4-5.下着談義
「ほれ。まぁ一服して待っておれ」
「あ、ありがとうございます」
出されたお茶のコップを受け取り一息つく。
出されたものは昨日の青茶と呼ばれた緑茶とも若干違うような?
緑茶のような旨味は薄く感じるけど、より葉っぱの青臭さが強いというか、端的に言うなら青っぽい。
「この茶葉は……、珍しい風味ですね」
「ん?あぁ。エイロン商会って商会が入れてる茶葉でな。なんでもアルサンピーク王国のハルマンって村から仕入れているらしいが」
「何か気になることでもあるのですか?お爺さま?」
「いや、気になるって程の事でもねぇが、エイロン商会が取引しているクロウ商会ってところなんだが、どうも作業員を子供しか見ていなくてな」
「子供ばかりの商会?」
「いや、そうとも限らねぇ。だが流石に肉体労働の作業員が子供しかいないって言うのは何ともな……」
どういう事だろう?
「リュウ、お爺さまはクロウ商会が違法に子供を働かせている可能性を考えておられる」
あぁ、なるほど。そういう事か。
2人が懸念しているのはクロウ商会ってところの上の人間が、安い労働力である子供たちを騙して肉体労働をさせているって事だろう。
もちろん、子供を働かせること自体は犯罪ではないのだろう。
この場合の違法は子供たちを騙している、というところだろうか。
たとえば、孤児や寄る辺のない子供たちを低賃金で集めて低賃金で労働させる。大人のように十二分に働けない子供の賃金が低いこと自体は、直接の違法ではない。
問題は集めたあとで条件を変えたり、だまし討ちのような方法で集めて来たという時だろう。
この世界の労働の基本的な賃金がどれほどの物か分からないけど、一日銀貨2枚と言っておいて、数日それも中途半端に5日や7日単位で雇っておいて実際には銀貨10枚ではなく7枚しか払わなかったり、商品を破損した、クレームが入ったなどと嘘をついて給料から差っ引いていたり、そんなところだろうか。
「それで、どうにかしてやるのか?」
「いや、どうにもできないだろう。そもそもこの国でできた商会ではないからな」
まぁ、そうだろうな。
俺もせいぜい商品を買って彼らが怒られないようにするくらいしか思いつかない。
それすらもそういう奴らは利用して被害者が増えてしまうんだろうが。
「まぁ、儂も何かしてやれるとは思わんさ。だが気にしてやるくらいはできるだろうて。……ところでお前さん、靴や手袋の調子はどうだ?」
「えぇ。きつくもなく、緩くもなく、使いやすくて重宝しています」
急に話題を振られたので正直なところを答えるしかなかった。
実際、かなり重宝しているので助かっている。
「そうか。だが、ぼちぼち肌着やらなんやらを補充しておいた方が良いじゃろう。あとで下でいくつか買って行くと良い。特別に儂が見繕っておいてやる」
「特別にって……、初めて買った時もそうだったじゃないか」
「って、おいリュウ。お前、お爺さまに見繕ってもらったのか?」
何を驚くことがあるのだろうか?
服屋の店主が服を選ぶのは当たり前の話じゃないか?
「はぁ……。いいか、リュウ。お爺さまは『縫聖』と呼ばれる、フィルフィリア王国の被服業界の最前線を走る方で……」
「よせやい、孫っこ。照れるじゃねぇか」
「……今はローズ殿下の新しいドレスの依頼から逃げ回っているじじぃです」
「えぇ!?」
すっごいあげて落したな。
じぃさん、若干へこんでるじゃん。
……それにしても。
「新しいドレス?」
「えぇ。実は……」
トマスの話を聞くと、問題はローズさんが来年の自分の結婚のために依頼したドレスにあったらしい。
身体にフィットした腰回りと、きれいに広がるシルエットが特徴のドレスらしい。
「これが、そのドレスの図案じゃ」
現代でいうところのマーメイドラインドレスというやつだろうか。
ふっくらとしたスカートが多いこの世界のドレスとは一線を画す存在らしい。
で何が逃げ出すほどの問題かというと、下着の問題らしい。
この世界で女性用の下着というと、ゆったりとしたドロワーズタイプの物やシミューズと呼ばれる下着がメインだそうだ。
この世界のシミューズは俺の知っているそれとは少し違って、股の部分までは縫製されているが、モモにあたる部分は内側が開かれており、紐で止める形になっている。
以前この店に来たときにワゴンに入っていた男性用下着とは違い、ある程度体形に考慮するための工夫だろう。
「で?これに何の問題が?」
「あら?もう来ていらしたの?」
話していた俺の後ろから、突如声をかけられた。
振り返るとローズさんが立っていた。
「殿下」
立ち上がろうとしたトマスとじぃさんをローズさんが手で制した。
「大丈夫ですわ。それよりも、もう話は進んでいるのね」
ローズさんがテーブルの方をみてそう言い放った。
「まぁ、聞いたというかなんというか」
聞かされた、が正しいと思うが。
「で、結局この下着の何が問題なのかが分からないんだが」
「簡単な話ですわ。このドレス、私のデザインでかなり体にフィットした形で作っていただきましたから下に着けるものによってシルエットが崩れてしまうのですわ」
あぁ、そういうことか。
たしかに、このドレスだと下着のラインがはっきり出てきそうだな。
「そういう事なら、ショーツにすればいいんじゃないか?」
「ショーツ?」
「あー、ちょっと言葉にはし辛い。ちょっと書く物かしてくれ」
そういうと、じぃさんから木の板がいくつか出て来た。
俺はその木の板にいくつかショーツの絵を描いていく。
とはいえ、絵心はないのでかなり簡易的な絵だ。
男性が女性の下着の絵を描くなんてちょっといけないことをしている気がしなくはないが、別に下心で書いているわけではないからな。
「なるほどのぅ。この手があったか。下着というのは一着ものだと思い込んでおったわ」
「確かにこれであれば、ドロワーズやシミューズよりは下着の形がドレスに透けてこないですわね。……少々、布面積が少なすぎるのが気になる気はしますが」
「いや、しかし。これならばドレスに限らず、様々な衣服に使えるだろうのぅ。と、なると……」
じぃさんが木の板にいくつか絵を追加していく。
これは、ブラジャーか?それにコルセット?
「こうやってコルセットのバストカップとボーンを分ければコルセットに頼らずバストの形が維持できる。俄然ドレスの自由度が上がるぞ。いや、ドレスに限らず、体形の維持に役に……それに、この面積であればさして手間にも……」
「そうなると、生産体制を整える必要が……」
……ローズさんとじぃさんがなんだか二人の世界に入ってしまった。
俺はトマスの方をちらりと見る。
トマスはこちらを見ながら肩をすくめて見せた。
これは時間がかかる、という事だろうか。
ローズさんたちの下着談義を聞きながら俺は出されたお茶を一気にあおり、天井を眺めたのだった。
はぁ、余計なこと言っちまったかな。
しかし、この出来事はこの世界の下着事情を一気に塗り替え、ここから僅か2年の間に一気に広まることとなり、被服業界に様々な衝撃を与えることとなる出来事となった。
ここから一気に女性服の多様性が生まれ、冒険者の世界にも普及していくことにより、弓使いの弓を阻害しない軽装の防具等も生まれていくことになったのであった。




