3-8EX.王女ローズ
ふぅ。
殿下とリュウは行ったようです。
本来であれば私も一緒に行きたかった、いえ、行かねばならなかったのですが……。
まさかこのタイミングでローズ殿下がアスタランテにいらっしゃるとは。
幸い、信頼できる手の空いた者をつけることができたので良いとしましょう。
私の名前はクラシタ・ド・ラ・カペル。
フィルフィリア王家に仕える、緑青石騎士団の団長です。
冒険者の時はトマス・モアと名乗っています。
私の父は男爵で首都オーゴニアの近くでクラップ村を治めています。
私はその男爵位を引き継ぎ、団長になった際に子爵位を賜ったので、今は子爵。
父は領地で代官として采配を振るってもらっています。
正直、騎士団長と領地経営を両立するのはきつい。
今では完全に父に領地経営を、騎士団副団長に騎士団の訓練を任せ、私は殿下の護衛任務に従事しています。
もちろん、将軍に任せてもよいのですが、緑青石騎士団は通常の兵たちとは違い、王家の直属なので少しややこしいのです。
そもそもこの国には国軍と各領の領軍、そして王家所有の騎士団があります。
国軍というのは各領の領軍の中から招聘された兵士たちのことで、爵位が上がるほど、この負担は大きくなります。
領軍は各領の騎士団と言い換えることもできます。
正確には騎士団とは違いますが、ほとんどは公・伯・子・男の爵位を持つ貴族に任命された騎士爵位を中心として従士や兵などを編成した軍隊組織であり、そういう意味ではオーゴン王朝の持つ騎士団と同じような存在と言えます。
もちろん各領地にもこれとは別に兵士組織が存在してはいます。
私の領地では子爵私兵団5名、ラ・カペル騎士団3名、領地兵団15名と別れており、私兵団は子爵(元男爵)の館などの警護、ラ・カペル騎士団はもしもの時の領主の剣として、領地兵団は領地全体の警護などを担当する兵として機能しています。我が領地では常駐兵士は少なく、戦など兵士が必要な際は市民から希望者を募るのが習わしなので職業軍人は意外と少なかったりします。
まぁ、私の場合、領地を持ちつつ、騎士団長という大任をいただいていますのでほとんど領地にいることはないのですが。
というか、本当はアスタランテで1か月近くもいる予定すらなかったのです。
リュウという友人ができた殿下がはしゃがなければ即帰還する予定だったのですが。
まぁ、そのおかげで今日、ローズ様の護衛に合わせることができるので良しとしましょう。
さて。
「ローズ殿下がいらっしゃる前に身でも清めておきましょうか」
さすがにこのまま謁見を行うのはよろしくありません。
ここ数日の森での狩りで随分と足元が汚れてしまいましたから。
「誰が来る前にですって?」
「それはローズ殿下で……、え?」
私が振り返るとそこにはローズ殿下が馬車から私を見下ろしていました。
サフィラ公爵ゆかりの長い紫の髪。
座っているだけではあるが、その端々の所作からも感じ取れる気品。
鋭い眼光。
そこには、この国の第一王女殿下、ローズ・ド・オーゴン様がいた。
「こちらが急に行くと申したのですから、わたくしに気を使う必要はないのではないかしら?クラシタ団長」
「し、失礼いたしました」
思わず、膝をついて敬礼を取る。
「クラシタ団長、頭を上げてください。王家に仕えている身とはいえ、今はお兄様の御付きの任の最中でしょう?お兄様以外に膝をつくことは許されないのではなくて?」
「いえ、そういうわけにはまいりません。任を受けているとはいえ、今日は非番ですので」
「はぁ……」
ローズ殿下が露骨にため息をつく。
何か失敗してしまったか?
私、エル、ローズ殿下の3人、いや妹君も含めて4人だが。私たち4人は年齢こそ離れているが、所謂幼馴染に当たる。
エルと私が8。ローズ殿下とは10も離れているが、いずれも、幼いころからの知り合いではある。
もっとも、身分はかなり違うが。
私が騎士団長まで上り詰められたのも、彼らの応援があってこそだ。
「まぁ、いいでしょう。では、騎士団長クラシタ。エスコートしてくださいませ」
「はっ!……は?」
私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
エスコート?
どこに?
誰を?
「いいから。手」
そう殿下が促すので私は立ち上がり、手を伸ばす。
「では、僭越ながら。お手を失礼いたします」
私の差し出した手に殿下が手を乗せ、馬車を降りてくる。
赤と黒を基調とした気品のあるドレスがふわりと舞った。
正直、こんな埃臭い町でそのドレスはどうかとは思うが、幸いにして大通りはほこりも少ない。
多少、歩く程度なら問題ないだろう。
私は貴族のエスコートの姿勢を取る。
この場合は男性側が腕を支えにできるよう脇腹のあたりで腕で輪を作るのが通例だ。
特に身分の高い淑女であれば淑女の手袋を輪を作る方の手で持っておくことも重要。
私も一応は子爵なのでこれくらいのことはできる。
殿下が私の腕に手を通す。
王族であればこのくらいは日常茶飯事だろうからマナーに関しては、私がとやかく言う立場ではない。
「四つ角のラベンダー被服店までエスコートしてくださいませ」
「かしこまりました」
元から言われていた通り、やはり私の祖父の店に用事があるそうだ。
私の母方の祖父オクスファリオは王都で四つ角のラベンダー被服店という店を営んでいる。
名前の由来は店が四つ角にあり、軒下にラベンダーの鉢植えを植えていたからなのだそうだが、今では国内に14店舗を構える大店に成長した。
しかし本人は自由奔放で、各店舗気の向くままに渡っていたりする。
私はたまたまお会いすることができたため、伝令に王都に走ってもらった。
おそらくローズ殿下はその知らせを聞いて馬車を飛ばしてきたのだろう。
ローズ殿下は1年後、隣国の王子との婚姻が決まっているため、ドレスの仕立てを祖父に依頼していた。
16の成人したばかりで、国元を離れるのは大変だと思うが、王族や貴族はこのようなことも致し方ない。
少し寂しい気もするが。
少し不敬な物言いだが、手の掛かるお転婆な妹の最後の家族との暮らしだ。
多少のわがままは許そうと、レオナール殿下とも話していた。
「そういえば、レオナールお兄様もクラシタ騎士団長も、ずいぶん王都に帰ってくるのが遅いようですけど?何かされているのですか?」
「いえ、少々、エルの……レオナール殿下の冒険者業に付き合っているだけです。おかげで新しい知己も得ました」
「へぇ。それは、最近こちらに越してきた『面白い男』とも関係があるのかしら?」
「……どこでそれを?」
「なんでもないことです。ただ、わたくしの庭師の情報に引っ掛かっただけですわ」
本当に怖いお人だ。
我々には殿下のおっしゃる庭師の詳細は分からないが多分、私たちにも知らされていない密偵だろうな。
そんなこんな他愛もない話をしているうちに『四つ角のラベンダー被服店』の前までやってきた。
さて、御じい様はいるだろうか。
私は玄関入り口を開けて殿下を招く。
ここの立地は少し……、というか薄暗いので細心の注意を払う。
御じい様はなぜこんなところに店を構えるのか。
まぁ、あの人の考えることは分からないからな。考えるだけ無駄だ。
「失礼、オクスファリオ翁はいらっしゃいますか?」
そう、店内にいた店員に声をかける。
店員の返事を聞くより先にカウンターの下から返事があった。
「なんじゃい。その声は孫っこじゃねぇか」
「……御じい様。その呼び名はやめていただけると。これでも騎士団団長ですよ?」
「はははっ!いつまでたっても、どれだけ偉くなっても、孫っこは孫っこじゃろ。で?今日はどうした?」
「実は御じい様を訪ねていらっしゃった方が」
私は御じい様にローズ殿下がいらっしゃったことを伝える。
「お久しぶりです。翁。……いえ、『縫聖』オクスファリオ様」
「げっ。……ごほん。失礼。つい本音……、じゃなかった、持病が。ローズ殿下」
げっ、って。
いくら何でも不敬ですよ。御じい様。
「それで?お願いしていたドレスはできましたか?翁?」
「いやー、それがのぅ」
御じい様が羊皮紙の紙を差し出す。
そこに書かれたのはドレス姿の人型?
「この図面に書かれたドレスじゃが、はっきり言って今のままでは厳しいのぅ」
「……なぜでしょう?確かに今までのドレスよりは体にフィットしたようなデザインですが」
確かに、殿下のおっしゃる通り、デザイン自体は体のラインにフィットしたような形のものだ。私も横から見てみるが、なんというかかなり扇情的なデザインというか。
「デザイン画のドレス自体は既に完成しとるわい。じゃがの、このドレスを着つけられる下着がない」
下着?
あぁ、そうか。
確かにこのデザインでは無理だな。
女性の下着というと、ワンピース型のものを着るのが一般的だ。
このドレスではがっつりとラインが出てしまう。
ローズ殿下の亡くなった御母堂様が生前開発した、スリットを入れて裾を四分割しているタイプでも確実にラインが出てしまうだろうな。
かと言ってリネン製の男性の着るズボンタイプのものを着てもこのドレスには厳しいと思う。
「まさか、結婚の披露パーティーで下着もつけず参加する気じゃないでしょうな?」
「ぐぬ、ぐぬぬ……」
「はぁ。まぁ、今しばらく待たれよ。何かいいアイディアが浮かぶかもしれんから、もうしばらく考えてみるわい」
「よろしくお願いします。御じい様。さ、殿下」
私は殿下を外へと促す。
恐らくですが、これは私達だけではどうにもならない問題だと思います。
「そういや、孫っこよ。お前さん、あの新人冒険者と組んだんだってな?」
「え?新人冒険者って……あぁ、リュウの事ですか。組んだというか、殿下のお付きでなし崩し的にというか」
「そうか。ならいいが。気にしとってやりな」
「気にする?何をです?」
「さあな。なんとなく、そう思っただけじゃい」
結局、要領を得ないまま、その日は店を後にしました。
『縫聖』オクスファリオ。
近年の王都の流行を作り出した男。
その男の店、『四つ角のラベンダー被服店』。
これから100年先まで発展し続ける被服業界のトップを走り続ける店である。




