すべては逆行する③ クァール戦
クァールは前脚で地面を大きく掴み地面を走る。
草原を縄張りにしているだけあって、惚れ惚れするくらい綺麗な走りだ。
ジェイドは剣を取り出すと正面で構える。
その顔には楽し気な笑みが浮かんでいる。何事もない方がいいとは言っていたが、やっぱりジェイドも退屈していたみたいだ。
ぐるると呻り声を上げた後、クァールが高く跳躍した。
長いひげは電気を蓄えているのか、小さな黄色い光の筋がいくつも光って見える。
そのひげが鞭のようにしなってジェイドに一直線に飛んでくる。
ジェイドは落ち着いてそれを剣で払うと、無防備になった腹を鋭く斬りつけた。
だがさすがは動きの素早いクァール。
ネコ科特有の動きで体をねじってよけ、致命傷には至らない。
鋭い爪と長いひげで交互に攻撃をしてくるが、ジェイドも剣の動きをわざと小さくして相手に入り込む隙を与えない。
手数ではクァールに軍配が上がるが、わずかな隙を突いた攻撃の正確さはジェイドの方が上だ。
クァールは音もなく高く飛び上がり、しなやかに反転するとジェイドの背後をとる。
だがジェイドも剣を地面に突き刺して、それを支柱に後方に跳んでそれを躱した。
着地すると同時に剣を地面から引き抜き、そのままの勢いで前脚を攻撃する。
一度で与えるダメージは少しだが、着実に相手のダメージは蓄積されている。
「どちらも動きが速いですね」
「正直速すぎていま何をしてるのかも見えないよ」
「それにしても、動きが反対になるのによくあそこまで器用に動けますね」
最初ぎこちなく戸惑っていたのが嘘のように、攻めるときも防御のときも、いまは正確に前後左右間違えずに動いている。
「多分あれ、理屈っていうか本能で動いてるんじゃないかな」
「ああ、なるほど。それはありそうです」
ジェイドはそういう人ですねと店主がなぜかすごく納得する。
だんだんと弱ってきたクァールが、大きく一声鳴いた。
それを合図に空気がパチパチと音を立てて鳴りはじめる。
ひげの光が強くなり、二つのひげの先端にはビリビリと小さな稲妻が走る大きな光の玉ができている。
ブラスターボール。
とても強い雷属性の攻撃だ。
「ねえ、ここって初心者向けのダンジョンだったよね」
「そのはずですが」
「クァールって初心者向けなのかな」
「どうなんでしょう。でも、もしまともにあの攻撃をくらったら、黒焦げでしょうね」
ふふっと店主は笑う。
笑い事ではない。
よくわからないが、魔物を1体も倒さずにダンジョンを出ようとしたことで、ダンジョンが怒ったのかもしれない。
あまり知られていないことだが、ダンジョンにも意思があるのだ。
もしかしたらクァールはこのダンジョンの隠しボスで、ダンジョンに来たのに戦わないのは何事だと、ダンジョンの意志で僕らに攻撃を仕掛けに来たのかもしれない。
なんにせよ、ダンジョンでは何が起こっても不思議ではない。
「ちょっとまじかよ、おい」
ブラスターボールにジェイドが焦る。
もちろんジェイドもクァールの攻撃を熟知している。
けれど初心者向けダンジョンではさすがにブラスターボールは投げてこないだろうという思い込みがあった。
しかも、雷を通さない素材の装備を着ていないから焦るのは当然だ。
「問題ありません。そのまま続けて」
店主が魔法でジェイドの周りに回転する風を発生させた。
渦を巻くように砂や落ち葉を巻き上げて、ジェイドの周りをくるくると回り続ける。
「続けろって言ったって……」
ブラスターボールがクァールのひげから放たれた。しかも2発同時に。
丸い光はひげから離れた瞬間見る間に大きくなり、それは巨大な雷となってジェイドの頭上に落ちてきた。
「ジェイドっ!」
僕は思わず叫ぶ。
バリバリッとものすごい音と光を伴ったそれはジェイドの周りを激しく回る風の壁に衝突すると、そのままジェイドに触れることなく地面へ吸い込まれていった。
閃光は地面を泳ぐように進み近くの木にぶつかると、その衝撃で木が大きな音を立てて根元から裂けた。
真っ二つになった木を茫然と見つめたあと、ジェイドが店主を振り返る。
「店主お前、いま何を……?」
「雷は最短距離かつ電気抵抗の低い方へ流れるので、雷の通り道を物理的に作ってみました。……ああ、ちなみにジェイド。感電対策でいま少し浮かせてますから、気にせずそのまま戦ってください」
「ええ……」
言っていることが理解できなかったのか、それとも店主の理屈っぽい魔法に驚いたのか、とにかくジェイドはドン引きしていた。
雷攻撃が効かなくなったジェイドは、そのままなんなくクァールを倒した。
「びっくりしましたね、いきなりクァールが出てくるなんて」
「俺はお前に驚いてるよ」
「そんなに驚くようなことしましたか? ……そういえば、さっき何か言いかけていませんでしたか?」
店主が微笑んでジェイドに訊ねた。ジェイドはびくっと体を揺らして立ち止まる。




