3-19EX.奴隷、エース
今回と次回はEXです。
私の名前はエース。
エース・アフ・アリルシェーナ。
結婚前の名前はベリストロム。
一応男爵家の三女で、男爵家のイヴァルト様の第二夫人として嫁入りしました。
私の家は大公国では片田舎で山にほど近く、それほど裕福なわけではありませんでした。
私も羊たち家畜の世話もするし、畑の世話もしました。
家族との慎ましくも温かい生活をしていました。
結婚して嫁入りした先のアリルシェーナ男爵領でも、旦那様のイヴァルト様、第一夫人のヨルン様、お二人とも温かく迎えてくださり、結婚生活も幸せな物でした。
私の実家の環境とは違って海側での生活は大変でしたが、お二人が優しく接してくださったため、すぐに慣れていきました。
後から知ったのですが、私を迎え入れることを提案されたのはヨルン様だったそうです。
なかなか子供ができなかったヨルン様がイヴァルト様に、より若い私を迎え入れることを提案されたそうです。
もっとも、私にはその期待された役割を果たすことはできなかったのですが。
そうして、いくらか年が過ぎた後、ヨルン様の妊娠が発覚しました。
しかし、ヨルン様はその娘ウーミタンを出産後、肥立ちが悪かったのかすぐに亡くなってしまわれました。
結果として、領内から産後の娘たちを雇い入れて乳母としてローテーションさせたり、ヤギの乳から作るミルクを与えるため商人からヤギを買い入れてどうすればよいかと悪戦苦闘しながら、けれども皆で協力しながら子育てを進めていきました。
……しかし、そんな幸せな生活は突如幕を閉じました。
夫であるイヴァルト様が反逆の疑いをかけられたのです。
そうなってからの王家の反応は早かった。イヴァルト様は即日捕らえられ、大公国王都へ護送され、私たち親子も捕らえられ、即日奴隷落ちが宣告されました。
ウーミタンがこの世に生を受けてから8年目のことです。
この国では奴隷の、特に女性の扱いがあまりよくはありません。
大方が娼婦にされるか、医学実験という名の検体にされるか、人間をさらうタイプの魔物討伐の囮に利用されるか、です。
私はともかくウーミタンをそんな目にあわすわけにはいきませんでしたが、すでに奴隷落ちにされた私にはどうすることもできませんでした。
しかし、ここで幸運が訪れました。
私たちを奴隷として引き取った商人はヤギを買い入れた商人だったのです。
どうやら領民たちがお金を出し合って用立ててくれたようでした。
彼らの手引きで私たちは幸運にも国の西側、国境を越えて他国へと入国する手続きをしてくれたのです。
ただ、そこから先はその商人でも如何ともしがたいようで、その後の売却先、どのような主人に当たるかは運次第。
ただしほぼ確実に、国外に逃亡が可能。
私はその可能性に掛けました。
最悪、自分を売ってでもウーミタンだけはそれなりの扱いをしていただけるように交渉する覚悟を決めました。
私たちが売られた先は国外のエンケル奴隷商会。もとは国境付近で相互に奴隷を売り買いしていた商会でした。
その商会が私たちを国外に売却の為に運びました。
こうして私たちは国外に。
そして、プルスピラル西商国、コンフォート諸侯同盟、アスタランテ代官を経由して最終的に、フィルフィリア王国の奴隷商アスモス商会に売られました。
連れられた先はあの悪名高い『地獄の曲がり角』フィルフィリア王国サフィラ公爵領アスタランテ。
奴隷の間では『地獄直行便』として知られる凶悪な土地です。
「次、八番」
アスモス商会のオルデウス様が番号を呼びます。
八番は私に割り振られた番号です。
私達は買い取られた後、手枷をつけられ番号札で呼ばれました。
ここでの私は『霧の六つ山、八番』。
霧は年の括りを表し、六つは月、山は所属、八番は番号を表すそうです。
つまりわたしは、霧の年の六月に仕入れた、山と呼ばれるクラスの八番目の奴隷、という意味です。
「……はい」
「……元貴族、犯罪奴隷、容姿良、教養あり、礼儀作法良し、文字は……ロレーヌ語各種、フィルフィリア語、計算もできる」
オルデウス様はぶつぶつと言いながら、メモを取っています。
オルデウス様の手が私の顎に触れ顔を引き上げました。
そのまま口に無理矢理指を突っ込んで開かせてきました。
「!!?」
「虫歯なし、健康状態良好。……ふむ。なかなか良い環境で育ったようですね」
「けほっ!けほっ!」
無理やり口内を蹂躙されたことで少しえずきますが、なんとか我慢できる程度です。
「これなら、店舗販売より競売の方が値が付きそうですな」
「あ、あの……!」
「はい?」
うっ……。顔が怖い。
エンジェルコンチネンタルの髭。
痩せぎすの身体。
緑を基調とした派手なジャケット。
かなり怖いです。
「奴隷の身分で過分なお願いとは存じますが、どうかわたしを売るときは娘のウーミタンも一緒にお願いすることはできないでしょうか?」
「ウーミタン?あぁ。九番ですね。ふむ……」
オルデウス様が書類を見ながら顎をさすっています。
「こどもが付くとなると商品価値が落ちますね」
商品価値。
そう、今の私は商品。
本来であれば口答えさえできない。
口枷が付けられていないのが不思議なくらいです。
「……まぁ、いいでしょう」
オルデウス様が書類から私に向き直りまっすぐと視線を向けられます。
「1年です」
「え?」
オルデウス様が指を一本立てます。
「八番と九番、抱き合わせで販売する期間は1年。その間に引き取り先が見つからなければそれぞれで販売します」
驚きました。
破格の条件です。
奴隷の、商品の願いを聞き入れるなんて。
「価格は……そうですね、貴女の価格をそのまま適応しましょう。まぁ、正直。好き好んでコブ付きを抱えようなんてものは居ないでしょうがね」
オルデウス様が鼻で笑います。
確かに彼の言う通りです。
フィルフィリアでは私たちの故郷の国ほど奴隷の扱いはひどくありません。
私たちの国では奴隷は選択肢が限られ、食料などについても規定がないため、主人次第でとてもひどい扱いを受けます。
対してこの国では奴隷の衣食住は基本的に法律で保護されています。
なので奴隷を買おうと思ったら購入費のほかに奴隷が生活していける経費を考えなければなりません。
普通は大人と同レベルの働きを求めることができない子供の奴隷でさえ、毎日食べさせなければなりません。
食事などの経費を差し引けば確実な赤字となるでしょう。
……とはいえ、この地獄の曲がり角では連れて来られた奴隷は1ヶ月持つか持たないか、なんて噂もあります。
この大陸の八大ダンジョンの一つに数えられている凶悪なダンジョンである『暴君の森』があるため、囮にされたり、まるで消耗品の様に使われるという噂が発端となり、地獄の曲がり角と恐れられているそうです。
貴族だったころに旧帝国領を通ってきたという行商の話だとダンジョンの中や近辺にはその魔力に引かれた凶悪な魔物が多いと言っていました。
魔石もダンジョンにいる魔物の方が大きく、魔力の通りも違うそうです。当然、その価値も高くなり、危険度も増すそうです。
犯罪奴隷として父親が売られたり、娘や息子が身売りでアスタランテに行った後、気づいたら残された家族まで消えている、なんて話があるくらいです。
それを行商たちは、「アスタランテでは日々大量の奴隷が消費され命を落としているため、最後に家族の場所を拷問して吐かせて凶悪な運搬人や冒険者が家族を攫いに来ている」なんてまことしやかに言っていました。
「おっと失礼。無駄話をしてしまいました。八番、隣から配給と衣装を持って行きなさい。九番、来なさい」
オルデウス様が私を下げ、ウーミタンを呼びつけます。
「あ、あの……オルデウス様」
「何でしょう?」
「……ありがとうございます」
「……お礼を言われる筋合いはありません。さっさと行きなさい」
わがままを許してもらった現在の所有者に頭を下げ、その場を後にするのでした。




