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エチュード

ファエナから教えてもらった場所は、あるダンジョンの中だった。

とりあえず僕たちは遺失物センターに一度戻ることにした。

遺失物センターの前の魔法陣で移動すれば、すぐにでも行くことが出来る。

移動する馬車の中で、ミランダとメリンダが納得がいかない表情で首を傾げた。


「やっぱり似てないわね」

「ええ、魔力以外はどこも似てないわ。兄弟っていったら、私たちみたいにそっくりなんじゃないかしら」


ふたりが無遠慮にチェロキーをじろじろと見る。


「ほら、君たちは双子だから。兄妹っていっても、似てない場合もあるんじゃないかな」

「そりゃそうだ。俺にも姉がいるんだがすっげぇいかつくてがさつで、俺とは全然似てねぇぞ」

「ジェイド、話がややこしくなるからやめて」


当のチェロキーは外の景色を険しい顔で眺めながらこちらを警戒するように鋭い視線をちらりと向けた。

そして大きなため息を吐くと、嫌そうに口を開いた。


「所長が説明しろっていうんで説明しますけど。何度も話したい話ではないので一度で理解してください」

「ぜ、善処する」


僕たちはチェロキーの話に集中して耳を傾けた。


「まず、私とあの人はエチュードと呼ばれる作られた存在です」


衝撃的な言葉に頭が混乱する。


「……え?」

「あいつ人間じゃなかったのか!?」

「エチュードって何だったかしら?」

「さぁ、あんまり興味ないわ」


一斉に口を開いた僕たちを、「あの!」とチェロキーが軽蔑を含んだ目で睨みながら遮った。


「聞く気あります? 質問は一度に。まとめて言ってください」

「ご、ごめん。びっくりしちゃって」

「エチュードは確かに作られた存在ですが、ちゃんと人間です。私たちは簡単に言うと人間兵器なんです」


チェロキーは続けた。

30年戦争において、魔力を動力とした機械仕掛けの魔導兵を作る研究が行われていた。しかし魔力回路が安定せず、戦場での指揮系統に問題が生じた。その欠点を克服できぬまま戦争は終わり、魔導兵の研究は他国との摩擦を生むとして禁じられた。


「ですが、マエストロは秘密裏にその研究を続けたんです。しかも人間で」


赤子に魔力の核を埋め込むことで魔力の回路を人為的に操作する。そうして作り上げられた人間兵器をエチュードと名付けた。


人間の国の法律とか決まりとか詳しいことは知らないけれど、それがどれだけ危険で許されないことなのかは僕でもわかった。


「マエストロは——父は、私たちをとてもかわいがってくれました。いつもピアノで音楽を奏で、一人一人に曲を作ってくれた。父の周りにはいつも兄弟たちがいました。私は曲を作ってもらえなかったけど、私も父のことをとても慕っていました」


チェロキーの話すその場所は、人体実験を行う研究所のイメージとは違い孤児院のような暖かなところだった。

優しく知的な父と、彼を囲むたくさんの子供たち。


「曲を与えられたエチュードは、ときどき父と一緒に研究のためにどこかに出かけていました。8番と呼ばれていたあの人は、父の一番のお気に入りでした。年が離れていたので話をしたことはほとんどありませんが、父からの信頼が厚い8番のように、私も早く父の役に立ちたくて、早く私の曲が欲しかったんです」


ある日、チェロキーはマエストロに頼んだという。自分の曲を作ってほしいと。すると彼は『近々』と答えた。彼女は喜んだ。やっと自分の曲がもらえる。役に立つことが出来ると。


「しかし、その日は来ませんでした。8番が突然、たくさんの人を研究所に連れてきました。その人たちは父と兄弟たちを次々に捕まえて連れて行きました」

「どうしてそんなこと」

「わかりません。混乱する研究所の中で、私は後ろから誰かに掴まれて床下に隠されました。おかげで見つからず、逃げることができました。でも捕まった兄弟たちは……人間兵器は危険だという理由で処分されたと聞いています」

「そんな……」


どれだけのエチュードたちが殺されたのだろう。

なぜ8番は——店主は彼らを捕まえたのだろう。


「その後ファエナ所長に出会い、育ててもらいました。もう10年以上前の話です」


それきりチェロキーは黙って下を向いた。

どんなに昔のことだと言っても、彼女にとっては忘れられないほど大きな心の傷になっているはずだ。

うずくまったままのチェロキーの背中が小さく揺れる。

泣いているのかもしれない。

ミランダとメリンダがそばに寄って、彼女の背中にそっと手を当てた。

その時。


「おえっ」


チェロキーが盛大に吐いた。


「やっぱり、馬車、だめなんです。酔い止め持ってませんか。もう全部使ってしまって……おえ」

「演技じゃなかったの!?」

「馬鹿お前、吐くならせめて外に吐けって!」


ミランダとメリンダが無言でチェロキーから離れた。


「あ、ひどいです。人がつらいときに寄り添ってくれるのが仲間じゃないんですか」

「あなたと仲間になった覚えはないわ」

「吐きながら喋るのやめてちょうだい」

「おろろろろ……」

「ちょっとチェロキー!」



◇◇◇



暗いダンジョンの中を青年が一人歩いていた。

洞窟の形をしたダンジョンの低い天井から染み出した水滴が、地面に水たまりを作っている。

鬼火と呼ばれる不思議な火が、等間隔に洞窟内を照らしているため灯りは必要ない。

魔物の気配は不思議となかった。

聞こえてくるのは、自分の足音が周囲に反響する音だけだった。


しばらく進むと、開けた場所に出た。

奥には一台のピアノと、数人の男たちがいる。

一人は手足を縛られ、その首元にナイフを突きつけられている。


「先生……」


すぐさま助けに行きたい気持ちをこらえて、ぐっとこぶしを握りしめる。


「こんなおいぼれに価値があるとは思えなかったが、試してみるもんだな」


目の大きなアクの強い顔立ちをした初老の男が、愉快そうにナイフをひらひらと振って笑みを浮かべた。

だが青年の視線は、その横のピアノの前に座る男に向けられていた。

男は目を閉じて蓋の閉じた鍵盤に手を伸ばしている。蓋の上を、実際にメロディを奏でているかのように優雅に彼の指が躍る。

やがて彼の指が止まり、ゆっくりと瞼を開いた。

夢から覚めたばかりのようにしばし視線をさまよわせたあと、ゆっくりと青年を向く。


「久しぶりだな。8番」


静かな声が洞窟に響いた。


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