3-8.キャンプ飯、ヨーグルト漬け鹿肉
「よっ!お2人さん!」
ギルドで依頼を受けてから3日後。
あらかじめ鉄板街灯亭の御夫婦にお願いして1ヶ月ほど部屋をキープしてもらって、もしも1ヶ月経っても戻ってこなければ、ギルドに荷物を預けるようにお願いしておいた。
そう言った細かい手続きをやって、俺はギルドで手配された馬車との待ち合わせ場所に来ていた。
場所としては門の外、すぐの場所。
幌付きの馬車なので結構いい馬車なのだろう。
というか、衛兵のカルバラじゃないか。
エルも気づいたのか、
「どうしたんだ?君は衛兵だろう?仕事は良いのか?」
と、声をかけた。
「あー、まぁ。いろいろあって。今、休職中」
「休職?よく上が許可したな?」
確かに。衛兵って公務員だしな。
休職するのはちょっと難しい気がする。
「まぁ、ちょっと借金を返さなきゃいけなくてな。3ヶ月だけ特別に許可してもらったんだ」
へぇ。良い上司だな。
「この3ヶ月でなるべく稼がなきゃならないからな。今回はパーティーメンバーとしても参加させてもらう予定だ」
聞けばカルバラは今回の討伐に全面的に参加してくれるらしい。
ありがたい。
聞けば馬車の旅には本来色々と準備しなければいけないらしい。
特に、御者や見張りの交代。
俺は御者はできないので二人に任せることになる。
代わりに夜の見張りは俺が長めにするしかないよな。
「まぁ、その辺の細かい話は向こうに行きながらな」
そういうと、俺達一行は馬車に乗り込み、オリーヴィアの里へと向かうのであった。
オリーヴィアの里はアスタランテから見ると南西。
一度、『暴君の森』を迂回して西へ向かい海へ出る。
海と言っても崖の上だったが。
そこから南へ下っていくのだ。
オリーヴィアの里は公爵領と王家の所有する土地の間にあるらしい。
その日の夜。
俺は今、食事の用意をしている。
実は3日間、このキャンプ飯の為にいろいろ用意していたのだ。
片道1週間の長旅になる予定だしな。
ある程度準備は必要だろう。
実はオリーヴィアの里へは馬車で4日の距離らしいが、依頼としては安全を期して1週間の旅だと伝えられていたらしい。
そういえば『遅くとも』って強調された気もする。
まぁ、ともかく。
食料は2週間分は用意してきた。念のため5人分。
俺、エル、トマスと予備で2人分。
食料の買い込みとかは苦労したけど俺には空間収納も貯蔵空間もある。
食材の準備はばっちりだ。
今日は話に夢中でついつい昼食は忘れてしまったし。
まぁ、空腹はいいスパイスとはよく言うしな。
「リュウ、これは例の?」
「まぁねー」
俺は壺の中から肉を取り上げた。
この壺の中身は鹿型の魔物、エピスセルフのモモ肉のヨーグルト漬けだ。
この町で手に入るヨーグルトはギリシャヨーグルトみたいに固いのでほんの少しだけメセグリン酒と呼ばれる蜂蜜酒、つまりミードの一種を混ぜて柔らかくしている。
メセグリン酒は古めの蜂蜜酒にハーブを漬け込んでいるものだ。
このヨーグルトにキャベツ、肉、キャベツ、肉、キャベツと挟み込み最後にキャベツで蓋をして貯蔵空間に入れておいたのだ。
この肉を一枚ずつ取り出す。
表のヨーグルトを軽く取り除いておく。
この大きさでは火が通るまでに時間がかかってしまうので包丁で5mmほどの厚さに切っていく。
この季節のエピスセルフのモモ肉は筋肉質で堅いがヨーグルトに漬け込んでおくことで柔らかくなる。
ヨーグルトはタンパク質を分解してくれるのでこういった筋肉質の肉を柔らかくすることができるのだ。
ちなみにキャベツは蓋の代わりに代用したのだが軽くヨーグルトを舐めてみたところ少し甘くなっているように感じたので正解だったと思う。
肉を切り終わったら次はソースの準備。
これも既に準備だけはしてある。
俺は空間収納からもう一つ、壺を出す。
これは以前、市場で手に入れたからし菜の種子である。
まずはからし菜の種子である、マスタードシードを粒がのこる程度に荒くすりつぶす。
ここに40℃程度に冷ました湯冷ましの水を加えて、ヘラで練り上げる。
ここはゴムベラがなかったので木のしゃもじみたいなヘラを自作した。
40度くらいの湯で練り上げることによって辛みが引き出される。これがからしのベースになる。所謂粒マスタードの状態。
ここにメセグリン酒、古くなったワインを加えてさらに練り上げる。
市場で買った玉ねぎを摩り下ろしたものを少量、ニンニクを少々、しょうがを少々。それとこれまた少量の岩塩を削って練ったマスタードソースと混ぜれば完成だ。
ちなみに日本の練りからしチューブのようなきれいな黄色にするにはウコンの黄色い色素が必要だし、かなり丁寧に練る必要があるので、ここを目指してはいない。
俺が目指したのはあくまでも粒マスタードを使ったソースだ。
正直ニンニクと生姜のようなものが市場にあって助かった。
醤油はなくとも、これで多少は焼肉の幅が広がる。
日本にいるなら醤油や味噌、調理酒を使って味を調えていたところだが、無い物ねだりはできない。
一応、マスタードには好みがあるので後付け用と付け焼き用の物を作っておく。
付け焼き用の方は肉からはがしたヨーグルトを少し加えて練っておく。
肉を焼くための網は用意できなかったが、鉄板は用意できた。
無理を言って端の方を少し曲げてもらってちょっとした重さ。
火にかけるにはコンロがいるがそこはレンガをいくつか買っておいた。
まぁ、今回は脂身の少ない肉だ。
鉄板でも問題ないはずだ。
ふふふっ。焼肉の可能性に驚愕すると良い。
「さて、用意できたぞ」
俺は木製の小皿とアスタランテで購入した平たいパンを用意する。
小皿は一人二つ。
1つはマスタードソースを入れてある。
それを椅子代わりの丸太の上に置いた。
「まずは……」
俺は工作した木製トングでまずはマスタードを和えていない方の肉を掴む。
今回は網じゃないのでどちらかといえばフライパンでの焼肉の焼き方の方が近いかもしれないが、鉄板を触らないように手をかざして温度を計ってみる。
やっぱり中央部分が温度が高そうだな。
だったらやはり中央より少し外側の方が良いだろう。
「今回は七輪は使わないのか?」
「まぁ、漬け焼きだし」
ジュー。
鉄板の上で肉が焼け始める。
すこし弱めの中火でじっくり焼く。
やがて火の入った肉が少しずつ縮小してくる。
良い頃合いだ。
俺は肉を返す。
「もういいぞ」
俺はフォークをもって子供のように目を輝かせている2人に声をかける。
「む。まだ早くないか?」
「え?そうなのか?」
微妙にこだわりを出してくるエルと既にフォークを肉に刺しているカルバラ。
二人の性格がよく表れている。
「そこは自分で調整してくれ。俺が教えたのはあくまでも食べられるようになった瞬間だ。味にも焼き方にも個々の好みってのがある。焼肉ってのはそういうところを楽しみつつ食べるのがまた美味いんだ」
たまにこの食べ方がうまい!なんて言う人がいるが、それはそれで間違えてないと思う。
だが味つけも焼き加減も部位も好みがある。
好き嫌いもあればアレルギーもある。
そんな人間が全員が全員、美味いと思えることなんてよほどのものでない限りないと思う。
カニだってメロンだって、マグロだって肉だって嫌いな奴は嫌いなのだ。
それを強制してはいけないと思う。
その点焼肉は自分の好きな瞬間、好きな味、好きな食材を選べるのだ。
こんなの最強でないはずがない。
「!!」
「!?」
引き上げた肉をマスタードソースにつけたものを食べた2人の目が見開かれる。
「何だこれは!?本当にあのエピスセルフのモモ肉か!?あの硬い肉がヨーグルトに漬けただけでこれほどものになるのか!?」
「マスタードの辛みがいい刺激になって……、やばい、なんかうますぎて涙出てきた」
それほどか。
カルバラ、飯食ってる最中にこめかみ抑えて泣くのはやめてくれ。
「ジャイアントボアの時も思ったが、なんだかリュウの肉って自分で作るよりはるかにうまい気がする。俺、エピスセルフの肉焼いても絶対こんな感じで作れないもん」
「わかる。しかし、トマスは残念だったなこれを食えないとは」
「いや、一応トマスには壺で渡してるよ。後で何言われるか分からないし」
なにかお客さんが来るみたいだったし、美味いと感じればお客さんにもいいかもしれない。
俺は新しくマスタードソースを和えた方の肉を焼く。
マスタードマジック。
一粒で二度おいしい、マスタードの力を知るがいい。
やがて焼けた肉をエルとカルバラが各々好みの加減で取っていく。
「おや?こっちは辛みが少ない?……いやしかし、味の深みがある。私はこちらの方が好みだ」
エルがマスタード和えの方を食べて、そういった。
なるほど、エルは深みのある味が好みか。
と、いう事は手間のかかったコクのある料理が好みだろう。
リンゴ、いやもう少し果物が多く手に入れば、醤油と共に良いタレを作って食わせてやるからな。
俺はそう思いつつ。
初めてのパーティーでの野営は更けていくのであった。




