5-3.風呂の完成
「おぉ。出来ちゃったなぁ」
「流石はアスタランテの職人ですね」
あれから数日。
ホワイエさんの西の木槌工房、その建築速度はすさまじいものだった。
出会った夕方には採寸から草取りまであっという間に終えてしまったのだ。
合計12人の人海戦術。これだけの職人を使える、ホワイエさんならではなのだろう。
次の日の朝から始まったかと思えば、夕方にはもう柱が建ち、壁ができていた。
石材の隙間の接着剤代わりのセメントの乾燥をどうするのかと思ったら、魔法を使用していた。
風属性の魔法なのだそうだ。
これであっという間に土台を作ってしまった。
次の日には換気の要となる窓部分と天井、屋根が付いた。
窓の形式はいわゆる板で作られた上げ下げ窓。
床からは2mに満たないくらい。比較的開けやすい位置にある。
屋根の形は屋敷側に向かって低くなる片流れ形式。
これは屋敷からつながる側に、渡り廊下と屋根を付けてもらうためと、浴槽側を高く保つため。
2つ穴式にする関係上、浴槽をボイラー室と隣接させる必要があったので必然的にこうなった。
なおこの時点で、浴槽側もほぼ完成していた。
ホワイエさんが手配してくれた配管屋からパーツをあっという間に取り寄せてしまった。
さらに次の日、脱衣所の内装と炊き出し室、要はボイラー室の原型が完成した。
こちらもあっという間に作ってしまったのだからすごい。
俺はイメージを伝えただけだが、材料だのなんだのはどうしたのだろうか?
床材は木の床が組んであり、その上から粗い麻……、ヘンプで作られたラグが敷かれている。
棚は全部で2m程度の長さの物が3段。ものを置くのにも申し分ない。
脱衣所の隅にはボイラー室への扉と浴室への扉がついている。
ここは引き戸と行きたかったが、残念ながらこの世界ではあまり使われていないようなので通常の扉だ。
ボイラー室と脱衣所は同じくらいの大きさでそれらを合わせたものが浴室の大きさと思ってもらえればいい。
なかなかに豪華なつくりだ。
ボイラー室へ抜けるとそこは短い六段の階段を下りて、二段ほど下がっている作りになっており、基本は石造り。
ちなみにここにもヘンプのラグを敷いている。
何となく昔の土間を思わせる作りだ。
そして肝心のボイラーの構造。
アリュシエールさんに相談したら、あの宝玉ではあまりにも火力が強すぎる、とのことだったので火の魔石とやらをセットする作りに変更された。
金貨30枚の追加出費だ。
ちなみに、アリュシエールさんの提案で風の魔石の付いた魔道具を購入し、熱気を外に追い出す構造を追加した。
後々のことを考えて薪でも炊けるような構造にはしているのだが、魔道具がある限りは問題ないだろう。
ちなみにこれらの魔道具の製作者はなんとレモンさんだそうだ。
そういえばまだアスタランテについたみたいな連絡はないけど大丈夫だろうか?
後からアスタランテに来る、みたいな話を聞いていたんだが。
まぁ、それはともかく。
後は水をここに入れてテストするだけなのだが、これがなかなかに難工事。
排水機構は重力に従って出る場所を最後にしなければならないため、浴槽と二つ穴式の湯沸し器の二か所に設置しなければならないことが発覚。
そうなると湯沸かしボックスにも排水溝をつけなければならなかった。
これは水門のような戸をボックスにつけることで解決したのだが、問題はあふれ出した先をどう排水につなげるか、だった。
このままではボイラー室の床にぶちまけてしまうため、枠を作り動線を作った。これを塀の外側にある排水溝に繋いだのだ。
幸いにも排水のすぐそばに処理層があるため、大量のお湯を流しても問題ないそうだ。
公衆トイレ様様だ。
いずれは屋敷の内部にトイレを作るとしても今はこの公衆トイレでも十分だ。
なんとついでと言わんばかりに屋敷の室内への水道設備を作ってしまったのだからすごいとしか言いようがない。
ホワイエさん曰く、風呂場に水を引くために必要だったからついでにやってしまったとのこと。
……いや、ついでレベルじゃない気がする。
「野暮なことは言いっこなしだぜ、旦那。ただのついでだ」
そんなこと言ってたが、ついででこれだけの設備を作ってもらってもよかったのだろうか?
結果として一階の水場に水をためるための噴水のようなものができた。
現代の水道とは違い、出しっぱなしなので噴水状にはせず、下から湧き出るような形式にされているのがポイント高い。
こうしておかないと夜中に音がうるさいからな。
ちなみにオーバーフローしないように一定以上の水位になると外に排水される、現代の噴水でもおなじみのあの排水溝も完備。
更に高いポイントとして古くなって温まった水は基本的に上へと流れる為、流入口を底にしておくことで入りたての水は底の方に、古い温まってしまった水は上部へと流れる仕組みだそうだ。
素晴らしい仕事ぶりだ。
恐らく彼らは水場仕事に慣れた大工集団だったのだろう。
普通の大工集団ではこうはいかない。
まさに大当たりと言ってもいい。
ちなみに、風呂に水を流し込む部分は部屋の中に向かう水路から分岐させ、三枚の物理的に水をせき止める形で流入を止める形式を採用している。
一枚目は分岐地点の最も手前に石造りの水道と同じくらいの大きさの石の壁、というか重りのようなものを置くことでせき止める。これは入り口付近の石造りを両サイド側を凸型にすることで水圧に負けないように工夫された一品だ。
そこから先には中間地点に厚い木の板を設置、出口付近である水の排水口にも室内から厚い木の板を設置することで水の流入を物理的にシャットダウンする形で水道設備とした。
これでほぼ水の流入を防げるそうだ。欠点は外側を回っている上の空いた水道なため水以外の葉っぱや虫などの流入が予想されることだが、ここを塞ぐと定期的なメンテナンスや物理的に止めなければならない時、止水板を置くことができないためこういう形式になってしまったそうだ。
これは流石に仕方ない。
現代みたいな高度な設備を求めてはいないのでごみや虫の流入には初めの方で少し長めに水を流すことで対応しようと思う。
これがこの三日間の小屋造り。これでほぼ建屋としては終わってしまった。
後は内装とか細かい部分と渡り廊下。
渡り廊下はさっさと作り上げてしまったのだからつくづくとんでもない大工たちだ。
浴室は石とモルタルを使った床造りにした。
タイルでも良かったのだが、浴槽全体の雰囲気的に石の床が良いなと思って石にした。
大変だったのはここからで、一度作った床の土台を水が流れるように若干傾けつつ上から床と浴槽を張る。
身体では大きく傾きを感じないように、けれどきちんと水は流れるように作ってもらった。
まさに職人技だ。
また、浴槽の縁に当たる部分には水に強い香りの高い木材を使った。
浴槽自体は掘り込み式で縁に当たる木の部分が少し床から出っ張った形。
ボイラー室が二段下がっていたのはこの浴槽の底面よりも下に位置させるためだ。
浴槽内部は縁に近い場所が浅く、30cmほどをステップ状にしている。
ホテルの大浴場などでよくある形式にしてもらった。
浴槽自体の深さは大体55cmくらい。
ウーミタンのような子供でも危険度の低い構成にしてみた。
これで、窓を開けて置けば夜風に当たりながら、半身浴をしながら酒を飲む、なんてこともできるかもしれない。
ここまでくるといっそ温泉が欲しくなるが、さすがにそれは贅沢だよな。
「おう!旦那!来てたのか!」
外からエースと眺めているとホワイエさんに声を掛けられた。
「すごいですね。もうほぼ完成しているなんて」
「ははっ。まぁ、屋敷を建てるわけじゃねぇからな。このくらいのサイズだったらこんなもんよ!……とはいえ、旦那が細かい部分まで考えてくれていたおかげだ」
細かい部分……。結構おおざっぱだったと思うが。
いずれにしても、彼の職人としての感覚によるところも大きい。
「こっちも久々に面白い仕事ができた。若い連中にもいい経験になったはずだ。礼を言う」
「いえいえ、こちらこそ。無理を聞いてもらってありがとうございます。これは代金です」
俺はそう言って金貨10枚を渡す。
「って、おまっ!?これはもらいすぎだろ」
「いえ、取っておいてください。その代わり、次回も依頼させてもらえると助かります」
「次回?」
「えぇ。まだ、構想段階なので詳細は省きますけど。もっと大型の似たような施設を考えています」
「……なに?」
ホワイエさんの目が鋭くなる。
これは職人による新しいものへの好奇心という奴だろう。
俺は銭湯の計画を簡単にホワイエさんに話した。
まだ建屋の計画とかはしてないけど、銭湯と言ったらやっぱりあれやそれや、必要な物があるだろう。
俺はその辺りを簡単に説明する。
「ふーむ、なるほど。新しい施設か。その施設、うちに一枚かませてもらえると?」
「一枚どころかメインでお願いしたいですよ。まぁ、今回と違ってすぐに、という訳にはいきませんが」
この世界の仕事のギルドを介さない場合の基本的な流れがどうなっているか分からないが、こういうことは本職に任せるに限る。
「なるほど。わかった!その仕事、ぜひうちに預けてくれ!」
引き受けてもらえて助かった。
これだけの仕事だからな。本職に仕切ってもらった方が絶対いい。
ホワイエさんならその辺り心配ないだろう。
俺とホワイエさんはお互いの利益の為、にやりと笑い合ったのであった。
さて。
建屋ができたという事は風呂に入れるという事で。
テストがてら自宅風呂に入ることにしよう。




