5-4.風呂と魔法
「あぁ~。生き返るぅ~」
思わず、声が出る。
やっぱり入浴と言う文化は日本人の血脈に脈々と受け継がれた文化なのだと、実感する。
湯気の中、いくつかの淡い光が眼を癒し、薬湯のにおいが充満して鼻からも体の回復を助けてくれているようだ。
俺の身体を表面から温め、足の先まで血液が巡る感覚が俺の身体を駆け巡る。
β-エンドルフィンやセロトニンがうんたらかんたらして温熱作用と浮力作用と水圧作用がうんたらかんたら。
要は気持ちいいのだ。
おっと。もちろん、入る前に身体は洗っているぞ?
粗目の麻の布で作られたタオルと鉄板街灯亭で紹介してもらった職人から洗面器代わりの桶の職人を教えてもらって購入した。
石鹸はこの町の特産の一つらしく、意外にも市内では簡単に手に入った。
流石にどれも現代のものと比べると品質は落ちるが、これでも十分すぎる。
そしてこの世界特有のものとしてはこの薬束だ。
ヨモギのような植物のワームウッド、薬草のド定番であるセイヨウノコギリソウ。
これが一つの束になっている。
本当は風呂に入れるものではなく、週に一度か二度、一日の最後に鍋に湯を沸かしてその上に置いて湯気に香りを吸わせて、アロマのように香りを楽しむものらしい。
もっとも、フィルフィリアの平民の文化というよりは隣国のアデリシア王国の文化らしい。
あちらの国では地域による気候差が激しく、共通の習慣というのは少ないらしい。
まぁ、サウナみたいなものか?
しかし、こうやって風呂に入るとわかるが、平気そうでも意外と身体はボロボロになっているもんなんだな。
足の裏なんて入った瞬間からヒリヒリして痛痒い。
長時間歩いた後にあったかい風呂に入ったあの感覚だ。
思った以上に疲労していたんだなという事がわかる。
全身の力が抜けていく。
リラックスしている証拠だ。
いっそこのまま寝てしまいたい。
まぁ、それは流石にしないが。
なんにせよ、こうやってゆっくりできるのはありがたいな。
あぁ~。生き返るぅ~。
「お先に入らせてもらったよ。三人とも順番に入っちゃって。あ、ぬるかったら魔道具を起動してね」
「はい。ありがとうございます」
俺の言葉にランプが反応した。
沸かす燃料は魔力だけ。
起動している間は発動者の魔力を消費するが、配管を斜めにしているおかげで沸かすときは自然循環するが、冷たくなった湯の部分は逆流してくることはない。
沸騰するほど温度も高くならないため、仮に起動したまま忘れていても火事の心配は少ない。
「エースたちも、遠慮せず入ってね」
「え?よろしいのですか?そのような贅沢」
「贅沢っていうか、せっかく沸かしてるから気にせず入ってね」
どうも、エースは遠慮がちなところがあるからな。
遠慮しなくてもいいって言ってるのに。
アスモス商会からも奴隷の衣食住は主人が保証はするって話を聞いてるわけだし。
風呂くらいは住の範囲内だろう。
「ともかく、冷める前に三人とも入ってしまう事。入る前に身体を洗って汚れを落としてからはいること。あと、初めのうちは長湯は危険だから気持ちよさで寝ちゃわないように。エースはできればウーミタンと一緒に入ってみておいてあげてね。あと、最後に入った人は窓全部開けておいて。カビてしまうからね」
「ちゅ、注意します。ではランプ様、お先にどうぞ」
「いえ、お二人が先に頂いてください。私は最後に」
「ありがとうございます。では……」
うんうん。
ここ数日見ただけだが、ランプは奴隷に対して偏見が少ない。
というか、親しみすら感じているように見える。
なかなかいい人選だったな。
「旦那様、食事のご用意ができておりますので先に食事をとってくださいませ」
「あ。ありがとう。頂くよ」
「いつものはその後に」
人当たりも良くて、冒険者としては先輩。
そして今は俺の火魔法の師匠でもある。
ランプを迎えてからというもの、夜は魔法の訓練をしていた。
といっても出せるのはまだ小さな炎が一瞬付く程度。
なかなかに難しい。
東屋の先に的を用意して行っている。
魔法の基礎触媒となる杖はランプからのお下がりだ。
基礎の触媒とは要は杖や指輪の事だ。
魔力の通りの良い素材や魔石を使って作り上げられているもので、魔力を収束して魔法の力を高めるブースターとして使われたり、発動の為のスターターとして使われたりする。
ランプ曰く、魔石を使った魔道具を使えば、魔力の操作さえできれば理論上は誰でも固定の魔法は使うことができるらしい。
例えば、今回ボイラーに使用した魔道具は魔力を供給すると魔力が切れるまで熱を発する、という魔法が発動する。コレを利用して水の温度をあげているのだ。
うちの家ではウーミタンと俺を含めてなんと全員この魔力の操作が可能だった。
ちなみに浴室には魔法のランタンが使用されているのだが、これも魔道具の一つだ。光属性の魔石を使用している。
水のあるところで蝋燭の火は危ないからな。
で、この基礎の触媒の操作から派生して様々な魔法になる。
短い杖を使用するのが一般的なスタイル。
指輪などに込めた魔法を回数限定で使用するのが速射魔法。
長い杖は高いが複数の触媒を使用していたり、あらかじめ魔法がセットされた速射魔法を仕込めたりする、より戦闘向きなスタイルだが、杖自体が高価なのでそこそこお金を持っている奴かが使っているらしい。
そして、短い杖よりさらに短い20cmくらいの木の棒にしか見えない杖で使う魔法。これが携帯魔法と言われ、威力やできることは少ないものの短い詠唱で済むそうだ。
火種を出したり、コップ一杯の水を出したり。
まぁ、短い杖で携帯魔法と同じ程度しか出せないんだけどね。
ちなみに、呪文ってのは大体属性ごとに決まっているそうで、枕詞と精霊の名前、そして呪文ごとの固有呪文で構成されているそうだ。
例えば俺が小さな炎を出すにはこう唱えるのだ。
「灼熱を統べる火の王よ、契約の元にその力を示せ。汝ゲブラー。我が眼前にその栄誉の権能を示したもう。火球<ファイアボール>」
そう唱えると俺の目の前に小さな炎の弾が生まれる。
10cmもない程度の本当に小さな弾。
それを打ち出して的に当てると火の玉は霧散する。
「ふぃ~」
身体がちょっと疲れてしまうのは、まだ俺の体が魔法を使うことになれていないためだと、ランプが言っていた。
「毎日少しずつでも練習していくと、扱える魔力が増えますから初めのうちは毎日鍛錬することの方が重要です」
そう言われて毎日やってはいる。
どうも異世界転生物の主人公のようにはいかないな。
バアル=ゼアルめ。
どうせなら魔法が簡単に使えるチートを寄こせばよかったのに。
「リュウ。ずいぶんと精が出るな」
うん?
後ろから声をかけられた。
この声はエルだな?
「どうかしたのか?今日はもう飯は終わったぞ?」
「はははっ。そうらしい」
エルが持った袋からカラリと音がする。
こいつめ。さては、まーた飯をたかりに来てたな?
「いやいや、もちろんそれだけじゃないぞ?まぁ、それも目的の一つではあったがな」
本当かよ。
「すまん、リュウ。お邪魔する」
後ろからはトマス。
まぁ、いつもの感じだな。
もう慣れた。
「飯もだが良い物ができた、と聞いてな」
エルが小屋を指さして笑う。
「もちろん、タオルも桶も中に入っているぞ」
そう言ってエルが袋を掲げた。
ちゃっかりしやがって。
っていうか、何処からそんな情報を。
「まぁ、私たちの元には色々な場所から情報が入るからな」
色々な、ってあまり聞かない方が良いんだろうな。
「使う分には構わないけど、今は女性が入っているから、せめてその後にしろよ?王子と騎士団長が覗きなんてシャレにならんからな」
「心得ているよ。そうだな、その間、私が風魔法の手解きでもしてやろう」
「ははは……、お手柔らかに」
「そうだ、リュウ。我々は明日、王都へと戻る。もしも私達に連絡を取りたい場合は、ギルドかここの代官に手紙を出させてくれ」
「わかったよ」
いや、ギルドはともかく代官は無理よ。
この町のトップじゃん。
お前らは王子やら騎士団長やらだから顎で使えるかもしれんが。
そんな他愛のない話をしながら、俺たちの夜は深くなっていく。
……え?あれ?こいつら、明日帰るっていったか?




