酔い止め
翌日、僕たちはファエナからもらった住所を頼りに古道具屋に向かった。
その店は昨日訪れた街からはかなり離れた場所にある。
近くにダンジョンでもあれば店の前にある魔法陣で移動できるのだが、最寄りのダンジョンからも距離がある。
しかもそのダンジョンは森の中にあり、そこから歩くとなれば危険が伴う。森の中にはダンジョンのものとは別の魔物が棲んでいる。
実質的な戦闘要員がジェイドしかいない状況ではなるべく安全なルートを選択したい。
結局僕たちは魔法陣で大きな街の近くのダンジョンに移動し、そこから街の乗合馬車に乗って目的の場所に行くことにした。
停留所はそこまで離れていない。しばらく歩けば見えてくるはずだ。
あいかわらずジェイドはミランダとメリンダの手を引いて進んでいく。
人間の姿でこんなに長い間過ごすことはふたりにとっては初めてだった。
いつもはだいたい店主の気まぐれか、ふたりが何かやってみたいときに魔法をかけてもらうよう店主にお願いしていたのだ。
それもたいていは夜になると元の姿に戻っていた。
でもいまは、ずっと人間の姿だ。
僕はふと不安になった。
「ねえ、ジェイド。僕たちいつまでこの姿でいられるかわからないんだ」
先を歩いていたジェイドは足を止め「どういうことだ」と振り返る。
その両隣ではミランダとメリンダも首を傾げている。
ジェイドの腰には愛用の長剣のほかに、僕の本体である長剣とふたりの本体の双剣が差さっていた。
いくら魔法で人間化していても、この体はただの珈琲豆に店主が魔力を込めて作ったもの。本体から離れることはできないのだ。
「僕たちは店主の魔力でこの姿になっているけど、魔力が尽きたら剣に戻ってジェイドと話すこともできなくなる」
遺失物と話ができるのは店主だけの特殊能力だ。ジェイドを含む普通の人は人間化していない僕たちと話をすることなんてできない。
ただでさえ店主がいなくて不安なこの状況で、ジェイドと話ができなくなったらどうしたらいいんだろう。
「それって、いつなくなるとかわかるのか?」
「わからない」
以前店主は、魔力を塊にしてこの体に少しずつ供給されるようにしていると言っていた。だからその供給がいつ途絶えるのかは正直わからない。
「あら。なら私たちは剣に戻ろうかしら。そうすれば私たちに使われる魔力をバルにあげられるんじゃない?」
「私たちのうち誰か一人でもいれば会話は可能でしょ?」
「まあ待て」
早まって剣に戻ろうとするふたりをジェイドが止めた。
「別にすぐに消えるわけじゃあないんだろ? 焦るなよ。そん時はそん時だ」
一見無責任にも聞こえる言葉だが、ジェイドが言うとなんだか頼もしく思えた。
さすがは冒険者パーティのリーダーをやっているだけある。こんなふうにメンバーの不安をいつも取り除いているんだろう。
「ところで、その魔力を使ってあいつを見つけることはできないのか?」
「この魔力は店主からは切り離されてるんだ。だから辿ることはできないよ」
そうか、とジェイドは頷いた。
そうしているうちに停留所へ到着した。
停留所にはすでに何人かが列を作って待っていた。
目的の場所は人の多い街ではないため馬車の本数も少ない。
本を読む老人や編み物をするご婦人など、思い思いに時間をつぶしている。
「こりゃ結構待つか?」
まいったなとジェイドが顎に手を当てたとき、前にいた年配の女性が振り返った。
「親子でおでかけかい? いいねえ」
昨日さんざん親子に間違えられたからか、不本意な表情を浮かべながらもジェイドは否定しなかった。多分否定するのがめんどくさくなったのだろう。
「おでかけよ」
「馬車乗るのはじめてなの」
機嫌よくミランダとメリンダが答える。
こうして見ると、本当に幼い子供のようだ。
ふたりにとっても店主探しは大事なことのはずだが、いまいち緊張感に欠ける気がする。
すっかり女性と打ち解けて世間話に興じていた。
女性は小さな子供に対する親切なおせっかいを発動し、はじめての馬車なら酔うかもしれないからと、近くの店に置いてあるという酔い止めを勧められた。
「ふたりのことは見ててあげるから」とまで言われ、本体が剣であるふたりが馬車に酔うことなどないのだけれど、なぜかふたりもほしいほしいとせがみはじめる。
人間の真似をしたいのかもしれない。
しかたなくその店まで僕とジェイドで買いに行くことにした。
その店はたしかに停留所のすぐ近くにあった。
古びた看板を掲げたその店は、雑多な商品を広く取りそろえた日用品店だった。
「本当に必要か? 酔い止め」
「剣だから酔うことはないんだけど、それを説明すると余計めんどくさくなりそうだし」
「だよな」
適当に飴でも買っとくか、とジェイドが棚に手を伸ばしたとき、すぐ横から別の手が伸びてきた。
その手は飴の横に置いてあった酔い止めを掴む。
「これこれ! これがないとだめなんだよねぇ」
キャスケット帽をかぶったその人物に、僕は見覚えがあった。
「あ」
目が合った瞬間その人物も気が付いたのか、あちゃぁ、と頭を押さえた。




