知っているものと知らないもの
聞き覚えのある声に、僕は咄嗟に振り向く。
「ジェイド!」
そこには、ちょうどギルドにやってきたばかりのジェイドがいた。
「バルムンク!?」
僕がここにいるとは思わなかったのか、目を丸くして僕を見た。
「あれ、店主さんとこのバルくんじゃねえっすか!」
ジェイドの後ろにはパーティメンバーと思われる冒険者たちがいて、その中のエッジもこちらに手を振ってきた。
依頼の帰りらしくみんなところどころ汚れている。
ジェイドの姿を見て気が緩んだのか思わず僕の涙腺が緩む。
涙目になった僕を見てジェイドがすぐに駆け寄った。
「ルーシーちゃんになんかされたか? ここでルーシーちゃんに逆らうことは死を意味するからな。何やらかしたかしらねえが、とりあえず謝っとけ!」
まるで命乞いでもするみたいに、慌てて僕の頭を押さえて下げようとする。
「あら? 誰かと思ったらジェイドじゃない。何か勘違いしてるみたいだけど、あんまり失礼なこと言ってると、あのことバラしちゃおっかなぁ」
「ル、ルーシーちゃん、それだけは!」
何か相当な弱みを握られているらしい。冒険者をしっかりコントロールしている。さすがはギルド職員だ。
「違うよ、ジェイド。僕ジェイドに指名依頼をしに来たんだ」
「指名依頼?」
それを聞いた瞬間、真剣な表情になる。
ジェイドもすぐに察したのだろう。
僕が一人でこんなところにやってきてジェイドを呼ぼうとした理由を。
「あいつに何があった?」
「どうしようジェイド。店主がいなくなっちゃった……」
◇◇◇
「で、これが貼られてたと」
僕とジェイドは店に戻ってきた。
カウンターに座るジェイドの手には、店のドアからはがした張り紙が握られている。
何かを考えるようにその文字を指でなぞる。
「やっぱり昨日のあいつが原因か?」
突然現れた謎の古道具屋の男。
あの男に対する店主の態度は明らかにおかしかった。
あんな殺意を店主から感じたことは一度もない。
「多分そうだと思う」
「でも、おかしいっていやあここ最近ずっと変だったよな」
僕と双剣は頷く。
はっきりと違和感を覚えたのは呪符の貼られた遺失物を拾ったときから。
でもそれ以前にも、何か大きな秘密を抱えているようなそぶりが何度もあった。
「ちゃんと聞けばよかった」
僕にも忘れられない思いがあるように、誰でもみんなそんな思いを抱えている。きっと店主だって。
僕は数えきれないくらいの年月を生きてきたから、それが当たり前だと思ってしまっていて一度も店主に訊ねたことがなかった。
踏み込んだらいけないような気もしていた。
でも、ちゃんと聞いていたら、もっと頼ってもらえたかもしれないのに。
「お前だけじゃねえさ、バルムンク。俺もあいつならなにかあっても涼しい顔していつの間にか解決してるんじゃないかって思ってた」
手のひらの紙に再び視線を下ろす。
そしておもむろにペンを手に取ると、『閉業』の『閉』の字を線で消した。そしてその横に大きく『休』と書く。書かれていた文字が『休業』になった。
「ここはあいつにとっても俺らにとっても大事な場所だ。いまはちょいと休みってことにしておこう」
「うん、そうだね」
「でも、どこを探せばいいのかしら」
「店主のいる場所がわかれば連れ戻せるのに」
ミランダとメリンダがバッグと帽子を身に着けて出かける準備を整えていた。
いますぐに店主のもとに行きたいが、どこに行けばいいのかわからない。
「あの男を探せばいいんじゃないか?」
「でも古道具屋ってことしかわからないよ。それにそれが本当かどうかもわからないし」
この場所は世界中のダンジョンにつながっている。
だから世界中のどこからだってここに来ることが出来るのだ。
捜索範囲が広すぎる。
「この前、エッジが街で店主を見かけたそうだ」
「街?」
「ジンデルってところだ」
「そこで店主は何をしてたの」
珍しく言い淀む。
そして真剣な顔で僕をまっすぐ見た。
「バルムンク。お前はあいつのこと、どこまで信じられる?」
「どういうこと……?」
ジェイドはエッジから聞いたという路地裏での店主の不可解な行動について話してくれた。
袖に血がついていたことも。
だからあのとき、店主のシャツの袖をめくっていたのか。
「それから……」
ここで一度言葉を切る。
その逡巡は店主を疑うことへの罪悪感なのかもしれない。
「その場所で、常連のおっさんの死体が見つかった」
「まったく同じ場所ってこと?」
「ああ。見つかったのは、エッジが店主を目撃した数時間後。お前、どう思う?」
ふ―っと息を吐いたジェイドの手が、カウンターの上を所在なさげにさまよう。
何か飲みたいのかと思ってエールの瓶を出そうとしたら手を振って断られる。
ジェイドは珈琲を飲まないから、僕は水を渡した。
「店主があの常連さんを殺したかもしれないってこと? 僕は……」
「もし店主が殺したとして、それがなんなの?」
僕の言葉を遮ってミランダが心底不思議そうな声を出した。
「ミランダ、人間はね。誰かを斬るのにも理由が必要なのよ」
「それってすごく変だわ。包丁がハムを切るのに理由なんていらないのに、人間は理由が必要なのね」
ミランダの言うことはもっともだ。
ただ、それは僕たち《《道具》》の言い分だ。
誰かが僕や双剣で人を傷つけたとしても、罰せられるのは道具ではなくそれを使用した人間だ。
「あのな、メリンダ」
「メリンダは私。こっちはミランダよ!」
「おお、すまん」
いまいちふたりの区別がついていないジェイドがメリンダに怒られる。
「とにかくな、もし本当にあいつがやったとしても、何か理由があるはずなんだ」
「僕もそう思う。店主は理由なく誰かを傷つけたりしないよ」
でも、どんな理由だろう。
わかっていることは店主が古道具屋の男とかかわりがあること。それから常連さんが殺された日に現場にいたこと。それから……。
「エチュードってなにかな」
古道具屋の男が言っていた。
『エチュードの8番がここにあったとは』と。
店にも倉庫の中にもそれらしきものは見当たらない。
「知らねぇなぁ」
「そういえば、私その言葉聞いた覚えがあるわ」
ミランダの声に僕とジェイドは彼女を見た。
今度はメリンダが答える。
「ほら、バルも一緒にいたから聞いているはずよ。倉庫の奥の扉の中から……」
「ああ、そういえば」
僕は倉庫の奥へ走った。無数の遺失物が眠るこの広い倉庫のさらに奥に、重そうな扉がある。
ここには店主が特別に封印を施した訳アリの遺失物が眠っている。
僕は扉を叩いた。そして何度か話しかけてみるが返事がない。
しかたなく店に戻る。
「どうだった?」
「だめ。眠ってるみたい」
だがあの遺失物は確かに言っていた。「エチュード」と。
「手掛かりはほとんどねぇが、とにかくここでぐだぐだ考えていてもしかたがねぇ。とりあえずジンデルに行ってみよう」
「うん!」




