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人間は苦手なんです② 何も告げずに

光の中から現れたのは、目の大きな初老の男だった。浅黒い肌に、アクの強い顔立ちをしている。

男はまっすぐと店の扉を開いた。


「やあ、こんにちは。来客中にすまないね」


笑顔だが、その瞳からは感情が読めない。

堂々とした足取りで迷わずカウンターの店主に近づく。

一度見たら忘れられない印象的な顔だが、僕には見覚えがなかった。


僕は洗い物をしていた手を止める。


「ああ、この前の」


何かに気づいたように、メリンダが店主のエプロンを引っ張った。


「古道具屋よ。留守番中に来たの」


その言葉にわずかに表情が固まった。けれどすぐに店主は完璧な笑顔をつくり男に訊ねた。


「どのようなご用件でしょうか」

「君がここの店主かい?」

「ええ、そうですが」

「ここに出入りしている古道具屋がいるだろう? 彼に頼まれてね。代わりに品物を引き取りに行ってほしいって」


男は値踏みするように店主をじろじろと不躾に眺めた。

僕に向けられたわけでもないのに、どうしてか僕はそれに嫌悪感を感じた。

だが店主は一切表情を変えることもなく、完璧な笑顔を貼り付けたまま男を倉庫に案内する。


「引き取りをお願いする品はここにあります。前回取りに来てからそんなに日が経っていないので少ししかありませんが。……本当に頼まれてここに来たんですよね?」

「もちろん、彼に頼まれたんだよ。そうでなければこの場所に来ることはできないはずだろう?」


落とし物の持ち主か、この場所を知っている人しかこの遺失物センターがある空間にたどり着くことはできない。

移動用魔法陣は、移動したい場所を強く思い浮かべると作動する仕組みになっているからだ。


倉庫の隅の棚には、主に黒いグローブが入った箱が二箱置かれている。

いつもは数十箱ほど溜まってから取りに来ている。

男と店主の間には、妙な空気が流れている。

どちらも笑顔なのに、探り合うような張り詰めた空気。

僕たちはただ黙ってそれを見ていた。


「それにしても、ここにはずいぶんと貴重なものが揃っているね」


箱をもって倉庫を出た男が、店の中を見回した。

カウンター後ろの棚にある僕の本体に視線を移し、そして僕を見る。


「”竜殺し”か。伝説の剣までここにあるとは。さすがはダンジョンの遺失物センターだ。それから……」


男の視線がまっすぐに店主を捉えた。

笑っているのに笑っていない、暗く底のない、すべてを飲み込んでしまいそうな大きな瞳が獰猛な色を放つ。


「エチュードの8番がここにあったとは」


その瞬間、店主からいままで感じたことのない殺気を感じた。

音が消え、空気が凍てつくような、暴力的な気配。

全身がびりびりと痺れる。

店主を守らなければいけないという本能に似た感情が溢れた。

気が付くと、体が勝手に動いていた。

僕だけではない。

僕と双剣が咄嗟に店主をかばうように男と店主の間に立ち、カウンターで酒を飲んでいたジェイドが、テーブルに片膝をついて身を乗り出し、男の首に剣を向けていた。

双剣も、いまにも飛び掛かりそうに感情をむき出しにして男を睨みつけている。


店主はこの男を敵だと判断した。

店主の敵は、僕たちの敵だ。


店主は男に手を伸ばし、手のひらを向けていた。


「私は……人間は苦手なんです」


その手から、白い光がゆっくりと溢れ出す。


「だって、手加減が難しいじゃないですか。うっかり殺してしまうかもしれません」


まるで世間話をするような穏やかな口調で店主が続ける。だがその声には、ゾクッとするほど温度がない。

男はこんな状況だというのにどこか愉快さを隠しきれない様子で笑うと、両手を挙げて首を横に振った。


「まいったよ。そう熱くならないでくれよ。私をここで殺すのは簡単だろうが、君にとっては不都合のほうが多いと思うがね」


男は懐に手を入れ、店主に何かを見せた。

一瞬でよく見えなかったが、それを見た店主がゆっくりと手を下ろした。

そして、威嚇を続ける双剣の頭を撫で、ジェイドに視線を送る。

ジェイドは男を睨みつけたあと、すっと剣をしまった。


「あなたの鑑定眼が確かなのはわかりました」

「おや、ずいぶん含みのある言い方だね」

「性格ややり口が非常に汚い」


店主が僕たちをかばうように前に出て、男に近づいた。

軽蔑を浮かべた冷たい目で男を見据える。


「はっはっは! それは誉め言葉と受け取っておこう。この仕事には必要なものだからね」


大きな声でひとしきり笑ったあと、男は箱を持って帰っていった。


店主は、それを無言で見送った。

その後姿がとても張り詰めて見えた。


「店主……」


僕が声をかけると、店主はゆっくりと振り返った。

その表情は穏やかで、すっかりいつもの店主の笑顔に戻っていた。


「すみません、お恥ずかしいところをお見せしました」


困ったように眉を下げ、頭に手をやる。


「おい、あいつは誰なんだ」

「私も知りません。ですが……」


店主はその先は答えず、カウンターの棚からエールを取り出した。

グラスに注いでジェイドに差し出す。


「お礼です。君たちも、さっきはありがとうございました」

「礼なんかいい。それより大丈夫なのかよ」

「ええ、何も問題ありませんよ」


差し出されたエールを口に運びながら、ジェイドが顔を顰める。店主の言葉が信用できないという顔をしている。

店主のエプロンを握りしめたまま離れないミランダとメリンダの頭を優しく撫でて、お礼を告げる。

怖かったのか、ふたりは何も言わずに店主にぎゅっと抱きついた。


「もう大丈夫ですよ。彼がここに来ることは、二度とありませんから」


妙に確信めいたその言葉に、僕は違和感を感じる。


「本当に? 本当に大丈夫なの?」

「バルムンクも、心配かけてすみません。本当です。約束します」


幼い子供に言い聞かせるように、店主が僕の顔を両手で包んだ。

その手がとても温かくて、僕は少し安心した。


「温かいものでも飲みましょう。珈琲しかありませんけど」


店主はにっこりと微笑んだ。



◇◇◇



翌日、店主の姿がどこにもなかった。


「店主……?」


いつ寝ているのかわからないほどいつもカウンターにいて座って珈琲を飲んでいるのに、遺失物センターのどこを探しても店主が見当たらない。


店の外には双剣がいて、青ざめた表情で何かを見ていた。


「ミランダ、メリンダ?」

「バル……」


震える小さな指が示したのは、一枚の張り紙だった。

店のドアに張られたその紙を見て、僕は驚きすぎて何の言葉も出なかった。


『遺失物センターは閉業しました』


足元が崩れ落ちるような不安が襲う中、僕は心の中で、必死に店主を呼んだのだった。



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