4-7.二人の魔法使い
「お風呂ねぇ……、昔、帝国があったころにそんな施設があったとは聞いたことはあるけど、そんな肩までつかれるお湯なんてはっきり言ってないよ?」
「あぁ、やっぱりそうですよね」
何となくわかってはいた。
俺が泊ってる間、この宿でも洗面器一杯分くらいのお湯を買っていたしな。
そんなことだろうとは思ったよ。
「ちなみにですけど、帝国って言うのは?」
「ここからずーっと南の方にあった国でね、もう滅んじまったんだけど……」
聞けば帝国とは、昔実際にあった国で西大陸の南半分、というかほとんどを支配した国らしい。
その帝国には素晴らしく手入れの行き届いた街道、経済的な優位、湯の湧き出る泉、1つの村に対して100の馬、完璧に統制された軍隊、少年兵から育てる千学院と呼ばれる学問施設など、様々な時代を先取りしたといわれる設備や制度を有していたらしい。
現在この大陸で広く流通している貨幣はフィルフィリア貨幣と帝国貨幣と言われ、それ以外に微量の東大陸貨幣、交易の少ない国や地域で独自流通している貨幣と言われている。
つまり広く流通する価値観を有していた国、という事らしい。
しかし、数百年前帝国は突如として崩壊を迎える。
帝国千年の歴史を支えていたダンジョンからの戦利品の産出が激減したためだ。
首都の中に三つのダンジョンを構える帝国ではそのすべてを独占し莫大な利益と人口を支えていたのだが、それが無くなると帝国は空中分解が起こり、いくつかの大きな国と都市国家に分かれていったそうだ。
なんというか、良くある話だな。
要が崩壊したら雪崩を打ったように総崩れしてしまうっていうのも大体予想通り。
そりゃ千年もダンジョンからの戦利品で成り立っていたらそれが崩壊したら滅びてしまうだろうな。
歴代の王……帝国だから皇帝か。そいつらはそんな簡単なこともわからなかったのだろうか?
わからなかったんだろうな。
夏草や、兵どもが夢の跡ってね。
うん?この場合、国破れて山河在りのほうが良いのか?
……わからん。俺、詩人じゃないし。
大体お察しの事と思うが、俺が今何を求めているかというと、風呂だ。
それも出来れば大浴場。
……いや、贅沢は言わない。
少しだけ広めの、五右衛門風呂でもいい。
肩まで浸かれれば十分。
いや、最悪、体を洗い流すことができれば……。
とはいえ、モリーブさんに聞いてみた結果はご覧の有様。
当然、と言わんばかりに公衆浴場などないことが判明し、今、希望は粉々に打ち砕かれたのだ。
そういえば、公衆浴場って俺たちの世界でも中世に入ってからヨーロッパで廃れていって、逆に日本では江戸時代から流行して習慣になっていったんだっけ。
いや、あきらめるな。
要は沸かすことができれば良いんだ。
最悪、浴場は自分で……。
あぁ、そうか。
家を買えばいいのか。
そうすれば、誰に気兼ねすることもない。
風呂はなければ作ればいいのだ。
幸い、二口式であれば簡単な構造を知っているし、ちょうどオークキングから手に入れた、炎を出す宝玉型の魔道具もある。
窯で下から沸かすより圧倒的に効率よく沸かすことができるはずだ。
更に拠点として使えば焼肉の仕込みもしやすい。
ブデンさんとモリーブさんには申し訳ないが、宿暮らしでは仕込みもままならないからな。
それは今日の弁当の仕込みでも思っていたことだ。
難点はよそ者の俺が家が買えるかどうかだが。
……まぁ、何とかなるだろう。
ならなかったら最悪、エルやトマスにでも相談してみよう。
そう自分に言い聞かせその日の夜は床に就いたのだった。
翌日、俺はギルドに来ると意外な人物と顔を合わせることになった。
「あら?呼び出されたと思ったら貴方だったのね?」
エステルアリト商会のアリュシエールさんだ。
「あれ?アリュシエールさん、どうしてここに?」
「ギルドマスターに相談を受けたの。……なるほど、納得だわ」
納得?いったいどういう事だろう?
「おぉ、来ておったか、リュウ。それに、『磔』の」
俺達がギルドの受付の側で話しているとギルドマスターがひょっこりと顔を出す。
『磔』とはアリュシエールさんの事だろうか?
「その呼び方やめて。嫌いなの」
「何が「嫌いなの」じゃ。ギルドに所属していたころに冠した名じゃ。しっかり受け止めんか」
「その『磔』の魔法、その身で味わいたいのかしら?坊や?」
アリュシエールさんが短い棒のようなものをギルドマスターに突き付ける。
ひぇ……。
なんだか分からないけど、アリュシエールさんからすごい圧を感じる。
それにアレは何だろう?短杖というやつだろうか?
いや、それよりさらに短いような気がする。
分かりやすく言うと、某魔法使いの少年の持つ懐に仕舞えるくらいの20cmくらいの指揮棒のような杖。
ああいう杖ってなんて言うんだろうか?
RPGゲームだと、スタッフ、ロッド、ワンドとかいろいろ呼び名があった気がするけど。
「深緑を統べる森の王よ、契約の元にその力を示せ。汝ネツァク。彼の者に茨の呪縛を与えよ」
「ちょっ!?馬鹿お前!こんなところでそんな魔法は!」
「危ない!ご主人様!」
「蔓の束縛<セルマンレストラクション>」
アリュシエールさんの杖からぶっとい植物の蔦が生み出される。
その瞬間だった。
どこからか飛び込んできたモミジさんが蔦が絡む前にギルドマスターに抱きついた。
そのまま蔦がモミジさんとギルドマスターを強い力で拘束していく。
「あぁ!!ご主人様と密着、もとい体温を感じて!あぁ!なんて背徳的、もとい甘美な!ご主人様!こんなに強く求めてくださるなんて!モミジは幸せです!」
「やめんか馬鹿者!!暴れるでない!この魔法は暴れれば余計に締め付けが強く……」
「そのくらいわかっています!むしろ望むところです!」
「このたわけものがぁ!?」
……なんだかモミジさんが幸せそうだ。
対してギルドマスターは大変そうだ。
俺はアリュシエールさんの方を見た。
「大丈夫。茨は抜いておいたからちょっと苦しいだけ」
いや、そういう問題じゃないです。
「アリュシエールさん。これって魔法?」
「そうね。森系の魔法。植物を操るタイプよ。今回は携帯用のワンドだから呪文を使ったけど」
へぇ。って携帯用のワンドだからってどういう意味だろう?
そういえばエルが風の魔法を使うとき呪文の詠唱って聞いてない気がするな。
「たぶんそれは魔法媒体を使った速射魔法ね。威力が抑えめになる代わり発動が早くて無詠唱で発動できる」
へぇ。よくわからん。
アリュシエールさんの説明では、魔法にはいくつか種類があるらしい。
『速射魔法』というのは、指輪などにあらかじめ魔法を封じ込めておき、発動するだけの状態にしてある魔法らしく、詠唱が不要な代わり、一つの魔法媒体に対して一回の魔法しか使えないらしい。
『携帯魔法』は先ほどアリュシエールさんが見せた魔法で、携帯用の杖を使った魔法でほとんどの場合は詠唱を必要とするそうだ。
『短杖魔法』と呼ばれる魔法は所謂この世界のベーシックな魔法で短い片手で扱う杖を使った魔法だそうだ。素材に魔力の通りやすい素材を使用することで魔力を貯めておける性質を持っているらしい。
『長杖魔法』は長い両手で扱うような杖を使った魔法で素材に魔力の通りやすい素材を使用することで魔力を貯めておける性質と速射魔法のようにあらかじめセットアップしておく性能を持つらしい。
そして最後が『無詠唱魔法』で魔法を極めつつあるものが、使用する魔法で杖や魔法媒体に頼らず威力や制御をするらしいが、これは完璧に制御できるのは本当にごく一部らしい。
フィルフィリア王国の先々代の宮廷魔術師がこの無詠唱魔法の使い手だったらしいが、話を聞く限りもう90以上の御年輩らしく引退して久しいらしい。
「とりあえず、話が進まないから、あの蔦解除してあげない?」
「お仕置きのつもりで、もう少し」
えぇ。まじか。
「灼熱を統べる火の王よ、契約の元にその力を示せ。汝ゲブラー。我を呪縛する鎖を燃やし尽くせ。炎の解呪」
ギルドマスターとモミジさんを縛っていた蔦が突然燃え上がった。
燃え上がったといっても蔦だけで本人たちは燃えてないようだ。
「ご無沙汰ぶりでございます。リュウ殿」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、老紳士風の男が一人。
綺麗に整えられた髭と髪、それに深い色のローブを身に纏っている。
……え?誰?
「私です。ひと月前、仲間の遺体の情報を教えていただいた……」
あぁ!あの時の酔っぱらいの魔法使いか!
……って!えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
蔓の束縛<セルマンレストラクション>
ルビが長くてエラーになったので他の魔法名と書き方が違いますが、こういう措置になりました。




