4-11.常識のズレ
「家人ってなんだ?」
「そうですね。まず、貴族にしても平民にしても一定以上の広さを持つ家の主人は、使用人や奴隷を雇うのが国の通例となっています。この町に家を持つなら通例や慣習に従った方が賢明ですよ」
通例かぁ……。
正直めんどくさい気がする。
「家人の衣食住は主人が保証し、奉仕や労働の対価として金銭や行儀を教えたり、まぁ言い方は悪いですが小間使いとして使ったりですね。奴隷、執事、メイド、行儀見習い、侍女、小姓。関係性により言い方は様々ありますが、基本的には住み込みで働く労働者と雇い主の関係となります。場合によっては色町の女性を身請けする場合もあります」
住み込みか。
家に他人がいるのはちょっとなぁ。
「しかし、一定以上の大きな家となると大変ですよ。どこから嗅ぎつけたのか、どこからともなく寄付を求める貴族や聖職者とか、今までかかわったこともない商人が出資の話を持ってきたりとか」
それはそれで嫌だな。
なんというか、雑に怖い。
「けど、知らん奴を一緒に住まわせる気はないぞ?」
「そうですね。リュウはこの間こちらに越してきたばかりですので信頼できる人物もいないでしょうから……。この場合は借金奴隷の購入が賢明でしょうか。奴隷は魔法的な契約によって縛られますから、裏切りや犯行の心配は少ないです。信頼できる人物が出来たら新たに雇い入れても問題ないでしょう」
ふーん。よくファンタジーである設定だな。
奴隷紋的なもので契約させる犯罪者や借金保有者。
あれっていつも思ってたんだけど、契約をしたふり、みたいなのはないのだろうか?
元が犯罪者とかだったらそんな悪知恵が回りそうなものだけど。
「奴隷落ちする際に合意の元で行われますから。まぁ、尤も拒否すれば実刑となりますので、特に犯罪奴隷は極刑の可能性もありますから、従うしかありませんよ」
そういうものなのか。
奴隷で一定量働くか実刑かと言われたら確かに奴隷落ちを選ぶ奴もいるのかもしれない。
というか、極刑になりそうなやつはほぼそうだろうな。
とはいえ、奴隷かぁ……。
現代日本人である俺の倫理観的には完全にNG寄りな話だ。
けど、まぁ。完全に見ず知らずの人間を家で住み込みで働かせようと思ったら完全に信頼できる人間か、絶対に逆らえない人間しかないのか。
普通に考えたらあの間取りの部屋を掃除するのも大変そうだしな。
「まぁ、物は試しです。一度、奴隷を購入してみて必要なさそうでしたら、その時改めて考えるというのもよいのではないでしょうか?」
その時改めて考える、か。
なんだか奴隷を完全に『物』扱いしている冷たい言い方に聞こえる。
とはいえ、これは俺が現代日本の倫理観を持っているからであり、この世界のこの時代では普通のことなのだろう。
だから、ロスが特別そういう思考の持ち主ではないのだろうな。
そしてそれは俺とこの世界の人々との決定的な差であるとも思われる。
たとえばだけど、日本・ヨーロッパに限らず中世において牛は労働力であり食料ではなかった。
牛は馬に比べると粗食に耐えられるし、力も人間よりはるかに強い。
食用としては寿命を迎えて働けなくなった牛を潰した肉か、例外的に金持ちが贅沢品として食べていたという歴史は知っている。
現に市場でもいまだに牛肉というものを見かけたことがない。あるのは豚、兎、鳥、そして魔物の肉だ。
この辺りに農村部が少ないことも影響があるかもしれないが。
だけど現代日本人である俺にとっては焼肉といえばやはり牛の肉が真っ先に思いつく。
ここでは手に入らなかったこともあって、まだ食べられていないが、焼肉を食べようと目指す以上は避けて通れない食材だろう。
多分、というかおそらくそんな感じの認識の違いなのだろう。
俺は、まずはこの認識の違いを埋めることから始めないといけないのだろう。
「わかった。ロス、すまないけど、どこか店を紹介してくれないか?できれば良識のある店が良いんだけど」
「良識があるかどうかはわかりませんが、私の知っている商会をご紹介しましょう。……ちょうどナヴェットが来ましたね」
ロスが手を上げて目の前の小さな馬車を止めた。
馬車というか、ロバの引く馬車だ。
「ナヴェットってなんだ?」
「え?あぁ、町中を移動するための二人乗りの馬車ですよ。見た通りロバなので速度はそれなりですが、狭い場所でも進めるのでちょっと先へという感じの時は重宝します。行ける場所は目印にしてあるところだけなので限られてしまいますし、行った先に馬車がいなければ結局歩いて戻るしかないのが難点ですが」
ロスが御者に銀貨を差し出し、指を2本立てながら答えた。
なるほど、要は辻馬車、いやシャトル便か。
「どこまで行くんだい?兄ちゃんたち?」
「アスモス商会に行きたいので中央8番詰所までお願いします」
「わかったよ。乗りな」
御者が馬車を指さしながら答えた。
ロスが躊躇なく馬車の前に乗り込み俺を手招きする。
「リュウ、急ぎましょう」
「あ、あぁ……」
俺は何となくそれに返事をするが。
……え、それに乗るのか?
荷台の広さ、一畳分くらいしかないんだが。
男二人、馬車に揺られて進み始めた。
……なんだか見世物かドナドナされているみたいなんだが。
これもこの世界の常識なのだろうか。
やっぱり、こちらの価値観には早くなれるのは無理かもしれない。
そう心の中で思ったのだった。
「聞いたかよ。50匹近いオークを一人で狩った冒険者がいるってよ」
「王都の近くに出た盗賊どもが討伐されたらしいぞ」
「たしかぼちぼちだったよな?アルサンピークの姫さんが輿入れに来るの」
「そういやぼちぼちジャイアントグリーントードが出る時期か。ギルドに護衛依頼頼んでおかねぇとな」
小さな路地にある市場の脇を通り抜けていくのでそれなりに人がいる。
そんな通りを抜けていくと日常会話から出てくるいろいろな情報をBGMに俺たちは揺られていく。
中央の大通りとの交差点を渡って南に進む。
商業エリアの中を通り抜け、第三壁の近くまで進む。
この辺りは昼以降に壁の影になって日当たりが良くないため、娼館や夜間仕事をメインで受ける冒険者たちが泊まる宿が多い地域だ。
そこの入り口に衛兵の詰所があった。
おそらく、ここが先ほど言っていた中央8番詰所だろう。
「リュウ、こっちですよ」
どうやらそこから歩いて2ブロックほど先に目的の店があるらしい。
俺はロスに従って歩を進める。
やがて大きな屋敷のような建物が見えてきた。
なんというか、稼いでそうな家だな。
「ここがアスモス商会ですよ」
そういいながら、ロスが玄関先にいた男に声をかけると二人組の男のうち一人が中に走っていった。
おそらく、奴隷商を呼びに行ったのだろう。
「すぐ戻ってきますので少しばかりお待ちください」
そう門番の男が俺たちに伝えてきた。
まぁ、別に急ぐ用事でもないから構わないんだが。
待っている間、俺は周りを見渡してみた。
奴隷商というからには成金風な建物かと思ったが、なんというか初めの印象に似合わず素朴だ。
時々ある置物なんかは庭や雰囲気にマッチしているし、周りの建物との雰囲気を壊さないように配色や配置に気を使われたのがわかる。
芸術に明るくない俺でもわかる、品のある屋敷といった印象。
「あまりきょろきょろすると商人の良いカモになりますよ」
「そうなのか?」
「商人はこういうちょっとした所作も見逃さないものです。特にこういった老舗に来る初見の客は、ね」
なるほど。
確かに言われて見ればそうだ。
少なくとも、商人の本拠地でやるような行動ではないな。
そうこうしているうちに、屋敷の方へ向かった男が戻ってきた。
「すみません。遅くなりました。会頭がお会いになるそうです。どうぞこちらへ」
男に促されて俺たちは門をくぐり屋敷の方へと向かっていった。
屋敷の玄関先ではやせぎすの男が立っており、俺たちを迎えてくれた。
「ようこそ、アスモス商会へ。歓迎いたしますよ」
その男は緑色のジャケットとパンツ、エンジェルコンチネンタルの髭を蓄えて、俺たちへとそう挨拶をしてくれた。




