双剣のおるすばん① パフェが食べたい
店主たちが『逆行する草原』で歩き方の練習をしていたそのころ、遺失物センターでは双剣のミランダとメリンダがキッチンに立っていた。
血の気の多い剣である彼女たちが、魔物との戦いを断ってまでここに残ったのにはある理由があった。
「ミランダ、準備はいい?」
「ええ、もちろん」
彼女たちの手に握られていたのは一冊の雑誌。
人間と触れ合う機会がほぼない彼女たちにとって、唯一の情報源はカフェの客が置いていく雑誌だった。
ふたりの最近の興味は、恋愛とファッションとスイーツに向けられていた。
雑誌には、パフェの絵がのっている。
見たことも食べたこともないカラフルなパフェに心を奪われた彼女たちは、これを作ってみようと思い立ったのだった。
「まずは材料ね」
ありったけの食材を棚から取り出しカウンターの上に置いていく。
生クリームや、ナッツ、珈琲豆と卵、レタスやハムなどがずらりと並び、それを見て二人は腕を組んだ。
「このパフェってのには一体何が入ってると思う?」
「いろんなものが使われているみたいだけど、何かしら?」
ふたりが作ったことのあるものといえばカフェラテのみ。
基本的に店では珈琲しか出さないのだ。
ナッツやその他の食材は、主にジェイドに出すためのつまみや店主の軽食のために置いてある。
そもそも剣であるバルムンクや彼女たちは食べる必要はないのだから、食材は少ない。
メリンダはパフェの上の部分を指さした。
「これはクリームよね?」
「そうね。でもその下にも似た色のものがあるわ」
ミランダがパフェの中ほどにある黄色がかった乳白色の丸い玉を見て首を傾げた。
「ゆで卵かしら?」
その言葉にメリンダの顔がぱっと明るくなる。
「そうね、ゆで卵よ! ミランダにしてはなかなか鋭いじゃない」
さっそく卵を手に取る。
「ゆで卵の作り方、わかるの?」
「もちろん! 店主が作るのを見てたからね」
メリンダが得意げに卵を高く掲げた。それを期待の眼差しでミランダが見つめる。
「こうするのよ!」
メリンダは勢いをつけてカウンターの角に卵をぶつけた。
ぐしゃりと崩れた卵は粉々に割れた殻とともに、でろんと床に落ちる。
「きゃぁぁぁ!」
「腐ってるわ!」
ふたりは驚いて悲鳴を上げながら抱き合う。
もちろんこれは生卵だからなのだが、料理スキルが0の彼女たちには知る由もない。
気を取り直して、今度はミランダが卵を手にする。
店主がカウンターの角に卵をぶつけてゆで卵の殻を剥いていたのを、ミランダも思い出したのだ。
「私、やってみる。今度は大丈夫かもしれないわ」
「頑張って、ミランダ!」
今度は優しく慎重に、とんとんと角にぶつける。
ぐしゃり。
でろん。
「きゃぁぁぁ!」
「やっぱり腐ってるわ!」
涙目で抱き合いながら、彼女たちは結局すべての卵を割り、割れた卵が床をべたべたと汚していた。
あまりの惨状に、しばし無言になる。
これは怒られるかもしれない。
そうふたりは考えて顔を見合わせる。
だが長い年月を生きてきた魔剣である彼女たちがそんなことでパフェづくりをやめるはずもない。
「とりあえず、他の材料を見てみましょう」
現実から目を背けるという技を使い、ふたりはふたたび雑誌を覗き込んだ。
苺の乗ったパフェ。中にはチョコレートとバニラの二種類のアイスがあり、まわりにコーヒーゼリーとクッキー、カスタードクリームが敷き詰められている。
おいしそうな一般的なパフェだ。
ちなみにゆ卵だと彼女たちが勘違いしたのは、バニラアイスである。
「ねえ、この赤いのはなにかしら」
「血の色と同じくらい赤いわね」
赤といえば血。
彼女たちにとってはそれが普通だが、パフェにおいては間違っている。
苺を知らない彼女たちは赤いものを探してキッチンを行ったり来たりしている。
「これじゃない?」
メリンダが持っていたのは、ミニトマトだった。
普段はあまり表情の変わらないミランダが嬉しそうに目を細めた。
「完璧だわ」
「じゃあ、この茶色いのはなんだと思う?」
「そうね、この中で茶色といえば……」
メリンダがカウンターの上の食材にじっくりと視線を向けた。
レタスやハムは色が違うから除外する。珈琲は液体だから違うし、生クリームも違う。
考え込んで、少し悲しそうにため息を吐く。
「ここにはないのかもしれないわ」
そもそもパフェをつくることはふたりだけの秘密だったし、材料が揃っていると思っていたことが間違いだったのだ。
準備不足を痛感し表情を暗くしたミランダに、メリンダが焦る。
「でも他に食べ物がある場所なんて……」
「待って。——食べ物じゃないのかもしれないわ!」
「どういうこと?」
真剣な顔をして自分の考えを話すミランダに、メリンダも真剣な顔をして耳を傾ける。
「だってこの雑誌を見て、メリンダ。どこにも食べ物だなんて書いてないわ」
「本当ね! そのとおりよ」
「このグラスだってスプーンだって食べられないもの。だから、この中に食べられないものが入っていても不思議じゃないわ」
妙に説得力のある持論を展開するミランダに、きらきらと目を光らせてメリンダが両手を顔の前で組んだ。
「あなたいつの間にそんなに天才になったの? 姉として誇らしいわ」
「何言ってるのよ、私が姉よ」
「はぁ? 姉は私だってば」
「私よ」
「はは、お前ら馬鹿じゃねーの」
いつものように喧嘩がはじまりそうになった時、突然声が聞こえてきた。
嫌味を含んだ、悪意のある声。
ふたりは顔を見合わせ、警戒心をあらわにして声がした方を向く。
店の外に、何かが見えた。




