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一番古い記憶は、父の膝の上でピアノを聞いていた時の記憶だ。


「8番、お前は耳がいい。兄弟たちの中でも一番優秀だ」


そういって褒められた時の、誇らしい気持ちを覚えている。


エチュードの8番。これが彼に与えられた名前だった。

8番は地下に作られた研究所の中で他のエチュードたちとともに育った。

この施設では魔力の操作を徹底的に教えられ、彼らは言葉を覚えるよりも早く魔法を覚えた。

研究者であり音楽家でもあった父は子供たちに優しく、いつでもピアノを演奏してくれた。


父のピアノの音色は特別だった。

その美しい音色を聞いていると頭の中が音で満たされていく。

やがて頭の中で鳴り響く音は、言葉へと形を変えていく。

余計なことを考えなくなり、やるべきことだけがはっきりと鮮明に見えてくる。

頭の中で聞こえる言葉に従って行動すれば、父はとても褒めてくれた。

うまく指示に従えなかったときの父はとても厳しく恐ろしかったが、それすらも音楽の優しい音色が忘れさせてくれた。


ここがどこなのかも、何のために魔法の訓練をさせられているのかも、誰も疑問に思わなかった。

父が奏でる調べはエチュードから考える力を奪っていった。


あるとき、父はエチュード一人一人に曲を作ってくれた。

名前と同じ『エチュード8番』と名付けられたその曲は、8番にとって特別な曲だった。

その曲を聴くと、訓練の苦しさやつらさ、空腹感や眠気まですべて忘れられた。

それだけではない。

いつも同じところで間違えていた魔力操作が、曲を聴いた時だけうまくできた。

魔力の出力も数段上がる。

高揚感に包まれた。

もっとこの曲を聞いていたい。

頭の中に曲が流れている間、8番は一切眠ることなく訓練を続けることができた。


父はそんな彼のことをとても優しい笑顔で褒めてくれた。

気まぐれで父はエチュードたちに楽器を教えた。ピアノやギター、そのほかのもの。

8番は自分の曲を演奏できるようになっていた。

他のエチュードたちも、同じように自分で曲を奏で訓練にいそしんでいた。


そんなある日、父が数人のエチュードを呼んだ。その中には8番もいた。


「そろそろ魔力操作にも慣れてきたころだろう。お前たちには新しい訓練を受けてもらう」


何のための訓練なのか。どんな訓練なのか。

誰もそんなことは気にならなかった。ただ父の言うとおりにしなければならない。その使命感だけがあった。


連れていかれたのは、馬車で1日ほど揺られてたどり着く遠い場所だった。


広い草原が続く場所で、地面には何かがたくさん落ちていた。


「あそこにあるガラクタが見えるかい?」


楽器を教えてくれる時のような穏やかで優しい口調で父が言う。


「見えます」


草原の奥に、鉄でできた塊が見えた。その塊はカタカタと地面の上を下に付けられた二つの車輪でこちらに向かってきていた。よく見ると、子供の背丈ほどの鉄の塊にはいくつもの銃口が取り付けられていた。

それが数十体、エチュードたちの気配を察知したのか一目散にこちら目掛けてやってくる。


「あれらは人間に悪さをする、悪いガラクタだ。あれを破壊するのがお前たちの新しい訓練だ。頭の奥に核がある。それを狙えば破壊できる。いいね?」

「はい、父さん」


エチュードたちは声をそろえて頷いた。

ガラクタから銃口を向けられていることに何の恐怖も感じなかった。

ただ頭の中に流れる音楽の声に従うだけだった。


「行っておいで、私のかわいい子供たち」


その声に背中を押され、エチュードたちは一斉に草原を駆けだした。

一番最初にガラクタに近づいたのは8番だった。

ガラクタは車輪の動きを止め、両脇にある二つの銃口を8番に向けた。

銃口の中から真っ白な光があらわれる。

不思議な光だった。

それが魔力なのはわかったが、生命力のない無機質なもの。

そんなものを見たのははじめてだった。

まじまじと見ていると、ふいに銃口から光が放たれた。

勢いよく飛び出したその光は、鋭い線になって8番を貫こうとする。

咄嗟に避けると、その光は地面を黒く焼いた。

草が焼ける匂いがして、白い煙が細く上がった。


なるほど。


8番は理解した。これが悪いガラクタか。


頭の中を流れる音楽が強くなった。

それに合わせて体の中の魔力の流れが大きく早くなっていくのを感じる。

あの光に貫かれたら怪我じゃすまない。

だが8番にとってそれは大したことではないように感じられた。

恐怖はない。

ただガラクタを壊せと音楽が命令している。


8番は手のひらをかざすと魔力の出力を上げた。

対象範囲は絞る。狙いは頭だ。

鉄でできた体は硬そうだったが、ガラクタが放った光のように細く鋭く出せば突き刺すことができそうだ。


「雷よ、貫け」


エチュードはすべての属性魔法を使うことができた。

8番は風魔法以外の魔法を上級まですべて習得していた。だが風魔法はそよ風程度しか使えない。

雷魔法を放つと、ガラクタの頭が大きな音を立てて吹っ飛んだ。

倒したかと思ったが、胴体と頭が離れてもなお、胴体は動きを止めなかった。

胴体部分の様々な場所から銃口が飛び出し、すべてが8番を向く。

一斉に光りだしたそれは、一つの大きな光の玉となってこちらに飛んできた。

威力の強い光の玉が強い衝撃を伴って体にぶつかる。後方に勢いよく吹き飛ばされた。

水魔法でガードしていなければ、8番の体は跡形もなく消滅していただろう。

擦りむいた両方の膝と手のひらから血が流れだした。

だが痛みを感じなかった。

『エチュードの8番』が鳴り響く。

焦りも不安も感じない。怪我をした手足も自分のものではないように感じられる。

心は穏やかだった。

8番はもう一度手のひらをかざすと、地面に転がる頭に向かってもう一段階出力を上げた雷魔法を放った。

ガラスがパキンと割れるような音が聞こえて、ついにガラクタは動かなくなった。

何の感慨もなくそれを見下ろし、8番はあたりを見回す。

まだガラクタが十体ほどあった。

ガラクタのもとに向かうと、8番は同じ要領でガラクタを破壊した。


すべてのガラクタを倒し終わると、遠くでその様子を見ていた父が機嫌よく手を叩いた。


「予想以上の成果だ。上出来だよ、さすがは私の子供たちだ」


嬉しそうに喜ぶ父を見て、エチュードたちは微笑んだ。

父を喜ばせることだけが彼らのすべてだったのだ。


訓練は、その後も継続して行われた。

場所は様々でガラクタの形態も同一ではなかったが、エチュードは何体もそれらを破壊した。


外の訓練から帰った日は早めに就寝することを許されていた。

エチュードたちに与えられた部屋は3つ。番号ごとに分けられていた。

狭い部屋に小さなベッドを詰め込んだだけのその部屋で、8番はベッドに横になっていた。

訓練中に被弾した右足が熱を持っていてなかなか眠れなかった。


「起きてる?」


隣のベッドで寝ていた10番が小さな声で8番に声をかけた。

同じ訓練に参加していた、8番よりも小さな少年だった。


「私語は禁止です」


エチュード同士で話をすることは、訓練中を除いて禁止されていた。

彼らはそれに疑問を持ったことも、不便を感じたこともなかった。

8番は一言答えると薄い毛布を肩までかぶり、反対側を向いて目を瞑った。


「ねえ、8番」


肩を揺さぶられ、しかたなく8番は目を開けて視線だけを10番に向けた。

10番は暗がりでもわかるほど青ざめた顔をしていた。


「僕、最近音楽が聞こえないんだ」


音楽が聞こえない?

8番は10番の言った言葉を頭の中で繰り返した。

そんなことがあるだろうか。

父の音楽はいつ聞いても素晴らしく頭の中を満たしてくれる。

それが聞こえないだなんて。


「耳が聞こえないんですか」

「違う、耳はどうもないよ。ただ、なんで僕たちはこんなところで魔法の訓練をさせられてるんだろうとか、あのガラクタたちはいったいなんなんだろうとか考えてたら、頭の中の音楽が消えてしまって……。音が鳴らなくなって、僕気づいたんだ」


10番は震える体を自分で抱きしめるようにして喋りつづける。

幸い同じ部屋の他のエチュードたちはまだ研究所内の別の場所で訓練をしていて、この部屋にはふたりしかいなかった。

8番はクローゼットを指さした。


「寒いなら、毛布をもう一枚使うといいです」

「寒いんじゃない。……僕は怖いんだ」

「怖い?」


8番にとって、それは知らない感情だった。


「9番がいなくなったでしょ?」


9番とは誰だったか。ゆっくりと思い出しながら8番は相槌を打った。

たしか、少し前の訓練中にガラクタに被弾したエチュードだ。

大部分がなくなっていたから、その場に置いてきたはずだ。


「僕たちも、いつか9番みたいになるのかもしれない」


10番の目から水が出てきた。

これはなんだろうと8番は不思議になって眺めた。


「10番は9番のようになりたくないんですか?」

「そんなの、あたりまえじゃないか」

「じゃあ簡単です。ガラクタから出るあの光に当たらないようにすればいいんです」


その答えが気に入らなかったのか、10番は大きく首を振った。また、目から水が零れだす。

手を伸ばして触ってみると、それはとても温かかった。


「ここから出たい。あれはガラクタなんかじゃない。僕たちはあれと戦争をさせられているんだ」

「10番は頭がいいんですね」


10番の話には知らない言葉がたくさん出てきた。

8番は知らないことばかりだったが、知りたいと思ったことはなかった。

ただ頭の中の美しい音楽に身をゆだねて、声に従うだけ。


音楽が聞こえなくなってしまった10番がかわいそうだと思った。

それは、8番がはじめて抱いた人間らしい感情だった。


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