2-3EX.ギルドマスターの苦悩
儂の名はドラムレット。
ここ、フィルフィリア王国、サフィラ公爵領アスタランテで冒険者ギルドのギルドマスターをやっておる、しがないドワーフじゃ。
まったく。
こんなことになるなら、Aランク冒険者になぞなるのではなかったわい。
儂らは元Aランク冒険者。
元は冒険者パーティー『紅玉』でタンクをしておった。
初めにAランクになったのはリーダーのシャンクじゃったが、気づけば儂ら全員Aランクにされておった。
くそっ!
あの性悪ギルドマスターめ。
あのようなものを盾にこのような職に押し込めおってからに!
全く以て忌々しい!
次に会ったときには容赦せぬぞ!
儂は常に手の届く位置に立ててある斧に手を伸ばす。
こいつともずいぶん長い付き合いになったものよ。
もう、儂がこの職に就いて6年になるのか。
鈍っていなければよいが。
さて。
儂は机の上の書類を見る。
山のように積まれた羊皮紙の書類。
手元に置かれた印鑑と羽ペン。
茶の入ったコップと金貨の入った袋。
串に刺した肉焼き。
もう一つ山のように積まれた羊皮紙。
……。
……よし。逃げるか。
儂は斧を担いで席を立つ。
こんな毎日毎日大量の書類なぞ捌けるか!!
儂は酒を飲みに帰るぞ!!
「旦那様」
ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?
「も、モミジ!!気配を消して近寄るでないわ!!」
心臓飛び出るかと思うたわ。
「失礼いたしました。そろそろ逃げ出そうとする頃合いかと思いましたので」
くそぅ。読まれておる。
よくよく勘が働く奴よ。
こやつは、モミジ。
8年ほど前に儂らが助けた少女じゃ。
それからなぜか懐かれておる。
ちなみにこやつ、出会ったときは何の力もない者じゃったが、儂がギルドマスターになった僅か1年後に『実力で』副ギルドマスターの座を当時の副ギルドマスターから奪い取った実力者じゃ。
「なんじゃい。儂の邪魔をしようというのか?」
「そんなわけありません。私はドラムレット様に身も心も捧げた愛人。旦那様の行くところ私あり、です」
いや、もう四六時中ついてこられるのは勘弁してほしいのじゃが。
「……はっ!?よもや新たな愛人でも囲い込むつもりなのでは?」
いや、もう。ほんと。勘弁してくれ。
こやつのせいで40になった今でも嫁の来手はないわ。全く。
「モミジよ。儂はただ外出するだけじゃ。別に書類から逃げようとか、仕事から逃げようとしているわけではないぞ?」
「わかっております。わかっておりますとも。私は旦那様の愛人。貴方の全てを受け止めますとも」
違うわい!?
まったく、こやつは。
「カーティレイジはどうした?」
あ奴がおらぬせいで儂が書類を捌かねばならぬ。
「旦那様、カーティレイジはサラフィズベルグに出張中。あと3日は帰ってこない」
そうじゃった……。
えぇい。こうなったら儂もどこかへ出張名目で出かけるか?
暫くモミジに任せれば、カーティレイジが帰ってくるまでは持つじゃろうし。
「そもそも真面目な話、なぜこのようにオークの目撃情報が増えておる」
この山のような書類、実は結構な数がオーク関連なのじゃ。
北から南まで少数から多数まで。
意味が分からん。
本来、オークは常設討伐の依頼に載せられるほどメジャーな魔物じゃが、これほどの短期間で目撃が増えることはあまりない。
奴らは群れで生活するため、纏まって報告されることはそう不思議なことではないが。
たまたま報告されたのがこの期間だっただけじゃろうか?
考えすぎな気もするが。
……それに気になることがもう一つ。
「ドラゴン、……か」
最近、グレートクリスタニア連邦王国南の地域で空を飛ぶドラゴン、飛竜の存在が確認されておるらしい。
目撃されたドラゴンは聞く限り、空飛ぶ青い鱗のドラゴンらしい。
で、あればあ奴ではない、か。
出来れば、ドラゴンはご遠慮願いたいがな。
「お茶、新しいの入れてきますね」
「おぉ、すまん」
すっかり時間が経って冷めておったか。
串焼きも冷めてしまっておるな。
うん?
「おい。モミジ」
「はい、なんでしょう?」
「なんじゃい。この書類は?」
「この書類、とは?」
儂は目についた1枚の書類を取り、モミジに見せる。
「ロスの出張申請じゃ」
あ奴はよほどのことがない限り、出張に応じるなんて事はない。
あ奴はセブンリング商会の関係者じゃからな。
しかもその出張先は『暴君の森』。
「どこぞのネームドでも討伐されたものかと思うたが、ジャイアントボアの買取依頼じゃと?どこのパーティーじゃ?」
「存じ上げておりません」
モミジが知らないとなると……。
「ふむ、少なくともこの町の冒険者ではない……、か。何者じゃ?」
「すみません。存じ上げておりません。少なくとも、既知の冒険者ではありません」
既知の冒険者ではない、か。
はてさて。
他国の出身者か、それとも在野に隠れていた猛者か……。
何にしても、今のところはありがたいことではあるが。
ジャイアントボアが討伐できるならオーク如きなら討伐できるか?
いや、しかしのぅ。
どんな奴かもわからんのであれば先にある程度依頼をこなさせてからの方が……。
「お主!コレをどこで!いや、まさかあの森を抜けて来たのか!?どうやって!?」
ん?
「何じゃい。外が騒がしいの?」
「旦那様。またランプさんが騒いでいるようです」
またあ奴か……。
頭が痛くなる。
ランプの奴は冒険者としては非常に優秀なのじゃが、ここ3ヶ月相棒が死んでからはどうも酒浸りで困っておるんじゃが。
身なりも随分と煤けおって。
あ奴らのパーティーは儂らのギルドの中でも五本の指に入る実力を持っておった。
遊撃を得意とする剣士セブルスと火魔法を得意とするランプ。
対魔物の集団を相手するときはあ奴らがおるとだいぶ楽になる。
『月下の剣』『金眼』に次ぐこの都市第3位のパーティー。
それがランプとセブルスのパーティーじゃった。
パーティー名は『炎熱の使徒』。
まぁ、二人だけのパーティーにしては過分な名前じゃったかもしれんが。
「待ってください。同行は許可するわけにはいきません」
外からロスの声が聞こえてくる。
何じゃい。まだ揉めておるのか。
……やれやれ。仕方ないのぅ。
「はぁ。モミジ、行くぞ」
「はい、旦那様」
儂はモミジを連れ立って部屋の扉を開ける。
応接を抜けて左手に折れるとギルドの一階を見渡せる手すりまでくる。
何かあればすぐ対応できるようにしておく。
「リュウ。怒らないから言ってみなさい。何をやらかしました?」
「いや、やらかしたって。そんな。言いがかりだよロス」
「あやつか。ジャイアントボアを持ち込んだのは」
「そのようです。旦那様」
何じゃ。思ったより普通の男じゃな。
とてもジャイアントボアを倒したとは思えん。
「あー、森の奥で何かでっかい赤い鬣と黒い牛とティラノサウルスに追っかけられて……」
……はぁ!?
いやいやいやいや!待て待て待て!
あ奴、もしや深層から一人でここまで生還したのか!?
思わず鼻水がたれてしもうた。
そんな無謀なこと現役時代の儂らでもやらんぞ!?
「旦那様。お鼻が」
モミジに鼻を拭かれた。
やめい。子供ではないわ。
あ奴、ひょっとしたら侮れぬ人間かもしれん。
暫くの間は監視をつけさせよう。
「おい、モミ……、ジ?」
「はぁはぁはぁ、あぁ!旦那様!私に鼻を啜れだなんてそんな!これは一生の宝物にいたします!」
先ほど鼻をぬぐったハンカチを大事そうに抱えるモミジに呆れてしまう。
「ちょっとまてい!馬鹿なこと言うとらんで、さっさと暗部を呼びにいかんか!愚か者!」
はぁ。儂の心の癒しはどこで探せばよいのじゃろうか……。




