、いい。実はアイテムボックスが使えるんだ」
「ははは。そりゃ確かに運が良いな」
俺は箱を空間収納に仕舞っていく。
本来なら手で触れる必要はないんだが、アイテムボックスは中空に入口を開くというビジュアルをしているらしく、そこに詰め込んでいくようなイメージらしい。
一方、俺の空間収納は手をかざすだけで、なんのエフェクトも無しに数メートル範囲であればしまうことができる。
なので詳しく知っているものが見るとすぐわかってしまうそうだ。
これが、ギルドマスターやエルにばれていた真相らしい。
わからんよ。そんなの。
まぁ、そんなことがあって、とりあえず誤魔化しが利くかどうかは分からないけど、触って収納する振りをすることにしたのだ。
「よし、これで最後っと」
俺は最後の木箱を収納する。
その瞬間、空になった空間から一陣の風が俺の髪を撫でた。
髪が風に従って揺れる。
うん?
こんなところに路地なんてあったのか。
木箱と荷馬車のせいで気が付かなかった。
路地の方を見上げると妙なざわつきを感じるが、その正体が分からない。
視線を感じるわけでもない。
一体、この不安感とも既視感とも取れないものは何だろうか?
「おい。片づけが終わったなら、取引の続きだ」
「うん?あぁ。分った」
呼びつけられて現実に意識が戻って来た感覚がする。
先ほどまで撫でつけていた不快な感じは、今はもうしない。
何かの気のせいだったのかな?
とりあえず、そう思うことにして俺はその場を後にするのであった。




