すべては逆行する② ウェンディゴ
「このあたりじゃないですか?」
結局僕たちは魔物と戦うことは一度もなく、遺失物の声が聞こえたあたりに到着した。
さすがは初心者用ダンジョン。
「なんか拍子抜けだね」
「もっと魔物がいた方がよかったですか」
「そういうわけじゃないけど、あまりに順調だからさ」
「たしかに、せっかくジェイドに依頼を出したのにもったいない気もしますね」
「いいじゃねえかよ、何事もない方が」
「冒険者とは思えない言葉です」
遺失物探しではなく冒険を楽しみたかったというような店主の言葉にジェイドは一瞬目を開く。
せっかく依頼をだしたのだからと言い訳をしているが、なんだかんだ店主もダンジョンの攻略を楽しいと思いはじめているのかもしれない。
僕が店主とダンジョンに行きはじめた当初は、冒険というよりもただの作業だった。
淡々と目的の場所に向かい、まっすぐ遺失物センターに帰る。僕も剣の姿のままだったし、必要以上の会話はせずとても静かな探索だった。
それはそれで店主らしいが、いまの店主はとても楽しそうに見える。
ジェイドはにやりと口の端を上げた。
「ボス戦やってみるか?」
「ここのボスはどんな?」
「巨大なウェンディゴだ」
ボス戦に興味を引かれた様子の店主にジェイドが答えた。
人見知りで二足歩行の巨大な鹿がこちらを見てもじもじとしているところを想像して、なんだかかわいそうになる。
「……やめときましょう」
店主の考えていたボス戦とは、やはり違ったようだ。
僕たちは草原を手分けして探した。
遺失物がどんな形のものなのかもわからない。
鋭く長い葉っぱに覆われているから、もし小さい遺失物が地面に落ちていたとしたら、探し出すのはかなり困難だ。
「バルムンク、もう少し声で絞り込めませんか」
店主も声は聞こえているはずだが、正確な位置は掴めないようだ。
僕は目を閉じて耳を澄ませる。
だが風にそよぐ草の音が大きい。
「ごめん、風のせいでよく聞こえない」
「じゃあ風を止めましょう」
言い終わるよりも早く、店主が手のひらを空に向けた。青白い光がぽうっとあたりを包む。
「このあたりだけ範囲指定で空気の壁を作りました。風の音も聞こえなくなるはずです」
「魔力切れになるなよ」
「なりません」
この前行った『フェアリーガーデン』で店主が魔力切れになって珍しくぼろぼろになっていたことをジェイドが揶揄う。
それに眉を寄せて店主が苦笑する。
「あんなことは滅多に起こりませんよ」
僕は風の音が止んだ空間の中でもう一度耳を澄ませる。
微かに声が聞こえる。
助けを求める、小さな声だ。
「多分あっち」
走り出した僕をジェイドと店主が追ってくる。
もうずいぶんとここのルールにも慣れ、歩き方を間違えることもない。
僕は声がした場所の草をかき分けた。
すると、片方だけの黒いグローブが現れた。
「あったよ!」
グローブを手に取り店主に差し出した。念のためもう片方もないか探してみたが、見つからなかった。
「遅くなってすみません」
優しくグローブを受け取ると、店主はついた泥を丁寧に払った。
グローブは、冒険者になりたての若い男が店から買ったばかりで、持ち主の顔もよく覚えていないと言った。
「黒のグローブは本当によく落ちていますからね。しかも持ち主が現れることはほぼありません」
ちらりと店主が僕を見る。
黒のグローブが多い原因は、僕の持ち主だった冒険者の影響なんだそうだ。冒険者あこがれのアイテムとして人気が高いが、手にしっかり馴染んだものでないと、剣が滑りやすかったり何かと使いにくいらしい。
だから途中でグローブを外し、その結果落としてしまう冒険者が多いという。
みんな形から入りすぎだと思う。
「持ち主に思い入れがないのなら、また新しい持ち主を探すという手もありますよ」
店主がグローブに提案する。
持ち主が引き取りに来ないモノは、遺失物センターの倉庫にしまわれるか、定期的にやってくる古道具屋に引き取ってもらう。
この前も、大量のグローブを引き取ってもらった。
きっとこのグローブも、新しい持ち主を求めて店に並ぶだろう。
「さて、遺失物も見つけましたし、戻りましょうか」
正面の大きな山に背を向けて歩き出す。
山側から照りつける日の光が逆光になって前に長い影を作る。
「……なあ、お前さ」
ジェイドが突然切り出した。
珍しく硬く緊張した声だった。
「待ってください」
それを店主の鋭い声が遮った。
「見て」
短く示したのは、地面に伸びた影だった。
僕たちの三つの影に混ざって、一つの影がだんだんとこちらに近づいてくる。なかなかのスピードだ。
ジェイドが腰の剣に手を伸ばして振り返る。
「ありゃクァールだな」
クァールは長いひげを持つ黒豹によく似た魔物で、電気を放電して敵を感電させる。
「よかった、ジェイドの仕事ができました」
「ウェンディゴ以外の魔物がいて、なんかほっとしたよ」
せっかく護衛を頼んだのだから、ジェイドも働きたいでしょうと店主がにっこりと笑い、とても魔物に追いかけられているとは思えないのんきさで僕たちは立ち止まる。
呆れた顔で僕らを睨みつけるジェイドに、店主が手を振った。
「今度は走る方向、間違えないでくださいね」
「間違えるかよ」




