3-19EX.コンフォート諸侯同盟評議会ドヴァダン・ダ・オシギネ
儂はグラスを傾け酒をあおる。
こいつは最近コンフォート国内で流通を始めた大麦の蒸留酒じゃ。
選ばれた原料、選ばれた樽、選ばれた製法で熟成された蒸留酒で最近の儂のお気に入りじゃ。
コンフォート諸侯同盟評議会特別室。
この部屋の眼下では今この国の行く末を決める評議会会議が紛糾している。
「だから!今回の取引で得た風属性の魔石は我々ハルジェンティに融通していただきたい!」
「それが不可能なことはわかっているだろう?魔石は貴重な資源だ」
「そこは次回以降の配分分の魔石を融通すると!今ならあのレモン女史とも連絡が取れる可能性が高い!アスタランテで確認された今なら危険を冒して暴君の森そばの森を通ることもない!遥かに安全に鉱山の危険度を下げる道具製作の交渉ができるのだ!」
「気持ちはわからんでもないが、あのフィルフィリア奥地まで護衛するのは我々タルタルーガだ。そもそも山越えが必要なフィルフィリアに行かねばならんのにおいそれと返事はできん」
「ふん。穏健派の意気地なしどもは勇気もないと見える。なんなら、俺たちの分を融通してやろうか?ついでに護衛もな」
「なんだと!?血に飢えた貴様らビファジと一緒にするな!我々は人命を第一に考える!」
「まぁ、待ちなさい。我々カルボーネとしても、今回依頼したい魔道具は興味がある。議長、我々は今回の提案、一考してもよいと思う」
「なるほど、ではこの案を少し修正して話を詰めていくとしよう」
なんとかなりそうか。
まぁ、カルボーネは今回ヴァレンティノが根回ししているからのぅ。
儂はサイドテーブルに置かれた煙管に火を入れる。
ふむ。
やはりこの酒にはこの葉が合うな。
この国は32の集落が評議会で意思を示す共和制。
各集落が3名ずつの代表を出して投票する合議制を取っているため、かなりの頻度でこうした会議が開かれるのだ。
もちろん、集落が32か所しかないわけではなく、細かい数十人規模の村もあったりはするが、そういった村は32の集落の自治区内という扱いになっている。
儂の生まれた村、オシギネ村でいうとトレ・バルボリーニという大きな集落に従っている。
「相変わらず、体に悪そうなものを」
後ろから声をかけられた。
この良さがわからんとは。無粋な奴め。
「なんじゃ?小僧ではないか」
「小僧はやめてください。僕にはパトロクロス・マレットという立派な名前があります。ドヴァダン・ダ・オシギネ殿」
狼獣人の若造が生意気な口を。
とはいえ、儂も人のことはいえん。
一時期とはいえ、若い頃はビファジに席を置いておった。
あの頃の血の気の多さを考えると、今の儂の同じ年の頃の者からすると生意気に映っただろうからな。
もう10年も前の事だがな。
「それにしても、今回のハルジェンティはずいぶん強引でしたね。まるで根回しもしていない。本当に行き当たりばったりなのですね」
「お主もそう思うか?」
元々ハルジェンティは経済制裁も辞さない強硬派だが、それなりに根回しというものはする。
まぁ、所有の銀鉱山からの銀による収入は奴らをそういう強硬的な手段に走らせる気持ちもわからなくはない。
今回は急ぎだったから根回しもできなかったんだろう。
わざわざ月一度の法定評議会の中に臨時評議としてねじ込んでくるぐらいだからな。
「しかし、あれではタルタルーガやオッサレーナの連中からも反感を買いそうだがな。ま、今回はヴァレンティノが上手く抑えてくれたようだがの」
「相変わらず、ヴァレンティノ殿は手練手管が上手いですね」
「ところで、先日のロレーヌ大公国の怪しげな一団はどうしたんじゃ?」
「あぁ、あれですか。あれはうちの隊長たちが始末しました。今は裏取りの最中ですが、どうも一団には目的の違う組があったようです」
「違う目的じゃと?」
「一つは、フィルフィリア方面に向かった奴隷商を追った組、一つは、詳細不明の紋章を持った組でした」
パトロクロスの小僧が儂にペンダントを投げてくる。
太陽にドラゴン、いやワイバーンの意匠のコインがペンダント状に加工されたものだ。
「なんじゃい、これは?」
「不明です。ただ、一団の半数は同じ意匠のペンダントを身に着けていました。素直に目的が二つあったとみるのが妥当ではないかと」
ふむ。
なんとも、めんどうな。
「これにて、今回の法定評議会を閉廷する!!」
「あ、終わりましたね」
ふむ、いつの間にやらずいぶんと話し込んでいたようだ。
儂は下の議長席を見る。
議長ヴァレンティノ・ディ・ポティランドが顎で儂に自分の部屋に来るよう指示を飛ばしてくる。
儂はそれに相槌で答えた。
「さて、それでは仕事に向かうとするかの」
儂は重い腰を上げて特別室を後にしたのだった。
「はいるぞ」
返事はないが、儂は躊躇なく戸を開けて部屋の中へと入っていく。
正面には疲れ果てた様相の男が一人。
議長ヴァレンティノ・ディ・ポティランドだ。
基本的にこの国の出身者の苗字は集落の名前からとる。
儂の場合はオシギネ村のドヴァダン。
ヴァレンティノの場合はポティランド町のヴァレンティノとなる。
ポティランドはこの国の実質的な首都であり、名士の一家出身で議長であるこやつはこの国の実質的な代表でもある。
「……ふぅ。ドヴァダンか」
ヴァレンティノがこめかみを押さえ、椅子に背中を預けたまま答える。
……まぁ、これだけくたびれた姿を晒すならこの立場も考え物だな。
「今回はまた一段と草臥れておるのぅ?」
「上で見ていたのだろう?ハルジェンティの馬鹿どもめ。何の下準備も無しにあのようなことを議題に上げるなど」
「まぁ、それだけ急いでおったのだろう。事実、儂らではアスタランテから先へは危険すぎて冒険者を雇わねばならんからな」
「必要なら冒険者を雇えばよいだけだろう?」
「馬鹿言え。いかにアスタランテの冒険者だって我々のようなぽっと出を従えて『暴君の森』を抜けようとは思わぬよ」
「ならば運搬人どもならどうだ?アスタランテの運搬人は優秀と聞くぞ?」
「それこそありえぬ。運搬人どもは冒険者と違って雇えればついては来るが、あくまで運搬用の人材だ。それに、運搬人に儂らが魔物が怖いからついてきてくれなぞ、立つ瀬がないじゃろ?」
「……それほどか?アスタランテの運搬人というのは」
「地獄の曲がり角を舐めるでないわ。アスタランテの運搬人といえばオークをぶんなぐりながら冒険者について行くとも噂される存在だぞ?儂らに制御できるとは思えん」
「えぇ……」
ヴァレンティノの顔が白から青に変わる。
完全に引いておるな。
「それで?まさかそんな愚痴を言うために呼んだわけではあるまい?」
「おぉ!そうだった!」
ヴァレンティノが机の中から封蝋付きの手紙を取り出す。
「この手紙を至急サラフィズベルグのサフィラ公爵閣下に届けてほしい」
「何じゃ?その手紙は?コンフォートを売り渡す算段か、サフィラ公爵を離反させる仕込みか?」
「滅多なことを言うな。これは閣下から依頼された調査の報告書だ」
報告書?
あぁ、例のペンダントの連中の事か。
「あと、今回はビファジのところのパトロクロスを連れて行ってやってくれ」
「あの小僧をか?」
「イーリアスたちから推薦があってな。彼ももう13。世界を見てもよい頃合いだろう」
なんだか面倒なことになりそうな予感がするのぅ……。
ところが面倒どころか、この依頼は儂らに新たな運命を授けてくれた。
そう、あの焼肉馬鹿。……いや、あの男、リュウとの出会いを。




