4-4.魚醤の発見
「あれま!?リュウちゃん!!戻ってきてたんだね!!」
「えぇ。すみません、荷物を預かってもらって」
「いいんだよ!このくらい!部屋はそのままにしてあるから、また好きなように使っとくれ!」
女将さんから自分荷物を預かる。
実はインベントリのおかげで荷物を預けておく必要は全くないのだが、まったく何もないのも不自然なのでなくても問題ない物はすべて預けておいた。
「ちょうどさっきお湯を沸かしたからね、戻って来た祝いに桶を出すから洗ってきな!」
「ありがとうございます、助かります」
女将さんからお湯の入った桶とタオルも受け取った。
これがこの町のお風呂。
お湯を桶に張って濡れタオルで擦る。
数千年前は地熱を利用したお風呂もあったらしいが、今はこれが風呂の主流らしい。
というのもお湯を大量に沸かすのはやはりそれなりにお金がかかるものらしい。
昔は人口も多くはなかったのでそこまで問題ではなかったらしいが、人口が増加した今となっては残念ながら衰退してしまったようだ。
お湯を沸かしたり、地熱を利用したり、サウナのような施設が一部残っているだけのようだ。
確か俺たちの世界でも、ヨーロッパで入浴習慣が一度絶滅したのはこうしたコストの上昇や宗教観による習慣、混浴による風紀の乱れ、それに黒死病……ペストの蔓延によるところが大きかったとかなんとか。
逆に日本では宗教観や人口集中による公衆浴場の流行りから江戸時代ごろから入浴習慣が付き始めたのだとか。
理由は大雑把に言えば同じようなことなのに、宗教観で全く真逆の結果になっているのは少し面白い。
俺は……できれば入浴したい派閥。
というか、日々思っていたが、焚火で大分体に煙の匂いが付き始めた。
汗と共に落してしまいたい。
ちょっとこの辺りは課題だな。
今はこのお湯で我慢だ。
「と、そうだ。すみません女将さん、明日の朝食の後、少しだけコンロをお借りすることはできませんか?もちろん薪は持ち込みで。使用量もお支払いします」
「そうさねぇ。朝食の後よりできれば朝食の前の方がいいねぇ」
女将さんが俺の方を見ながらニヤリと笑う。
そうきたか。
何ともしたたかな女将さんだ。
確かに俺が火を熾した後に仕事を始めた方が色々仕事は楽になるだろうな。
まぁ、仕方がない。
「わかりました。ではそれで。夜明け前に使わせてください。あ、あとこれ。お土産と、お礼です」
お土産はポメロ・ロワイヤルとエルフの里の宴会で使ったオーク肉の余り。
お礼の方はここに来る前にエステルアリト商会に寄ってアリュシエールさんから買ってきたものだ。ちょっと思いついたことがあってアリュシエールさんのところに寄って来たのだ。
特別なものではなく薬の一つ。
手荒れやあかぎれに効く要はハンドクリームのようなものだ。
親父さんも女将さんも水仕事をするからハンドクリームが喜ばれるだろうと思って用意した。
「あら、ありがとうね。ってこれ高かったろ?」
「そうでもないですよ」
実は意外と高かったのだが、贈り物にそんなことは言えないだろう。
それよりも今はベッドで寝れることがうれしい。
タオルで体を拭いたら今日はもう寝よう。
こうして、あっという間に次の日になっていったのだった。
次の日。
朝のうちに台所を借りて弁当作り。
ローズさんを見てちょっと思いついたことがあって試してみた。
なかなかうまく行った方だと思う。
弁当にはあまり向かないようなものだが、ローズさんへのお土産も兼ねているのでそこは御愛嬌。
俺にはインベントリがあるので弁当の日持ちは気にする必要はないしな。
弁当を作って外に出る。
中央市場の方に向かって朝市を覗く為だ。
「まいど。じゃ、言われたものを集めてくるよ」
目利き人に頼んで生活用品や生鮮食品を集めてもらっている間、俺も掘り出し物がないかを見て回る。
確定であるものは目利き人に頼めるが、珍しいものや意外なものは自分で見てみないと分からないしな。
ざっと歩き回ってみてみると、やはり意外なものがいくつも出て来た。
先ずは菜の花の莢を集めたもの。
これは熟して油が取れるようになった状態のものと青い状態の物がそれぞれある。
そういえば菜の花は花も若芽も莢もてんぷらとかにして食べられるよな。
まぁ、それほどの油を抽出する方法が今のところないんだが。
とりあえずこれは掘り出し物だな。
次にちょっとスパイシーな匂いのする草。
俺の知っているそれとは違うが八角っぽい香り。
なかなかの掘り出し物だ。
次にマッシャーのような道具。
金属製のものは珍しい。
念のために5つほど買っておく。
最後に見つけたものは俺の心を躍らせた。
「どうだい、兄ちゃん!うちのは色々用意しているぞ」
店主がそう言って俺の前にいろいろ並べてくる。
「こっちはアスタランテの近くの川で取れた奴だ、こっちのは下流のウナギやなんかで作った奴だな」
何度か使ったことがあるが、こういう形で見るのははじめてだな。
俺の前には『魚醤』があった。
「少し味見させてもらってもいいか?」
「あぁ、いいぜ」
店主がさじを差し出してくる。
「まずは一番左のを舐めてみろ」
俺は言われるがままに一番左の魚醤を舐めた。
口に入れた途端に広がる爽やかな香り。
これは……瓜のような水分の多い香りに似ているな。
魚臭さが少なくて旨味がダイレクトに届くようだ。
「こいつはきれいな川の川魚で作っているからな。味と香りが特徴的だろう?ちなみに塩は北にあるトマニって村から海の塩を仕入れているんだ。次はこいつだ」
続けて出された魚醤に手をつける。
今度は口に入れた瞬間、癖や複雑な風味が一気に押し寄せて来た。
野性味と複雑な旨味が同居した少々癖のある味わい。
「こいつは下流で取れる蛇みたいな糞不味い魚から作ったんだが、脂が多いせいか、良い味になる」
なるほど、これはウナギの魚醤だったのか。
少しウナギの可能性って奴を侮っていたかもしれない。
「最後はこいつだ」
最後に出された魚醤に手をつける。
口に入れた瞬間、大体わかった。
「これは、材料は海の魚か?」
「ほぉ。兄ちゃんよくわかったな。あまりものだったんだが、なかなかいい味になってると思うぞ」
確かに。
これ程の魚醤が作られているとは思わなかった。
これは現代のナンプラーにも劣らないと思う。
……だが、これは少し研究の必要があるな。
焼肉のたれにするにはすこし工夫が必要だろう。しかし……。
「ここにあるの全種類もらうよ」
「まいど!」
気付けば俺はそういってすべての種類の魚醤を買っていた。
良い買い物になった。
そう俺はほくほく顔で目利き人と合流して残りの荷物を受け取り、市場を後にしたのだった。
「待ち合わせは本当にここでいいんだよな?」
俺はローズさんから指定された店の入り口で待っている。
『四つ角のラベンダー被服店』。
中央市場から一本入った路地裏にある店で俺がこの世界で初めて買った服の販売店。
周りは居酒屋ばっかりで、昼間は人気も活気もなく、若干路地も暗い。
とても一国の王女様が待ち合わせを指定してくるような場所ではないのだが。
「リュウ?」
後ろから声をかけられて振り返るとトマスがいた。
「あれ?トマス?どうしたんだ?こんなところで?」
「私はエルの妹君のお供でですね。リュウこそどうしたんだ?」
エルの妹と言うと……もしかしてローズさん?
トマスも呼ばれていたのか。
「そうか。で?肝心のローズさんは?」
「しばらくしたらいらっしゃる。先ほど少々興味を惹かれる品を見つけたらしくてな。今市場の方を見ていらっしゃる」
人を呼んでおいて呑気な……。
「そういえばリュウ。エルに聞いたよ。ある程度は秘密にしないといけないとはいえ、騙すような真似をしてすまなかった」
トマスが頭を下げてくる。
90度に腰を曲げた全力の謝罪。
騎士団長だというのに、俺みたいな平民、いや流れ者にちゃんと誠心誠意謝ることができる。
それがトマスの良いところで真面目さがわかるところだろう。
「よせよせ!頭を上げてくれ!誰だって秘密にしたいことの一つや二つや三つくらいあるだろ」
そんなこと言えば俺も知っているのを黙っていたわけだし、そもそもこの世界の人間ですらない。
スキルの事もあのバアル=ゼアルのことだって話してないわけで。
秘密だらけの俺からすれば相手の身分なんて小さなことだ。
「そういってもらえると……」
トマスが俺の言葉に頭を上げて答えた。
エルはトマスの事を『真面目が服を着て歩いているような奴』なんて言っていたけど、こういうところがそういわせるんだろうな。
ちなみにギルドのロスにも似たような評価を出していたが、こちらは『真面目が苦労の服を着て歩いている奴』らしい。
その評価を聞いたときはどうかと思ったが、あのギルドの上層部の面々を見ていると少しわかる気がする。
「なんじゃ、表で声がすると思ったら孫っこか」
俺達が話していると、店の中から爺さんが出て来た。
ん?孫っこ?
「御じいさま、その呼び方はやめてくださいと」
「孫っこは孫っこじゃろ。それと……」
トマスはこの爺さんの孫だったのか。
ってことは実は騎士団関係者だったり?
「おぉ!そっちはあの時の新米か!」
「覚えてもらえてましたか」
正直驚いている。
俺がこの店に寄ったのって初めて服を買った時だけだからな。
「そりゃお前さん、血まみれで来店する奴なんぞ忘れる方が難しいわい」
そうだった。
あの時はジャイアントボアを解体した後だったからな。
「リュウ、御じいさまを知っていたんだな」
「あぁ、この町に来たときに、ちょっと」
「まぁ、外で話しても仕方ないじゃろ。中に入れ」
爺さんが中に促してくれたのでとりあえずなかに向かうことにした。
はぁ、めんどくさい内容じゃないと良いけど。




