写真に写らない場所
崖から落ちた記憶。
その証拠を探して見つけたのは、幼い頃の写真だった。
だが、そこに写っていたのは——
「あるはずの場所が、写っていない」という事実。
記憶にある風景なのに、記録には残っていない。
その違和感は、やがてひとつの疑いへと変わる。
——あの場所は、本当に存在していたのか。
それが偶然ではないと感じ始めたのは、あの夜からだった。
同じ記憶を語る男。
あれをただの思い込みで片づけるには、あまりにも一致しすぎている。
それ以来、自分は「証拠のようなもの」を探すようになった。
何でもいい。
あの崖の記憶が、現実に存在したことを示す何か。
ある日、古い段ボール箱を整理していたときだった。
押し入れの奥から、アルバムが出てきた。
小学生の頃の写真が、何冊かまとめて入っている。
ページをめくると、懐かしい景色が並んでいた。
雪遊び。
近所の公園。
家の前で撮った写真。
その中に、見覚えのある風景があった。
——石切山のあたりだ。
数人の子どもが写っている。
自分も、その中にいる。
背景には、少し開けた場所と、なだらかな斜面。
「ここだ」
そう思った。
あの崖の近くだ。
だが——
写っていない。
何枚か続けて見ても、どの写真にも「崖」がない。
同じ日に撮られたと思われる写真が、数枚並んでいる。
位置も、角度も違う。
それなのに、あの場所だけが、まるで避けられているかのように写っていない。
不自然だった。
当時の自分たちが、あの場所を知らなかったとは考えにくい。
遊び場としては、むしろ目立つ場所だったはずだ。
なのに、誰もそこを写していない。
いや——
「写せなかった」のではないか。
そんな考えが、ふと浮かんだ。
その瞬間、背中に冷たいものが走る。
写真をもう一度見直す。
すると、妙なことに気づいた。
一枚の写真。
子どもたちが並んで写っているその奥に、
ほんのわずかだが、影のようなものが映り込んでいる。
形ははっきりしない。
だが、そこだけ空気が歪んでいるようにも見える。
まるで、何かがあるはずの場所だけが、
現実から切り取られているような。
写真を持つ手が、わずかに震えた。
——もし。
あの崖が、最初から「写らない場所」だったとしたら。
そこでは、何かが起きても、
記録として残らないのだとしたら。
記憶だけが残り、現実には痕跡がない。
そういう場所が、本当にあるのだとしたら——
不意に、あの男の言葉がよみがえる。
「あのとき、助からなかった自分がいるんじゃないかって」
写真の中の自分は、確かにそこにいる。
笑っている。
何も知らない顔で。
だが、そのすぐ近くにあるはずの「何か」だけが、
どこにも写っていない。
静かな部屋の中で、
時計の音だけが響いていた。
自分はゆっくりとアルバムを閉じた。
そのとき、ふと気づく。
写真の中の自分が、
——ほんのわずかに、こちらを見ていた気がした。




