5-5.明晰夢
……あれ?
俺はいつの間に街中に来たんだ?
いったん冷静になろう。
時間は明るさ的に昼間。
場所は……、市場?中央市場か?
いや違うな。中央市場と南市場が混ざっているような感じだ。
……あぁ。なんだ。夢だな。これ。
夢を夢として認識できる、いわゆる明晰夢って奴だな。
しっかし、何ともこれははっきりとした夢だな?
周りを見渡してみると、どこかで見たことあるような人々や店。
「……ぃさん」
うん?なんか呼ばれたか?
「お兄さんってば!」
「え?」
俺は振り向いて、声の主を確認する。
「あぁ、目利き人の……」
「ちょっとお兄さん!しっかりしとくれよ!」
バンバンと、背中を叩かれる。
痛い?いや、痛くない。
夢は記憶の整理とかっていう話はちらっと聞いたことがあるが、こんなに現実味のあるって明晰夢って言うのは流石に聞いたことがない。
「すまない。ちょっとぼーっとしていたよ」
「本当、しっかりしておくれよ?こちとら金をもらうまでが仕事なんだよ?」
「わかってる。いつも手伝ってもらってすまないな」
俺は懐から琥珀貨を出す。
いつもなら財布は空間収納の中だが懐から出した時点でいつもと違う。
やっぱり夢だなこれ。
「そういえばお兄さん、教会にお布施はしたかい?」
「あぁ、この間初めてしたよ」
「そうかい、そうかい。今日も見習いの神官たちが町の奉仕活動に出ているから、良かったら気にしてやりな」
奉仕活動ねぇ。
炊き出しとか何とかするんだろうか?
まぁ、ここは夢の世界。現実と一緒とは限らないな。
俺は目利き人と別れて市場の中をぶらつく。
道行く人々は分厚い外套を羽織り、若干湿っぽい夏よりも幾分か重たくなった空気が流れ、街灯の木々は色を落とし始めている。
建物の隙間から覗く、わずかな空に流れる雲が重々しく、早い。
これだけでも季節は現実よりも少し進んだような印象がある。
まぁ、俺はこの国の秋というものを知らないから、これが本当にこの国の秋の景色なのかはわからないが。
ふと気になって路地を見ると、路地の前には大量の木箱が並べられ、路地の入口を塞いでいた。
別になんて言うことはない、市場でよく見る路地の光景。
何がそんなに気になるのかと、自分でも思う。
その時だった。
わずかに木箱の陰に動くものを見つけた。
始めはそれが何かわからなかった。
明るいところから暗いところが見づらい為、よく目を凝らしてみる必要がある。
動いているように見えたものは布の切れ端。
それがどこからか飛んできたようだった。
そして、布の切れ端の側には小さなチェーン、いやあれは十字架のネックレスだろうか?
ケルト十字に近い太い外側に向かって太くなる十字と縁で構成されたそれは初めて見るものではなかったが、なんだか思い出せない。
一体いつ見たんだったか。
そうだ、あれはたしかこの間、南市場に行ったときか。
あの神官見習い三人娘が首から下げていたものだ。
ドクン。
心臓の鼓動が早くなるのを感じる。
何でもない、それだけ見るとただの布切れと十字架のネックレスだ。
なのになぜ鼓動が早くなるのだろう?
俺は心臓の鼓動にせかされるように落ちた十字架に近づく。
がさりと木箱の陰から音がする。
何かが動いたような音だ。
その瞬間、俺はソレと目が合った。
始めの印象は黒い人影。
四つん這いになった、人の影。
フードを目深にかぶり、眼だけがギロリとこちらを見ていた。
いや、正確には見ていたわけではない。
そう感じただけ。
なんせフードの中は見えないのだ。
顔や輪郭すらも確認できないほど、深く影を落としている。
よくよく見るとその人影の身体の間から別の身体が見えている。
ちらりと見えるその服は神官見習いの服に見えて、またドクンと俺の心臓の鼓動の力が増す。
その瞬間、俺の背後方向から強烈な突風が吹きつける。
人影のフードが風に煽られその顔が露わになった。
そこにあった顔は良く見慣れた、けれど最近は見かけなくなった顔だった。
だけど忘れるはずもない。そう、俺の顔だ。
黒い人影は俺だと認識した瞬間、俺の血の気が一気に引いていくのを感じた。
直後に視界がゆがむ。
その直後、また俺の心臓の鼓動が早くなる。
そこに俺は立っていた。
なぜか俺が俺の視線の先に立っている。
向こう側が明るい。
なぜだか、今、目の前に立っている俺は先ほどまでの俺なんだと自覚できる。
俺は身体に違和感を覚えて下を向いた。
そこには少女が一人。
俺が組み伏せたような恰好だ。
大人びたロングヘア、神殿の服装。
パングリーヌと呼ばれた少女のものに見える。
少女は目に涙を浮かべ、恐怖の顔と共に彼女の口から血液交じりの体液がごぽっという音と共にあふれ出る。
服は派手に破かれ、胸や恥部が露出している。
肩から首にかけて派手に食いちぎられており、だれが見ても致命傷だとわかる。
無理矢理押し付けられた際に付いたのであろう、腕には手形が痣として残っている。
俺と彼女の下半身には卑劣な行為をしたであろう痕が残っていた。
今、俺が乱暴をしながら食いちぎったのであろうことが容易に想像できた。
彼女の頬や体に触れるとわずかだが彼女の身体がピクリと反応する。
その反応を楽しむように俺は近くの地面に転がしていたポーションのようなものを彼女に振りかける。
すると彼女の怪我が光と共に再生していく。
「た、たす、け……ゆるし、て……」
怪我が治って僅かでも意識が戻ったのか彼女の口からそんな言葉が漏れた。
その姿を確認した俺は更に心臓がざわつくのを感じた。
下卑た感情が俺の心を支配する。
俺は俺の意思とは関係なく、下半身に集まる血液を感じていた。
そんな感情を感じたまま、再び彼女の喉元に食らいつく。
その行為と彼女の悲鳴を眺めながら、俺の視界の端からガラガラと崩れていくのを感じる。
いつの間にか、俺の意識はまた元の身体の方に戻ってきていた。
崩れ落ちる直前、彼女と目があった気がした。
その目は何か助けを求めるような視線だった。
目を覚ますとかなり汗をかいていた。
何かえげつない夢を見た気がするが、なんだか思い出せない。
ただただ、不快な気分だけが残るばかりだ。
コンコン。
寝室の扉が叩かれたで返事をするとエースが入って来た。
エースは食事が出来たことを伝えに来てくれたようだ。
俺はベッドから起き上がり、食事の場へと向かう。
我が家の食卓は、結局一階に『倉庫』と記載されていた部屋を半分使って作った。
形状的にはおそらく二階のほんの少し広い部屋を団欒の場としていたんじゃないかと思うが、ここは今、エースとウーミタンが使っている。
そんなダイニングで俺、エース、ウーミタン、ランプの四人で食事をとる。
食事はエースが作ってくれた朝食でパンと野菜を使った具沢山塩味ベースのスープ、腸詰を軽く焼いたものだ。
俺が作るならすべて焼肉の範囲に入るものを作るんだが、たまにはこんな素朴な食事も悪くない。
ちなみに鉄板街灯亭で宿を取っていたころは基本的には朝は屋台でパンと串焼き、夕は食事を宿で買っていたから、あまり気にしなかったな。
「ありがとう、美味しかったよ」
俺は食事を終えて席を立つ。
「エルとトマスを送ってくるからちょっと出てくるよ」
三人に声をかけて町へと繰り出した。
昨日、エルが今日帰るといっていたから、彼らを見送る為だ。
アスタランテの町を抜けて正門へと向かう。
正門には、既にエルとトマス、ロス、ギルドマスターが居た。
「リュウやっと来たか」
そう言って、エルが俺を出迎えたのだった。




