双剣のおるすばん③ 壁の穴
魔石がまた光りはじめた。
空気が冷え、霜が降りる。
そしてその光が大きくなり、氷の粒がだんだんと鋭くなりはじめたところで、ぴたりとその光が止まる。
氷が溶けだし、結露した水滴が箱の底面を濡らす。
「あ、あれ? なんでだ?」
焦った魔石が何度か試すが、結果は同じだった。
「この箱のせいか……!?」
考えられるのはそれしかなかった。
蓋を閉めていないから効力は半分だが、店主の封印の魔法が確実に魔石の力を奪っていた。
「これでわかったでしょう?」
「店主はすごいのよ」
魔石はいま自分の身に起きていることが理解できなかった。
魔力の源である魔石が、人間の魔法に負けた。
これはどう考えても普通じゃない。
勝ち誇ったように見つめるふたりの瞳がきらりと光る。
「店主が帰ってきたら怒るわね、きっと」
「お店の壁に穴をあけたんだもの、当然よ。それにあの脳筋だって黙っちゃいないわ」
「そうね、きっと真っ二つに割ってくれるわ。それが唯一の取り柄だもの」
店主とジェイド、ふたりが覚えている数少ない人間だ。
「魔石って割ったらどうなるのかしら」
「粉々になっても、いまみたいに偉そうにしていられるのか、楽しみね」
魔石ははじめて身の危険を感じた。
ただの箱にこんな魔法をかけられる人物だ。
そうとう強いことは間違いない。
魔力を封印されてしまえば、自分はただの石ころに過ぎない。
もし本当に割られてしまったら——。
一度も感じたことのない恐怖という感情が生まれ、氷属性なのに寒気を感じた。
「な、なあ、悪かったよ。馬鹿にしたこと謝るからさ」
ふたりの顔色をうかがいながら、魔石が謝罪の言葉を口にした。
それに彼女たちは唇の端をあげてにやりと微笑んだ。
「じゃあ、私たちにパフェの作り方を説明しなさい!」
「はぁ? なんで俺が」
「あなた知ってるって言ってたじゃない。もしかして知らないのに知っているふりをしてたのかしら」
「ぷっ、それ一番ダサいわね」
彼女たちの煽りスキルは日々向上している。
その切れ味は剣と同等かそれ以上だ。
「く、くそ。なんでパフェなんて」
「珈琲ミルで粉にした方が早いかしら?」
「私あれ一度やってみたかったのよね」
「わかった、わかったよ!」
そうして魔石は、生クリームをキンキンに冷やすことにその魔力を使われたのだった。
なんとか形になったパフェを食べたふたりは「思ったよりたいしたことないわね」と感想を漏らした。
彼女たちが食べたのはミニトマトと冷やした生クリームと、レタスやハムなどの適当な材料をごちゃまぜに詰め込んだだけのものだったのだが。
食べ終わったころ、ふいに店の外にある移動用の魔法陣が青く光った。
「ようやく来たか」
「誰?」
「俺の持ち主だ。っても、ただの所有者ってだけでよく知らない人間だ」
魔法陣から現れたのは初老の男だった。
顔に刻まれた皴とその大きな黒い目は何度か周囲に探るような視線を送ったあと、ふたりを見てにこりと笑った。
だが目は笑っていない。
「やあ、こんにちは」
男はドアを開け店に入ると、一瞬その大きな目を見開いた。
壁に空いた穴と生卵と生クリームだらけのキッチン。顔じゅうどろどろに汚れた双子の姿に驚いたのだ。
だがすぐに元の表情に戻ると、魔石を指さした。
「これは私の落とし物のようだね」
ふたりは無言でただ男を見た。
店主からは知らない人についていってはいけないときつく言われている。
知らない人だからと警戒しているのだ。
その姿を見て「えらいな」と感心したように頷くと、男は勝手に魔石を手に取った。
「これはもらっていくよ」
男はそう言うと、魔石をポケットにしまい出口に向かった。
「そういえば、今日は店主はいないのかい?」
「いないわ」
「ちょっと、ミランダ!」
男の質問に答えたミランダをメリンダがスカートの裾を引っ張って窘める。
それを気に留める様子もなく、男はカウンターの奥の扉に視線を移した。
男の大きな瞳がわずかに細くなる。
「そうか、いないのか。私は古道具屋でね。道具を引き取りに来たんだが……。まあいい、また出直すとしよう」
「古道具ってことは、この前ワンコを引き取った人?」
「ワンコ?」
遺失物センターでは定期的に、持ち主が引き取りに来ない遺失物を古道具屋に引き渡している。
ワンコとは一時期センターにあった惚れ薬のことで、店主の魔法で犬に変えて、一緒に遊んでいたのだ。
だがその惚れ薬を引き取りに来たのが誰だったかまではふたりは覚えていなかった。
基本的に彼女たちは人間には興味がないし、覚える気もないのだ。
「ワンコはわからないな。だけど、いままで引き取ったものはみんなちゃんとお店に並んでいるよ」
知らないのも無理はない。本来それは惚れ薬の姿をしているのだから。
ふたりは何の疑いもなくその話を信じた。
そして男は帰っていった。
しばらくして、店主たちがダンジョンから戻ってきた。
魔法陣を出てすぐに、後ろ歩きをして三人でぶつかる。
「痛てっ!」
ダンジョン『逆行する草原』は、前に歩くと後ろに下がる。右に行くと左に行ってしまう。そんなダンジョンだ。
店主たちはダンジョンでは後ろ歩きをすることで前に進んでいた。
その歩き方が、戻ってきたばかりだからまだ抜けないのだ。
店に入るまでに何度も前に歩いたり後ろに歩いたりしながら、ようやく店に入る。
「もう大丈夫です。もう間違えませんよ」
もうすっかり元の歩き方を思い出したと自信をもってドアを開けた店主が、思い切り後ろに下がってジェイドにぶつかった。
「お前いま間違えないって言ってただろうが!」
店主の後頭部に顔をぶつけたジェイドが文句を言う。
だがジェイドも店に入って店の惨状を目にして、思わず後ろに下がる。
「ちょっと店主もジェイドも危ないからちゃんと考えて歩いてよ!」
一番最後に店に入ったバルムンクが、驚きすぎて後ろに吹っ飛んだ。
「……ミランダ、メリンダ。強盗でも入りましたか?」
ふたりはぼろぼろのキッチンの中から満足そうに微笑んだ。
「いいえ、とても平和だったわ」
「…………そうですか」
全員で片付けをし、壁の穴はジェイドが板を打ち付けて何とか補修した。
「とりあえず片付きましたね」
「ふたりとも、なんで急にパフェなんか」
「だって、食べてみたかったんですもの」
「でも、店主の作った甘い珈琲のほうが私は好きよ」
機嫌を取るように言われて、思わず店主も苦笑する。
いろんなことに興味を持ちはじめたふたりを、店主は好ましく思っているのだ。
「そういえば、少し前に古道具屋が来たわ」
「古道具屋? どんな方でしたか」
「目の大きな男の人よ」
「……妙ですね」
店主は顎に手を当て何かをじっと考え込んだ。
だがすぐに表情を戻すと、綺麗に片付いたキッチンで珈琲を淹れた。
「今日はなんだか疲れましたね」
「俺は酒で頼む」
「じゃあ、これが報酬ということで」
カウンターにはいつもどおりの光景が広がっている。
だが、壁に空いた穴の隙間からは、冷たい風が吹いていた。




