3-4.古い酒と召喚状
「悪いねリュウ、こんなにいいもの貰っちゃって」
「いえ、皆さんには良くしてもらってますので。もらってやってください」
俺は宿に戻り、購入した鉢植えをセレンさんに渡す。
一応、誤解を避けるために鉄板街灯亭の女将さんも同席してもらっている。
いや、旦那さんの方にも何かお祝いを、って話はしていたからそんな心配はないんだけど、念のためね。
若い奥様狙いとかいう変な誤解が広まっても面倒だし。
「ちょっと土の分重いですから、好きなところに自分が設置しておきますよ。どこに置きましょうか?」
「そうさねぇ、とりあえず表の窓の下にでも置いておいてもらおうかね。アーチがあった方が良いんだろ?」
あー、まぁ確かに。そんな感じで言われたよな。
そんなことよりも、こっちで良いのか?鍛冶屋の方じゃなく?
「今の家の方だと、なんかの拍子に燃えちまわないか心配になるからね。鍛冶屋に植物ってのもどうも似合わないしね。それに、母さんたちも孫に会いたいだろうからね。こいつを見れば何歳になっても会いに来る理由に出来るだろ?」
そういう事か。
確かに孫を店に連れて来る理由付けの一つにはなるわな。
孫と同じ年齢のこいつなら良い記念品になるだろうし。
「了解。そしたら外の窓の下に……ってしまったな。アーチを用意するなら二つ買っておくんだった」
「はははっ。そいつは次回の楽しみに取っておくさね」
次回って、何人作る気だろうか。
まぁ、別にいいけど。
「終わったか?」
奥の方から鉄板街灯亭の親父さんが出てくる。
ドワーフの親父さんでこの人の鉄板料理はとにかくうまい。
無口過ぎて一日に一言くらいしか話したことがないが。
「……善意とはいえ、もらいっぱなしというのはよろしくない。とはいえ渡せるものも何もないが」
別に必要ないのに。
しかし律儀な人だ。
「……そうだ。ワインがあったはずだ。コレを今夜食事にだそう」
「って、ちょっとあんた!それもう古くなってるよ!」
「ん?そうだったか?」
「いつ入れたものか忘れたのかい?古くなってしばらく出てないから捨てちまおうって話しただろ?」
うん?
ワイン?
そういえば、この都市に来てから見たことないな。
「ワインは貴重品だから勿体ないけど、流石に酸っぱくなってるしね。普通には飲めないさ」
酸っぱく?それってもしかして……。
「ちょっとそれ、見せてもらってもいいですか?」
俺はすかさず聞いてみる。
ちょうどマスタードソースを作ろうとしていたところだ。
ちょうどいいかもしれない。
「いいけど、なんだい?酸っぱくなったワインが好きなのかい?」
「いや違いますが、まぁ、利用価値というか。この辺ワインとかあんまり見かけなくて」
「そりゃ、そうさ。この辺じゃ生産地は少ないからね。エールなら大量にあるけどさ」
ふーん。やっぱりこの辺りには生産地少ないのか。
そういえばワインだけじゃなくてミードとかシードルとかもあまり見かけない気がするな。
「ここはそれなりに危険地帯だ。養蜂家までは割と遠い」
ほー。なるほど。それでか。
ミードは蜂蜜を使った酒。
シードルはリンゴの果実を使った酒だ。
広義の意味ではナシ亜連と呼ばれるグループの果実を使った酒の事だ。
「この辺の酒は王都から入荷する小麦や大麦から作られるエール、それにドロテアを使ったシードルが多いな」
ドロテアというのは確か前に市場で聞いたことがあるな。
現代のものと比べると甘みが強くて苦みが少ないサンザシだったかな?
「醸造するときにレ・ヴェール・オウベピーヌやルーヴと混ぜるんだ。一昨日位にも出したろ?」
そうだっけ?
あー、そうかあの日は訓練が終わった後、エルたちと飲んだんだった。
ところどころ記憶が飛んでるから相当飲んだんだろう。
アイツらもあんな安酒をガバガバ飲まなくてもいいだろうに。
帰りはトマスが連れて帰ったけど、アレは第二門の方に行ったから貴族街の方だろうな。
この町にはある程度の区画があるらしい。
正門から第一門まではカルバラ氏たちが常駐する守護エリア。
第一門から第二門までは一般市民が生活するエリア。
市場などもここにあるし、俺が泊っているのもこのエリアだ。
第二門から第三門の間は公共の役所や本部があるエリア。その職員や家族が生活するエリアもここにある。
平民でも入ることができるが、警備が厳重なのでよほどの馬鹿でない限り変な気は起こさない方が良いとカルバラ氏も言っていたな。
第三門より先は貴族エリア。
まぁ、普通に考えればエルやトマスが生活しているであろうエリアだな。
その先もあるらしいけど、ま、普通に考えたら領主の館とかだろうな。
町からもあのでっかい要塞が見えてるし。
にしても、親父さん今日はやけに饒舌だな。
一言以上聞いたのは初めてかも。
「酒の話で饒舌にならんドワーフはおらんわい」
そういやドワーフだった。
そういえばあのギルドマスターもドワーフだっけ?
なにか頼みたいことがあるときは酒でも持っていくか。
それだけで交渉が楽に進みそうな気がする。……まぁ、勘だけど。
おっと、そんなことより。
「それで、その酸っぱくなったワインっていうのはどこに?」
「あぁ、それなら厨房の方にあるけど……」
「ちょっと見せてもらっても?」
「いいけど……」
そう言うとセレンさんが樽を二つ持ってきてくれた。
いや、ほぼ空なんだろうけどさ。
なんというか、樽を二つも担ぐセレンさんを見ると異様な力持ちに感じてしまう。
いや、あれ多分40Lくらい入るだろうからおそらく本当に力持ちなんだろう。
流石にどのくらいの重さかは知らないが、現代のポリバケツじゃないんだから軽いって事はないだろう。
中身も少しは入っているだろうから、1つ10kgくらいは余裕でありそうだ。
「こんなもんで申し訳ないけど」
そう言って女将さんが小さな樽に移し替えてくれた。
小さな樽はジョッキくらいの大きさで、海賊や山賊がエールなんかを飲むときに使っているような大きさだと思ってくれればいい。
赤ワインが小樽二つにシードルが四つ。
以外に残っていたっぽい。
「ちょっと失礼」
俺はそういって小指だけ付けて舐めてみる。
酸っぱい。
思った以上に酸味が強い。
だけど果実の酸っぱさではない。
お酢の酸っぱさだ。
これは完全にワインビネガーになってしまっていると考えていいだろう。
幸い、保存状態が良かったのか、直接口をつけられないものでもなさそうだ。
続いてシードル。
こちらも指に付けて舐めてみる。
俺の勘としては本命はこっちかもしれない。
……これは。
思った以上だ。
ドロテアを直接食べたことはなかったが、程よい苦みと酸味と甘み、そして旨味が同居している。
時間が経ったものでこれだから、おそらく実際は酸味がもう少し少ないのだろう。
だが、このシードルの価値はそれだけでは決まらない。
サンザシが原料という事は、つまりはリンゴや梨の親戚。
バラ科の植物の果実だ。
俺達の世界でも古来からバラ科の植物の果実は果物として重宝されている。
俺も焼肉研究の過程で姫リンゴやサンザシを育てたり使用したことはあるので十分使い物になる。
「ふふ、ふふふふ……」
ついに手に入れたぞ。
バラ科の果物!
これで肉がさらにうまくなる。
「言い値で買いましょう!」
俺は高らかに、宣言する。
「い、いや。流石にタダで良いよ。お祝いも兼ねてなんだし……」
なんだか、御一家にすごく引かれてる気がする。
……いや、気のせいだな。きっと。
そう思っていると、宿のドアが乱暴に開かれた。
そこにはロスが焦った表情で立っていたのだ。
「……リュウ。すみません。何とか説得を試みたのですが……」
息も絶え絶えなロスが酷く汗をかいて慌てた様子で入って来た。
「どうしたんだロス?」
「……あなたに、召喚状が発布されました。……ギルドマスター直々の依頼です」
そうロスが一枚の封筒を差し出してくる。
そこには冒険者ギルドのシンボルマーク、ドラゴンの横顔と剣の印章が施された封蝋がなされていた。
どこかの世界で、舞台に上がったピエロが恭しく礼をする。
スポットライトに照らされたソレはまさに道化と呼ぶにふさわしい装い。
吟遊詩人のハープに合わせてピエロが頭を上げ、軽やかに語り出す。
さてさて、みなさま。
ここから始まるのは地獄の開門、天獄の縁。
ある男が踏み出す執念の序曲。
血が流れ、肉が飛び、やがてそれらは大河と成る。
焦がれた執念が焦熱となり身を焦がす。
そんな物語の序曲。
どうぞごゆるりとご覧くださいますよう、お願い申し上げます。
あぁ、箸と取り皿はお忘れなく。




