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30文字以上の話

「で、店主に似てるってのは?」


なんとか動揺から立ち直ったジェイドがミランダとメリンダに訊ねた。


「魔力よ」


ミランダがチェロキーの胸のあたりをじっと見つめた。中を覗き込むような遠慮のない視線だ。

チェロキーは冷めた顔をしたままそれを無視する。


「魔力?」

「見えないの? 魔力の流れが普通の人はピーンって感じだけど、この人と店主はグルンって感じなのよ」


ジェイドの問いに指先で宙に絵を描きながらメリンダが答えた。ピーンとグルンの違いが何なのか、僕にはさっぱりわからなかった。

同じくジェイドも抽象的な説明に首を傾げている。


「バルムンク、お前もその魔力の流れ、見えんのか?」

「見えない……」


目を凝らしてみても何も見えない。そもそも店主の魔力の流れが見えたことも一度もない。

僕の耳がみんなより少しいいように、ふたりにしか見えていないものもあるのだろう。


それにしても、チェロキーと店主が同じ特殊な魔力の流れをしているなんていったいどういうことだろう。


「やめてください」


チェロキーの硬く苛立った声が部屋に落ちた。


「あんなのに似ているなんて、たとえ本当のことだとしても言わないでほしいです」

「……おい。あんなのって、店主のことか?」


あまりにトゲのある言い方に、ジェイドの言葉もつられて低くなる。

その張りつめた空気を打ち消すように、ファエナの笑い声が聞こえてきた。

面白くて仕方がないという表情で、落ちてくる眼鏡を押さえながら笑っている。


「似てるのは仕方ないだろう。だって兄妹きょうだいなんだからな」


部屋が静まり返った。

僕たちは弾かれたようにチェロキーを振り返る。

チェロキーは不機嫌そうに眉を寄せて、キャスケット帽のつばをさらに引き下げた。


「え……どういうこと?」

「こいつと店主が、兄妹……?」

「似てないわ」


ミランダまで驚いた表情でチェロキーを見つめている。


「いやいや、お前らが似てるって言いだしたんだろうが」

「似てるけど、似てないのよ」


メリンダもまさか兄妹だとは思いもよらなかったようだ。


信じられない思いで僕はまじまじと見る。

確かに雰囲気が少し似ていなくもない。でも姿かたちは血が繋がっているとはまるで思えなかった。


チェロキーは皆の視線が居心地悪いのか、誰もいない壁を見つめながらぼそぼそと喋り出した。


「確かに、私とあの人は同じ人を父と呼んで育ちました。他にもたくさんの兄弟たちと一緒に。でもあの人とは年齢も離れているし、まともに喋った記憶もありません。それに……」


僕の知らない、店主の過去を彼女は知っている。

たくさんの兄弟たちに囲まれて育った店主。

笑ったり喧嘩したりしながら楽しく暮らしている子供時代の店主を想像してみようとしたが、どうしてもうまく浮かばなかった。


チェロキーの言葉が途切れた。

ゆっくりと顔が歪んでいく。憎悪に似たその表情の奥には、長い年月をかけて固まった何かが顔をのぞかせていた。

手が堅く握りしめられる。


「あの人は、兄弟たちを全員殺したんです」


小さく零されたその声に、誰も何も言えなかった。

否定も肯定もできなかった。

店主がいなくなってから、僕たちは店主のことをあまりに何も知らなかったことに気づいたから。

店主を信じて「そんなことするはずない」と声を上げたところで、目の前のチェロキーの言葉を嘘だと言い切るだけの力はない。


僕が人間ではなくモノだからなのかもしれないけど、たとえ店主が何百人も殺していたとしても、僕の店主への信頼が変わることは絶対にない。

でもそれをいまここで言うのは、なんだか違う気がする。

ジェイドも、ミランダもメリンダも同じように黙り込んでいる。


しばらくの沈黙のあと、ファエナが静かに口を開いた。


「だがこれは、彼女の言い分だ。物事にはいくつもの側面がある。見る場所が違えば見え方も変わるものだ。チェロキー。君ももう子供じゃない。いい機会だ。彼らとともに店主に会いに行くといい」

「……めましたね、所長」

「なに、子供の成長を促すのも親がわりの私の役目だからな」


話がよく見えない。

まるでファエナははじめから店主の居場所を知っているかのようだった。

僕たちの戸惑いに気づいたのか、ファエナは「すまないな」と言い、机の引き出しから一枚の新聞を取り出した。

小さな記事が赤い丸で囲ってある。

見出しも内容も少ない、注意して読まなければ見落としてしまうほどごく小さな記事だ。


『【監視対象者の行方わからず】

当局は監視対象者1名の所在が分からなくなっていると発表した』


たったそれだけ。

ファエナの指が、その記事を何かのリズムを刻むようにトントンと叩く。


「この国にはマエストロと呼ばれる音楽家がいる。ある理由により、国家の監視対象に置かれていた人物だ。しかし、数日前突然を消した」

「その音楽家と店主に何の関係があるんだよ」

「君たちは先の大戦についてどのくらいのことを知っている? 30年戦争と呼ばれたあの戦争について」


ジェイドが振り返って僕を見た。なんともいえない嫌そうな表情をしている。


「やばい、俺もエッジがうつったかもしれん。話がまったくわからん」

「僕もだよ。もう少しわかりやすく説明してよ」


できれば30文字以内でお願いしたい。

いままで聞いたこともない音楽家の話や、戦争の話。

店主のこととどう関係しているのかさっぱりわからなかった。


「ふむ。本当に君たちは彼から何も聞いていないようだな」


ファエナが少し驚いたように目を開いた。


「わかった。簡単に説明しよう。マエストロは30年戦争においてある研究を行っていた。魔導兵をつくる研究だ。戦後すぐに魔導兵開発は禁止されたが、彼は秘密裏に研究を続けていたのだ。それが発覚し当局に拘束され、監視下に置かれていた。おそらく今回、その研究を復活させたい何らかの勢力によって連れ去られたのだろう」

「店主はそれにどう関係があるんだ」

「それについて私から説明することもできるが、あまり時間がないと思うのでな。道中チェロキーから聞くといい。ただし」


ファエナの目が真っすぐジェイドを捉えた。

今回のことは彼女もなにかしら関係しているのだろう。

落ち着き払った瞳の奥に見え隠れするものがある。

だがそれは、悪い種類のものではない気がした。


「彼女の話はあくまで彼女の話だ。お前たちの店主のことは、彼に直接訊ねてみるがいい」


僕はふと、楽譜のことを思い出した。

ジェイドに目配せすると頷いて懐からそれを取り出した。

ファエナはそれを受け取ると、しばらく眺めたあと小さくメロディを口ずさんだ。

それは楽譜の印象よりもずっと早く、激しい曲だった。その音の連なりには、どこか追い立てられるような不安感があった。


「これはマエストロの習作曲だ。彼はこのような曲を多数作っている」


ファエナの指が楽譜の上を静かに滑る。


「エチュードの8番には気をつけろ。その楽譜を見つけたとしても、絶対にマエストロに渡してはいけない。まあ、彼ならばすべて頭の中に入っているかもしれないが。とにかく——マエストロに《《音楽を演奏させてはいけない》》」


その言葉の意味を問い返すよりも早く、ファエナは立ち上がった。


「さあ、時間がない。行きなさい」



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