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すべては逆行する① 逆行する草原

世界中のダンジョンをつなぐ亜空間に存在する『ダンジョン遺失物センター』。

ここにはいろいろな遺失物の声が届く。


今回の遺失物は、『逆行する草原』から助けを求めていた。

アデラインという国にある、比較的初心者向けのダンジョンだ。

果てしなく広がる草原と、ところどころに点在する低木が空の広さを際立たせる。

ダンジョンの中だというのに外を歩いているような、気持ちのいい風と草の匂いが漂う。


入口の浅いところには魔物が出ないため、ここに自生する薬草を採取しに薬剤師が訪れることもあると、以前遺失物センターに来た人も言っていた。



近頃はダンジョンに入るときは絶対に俺を呼べとジェイドがうるさいので、深層に行く予定はないがジェイドも一緒だ。


「じゃあ、行きましょうか」


いつものように黄色いエプロンをつけ、ピクニックにでも行くかのように軽やかに店主が前を歩く。


「ちょ、ちょっと待て!」

「うわっ、ぶつからないでよジェイド」


『逆行する草原』にはある特徴がある。

それは、前に進むと後ろに進んでしまうというなかなかやっかいなものだった。


「ジェイド、視線は進行方向を向いたまま後ろ歩きをすれば前に進めますよ」

「んなこた分かってんだよ」


頭で理解していても実際に体を動かすのは違う。

僕も何度も普通に前に向かって歩いてしまい、置いて行かれそうになっている。


「ここに来たのは初めてじゃないはずでしょう?」

「それこそ冒険者になってすぐに来たけどよ、そんな簡単なもんじゃねえだろ。逆になんでお前そんなに普通に歩けるんだよ、店主」

「こう見えて結構考えて慎重に歩いてますよ」

「どこがだよ。涼しそうな顔しやがって」


店主はその言葉どおり涼しげに微笑んで顔にかかる髪を耳にかけた。


広大な草原だが、正面に一つだけ大きな山が見える。そのおかげで方向を見失うことはなさそうだった。


「それにしても、来るの早かったですね」


一応今回も護衛依頼をギルドに出している。

今回は初心者用ダンジョンだったので他の冒険者が依頼を受ける可能性もあったため指名依頼をしたらしい。

はじめて店主から来た指名依頼に、ジェイドは1時間もしないうちにやってきた。


「指名依頼なんて滅多にないからな。つーか、指名にしろってずっと言ってただろ? これからもちゃんと指名しろよ」

「なぜですか?」

「なんでってお前、そもそも人見知りだろ?」


前方に魔物が見えた。

ウェンディゴという、頭が鹿の二足歩行する魔物だ。

見た目は怖いがそこまで凶暴ではない。


ジェイドが腰から剣を取り出す。愛用のロングソードだ。

双剣は作ってみたいレシピがあるからと、今日は人間の姿で店番をしている。

それはそれで心配だが、店主は「知らない人について行ってはいけませんよ」とだけ言って店番を任せた。


「人見知りっていうよりも……私は、人が苦手なんです」

「同じことじゃねえか」

「そうですか?」


ジェイドが走って威勢よくウェンディゴに斬りかかろうとする。

剣を構えたまま、右足を大きく踏み込む。


「うわあああ!」


ジェイドがものすごい速さで後ろに下がっていく。

走れば走るほど自分が魔物から遠ざかっていくことに理解できずに、驚いた表情を浮かべている。体の制御ができていない。


「危ないっ!」


ジェイドの剣が僕を横切る。


「ジェイド、前じゃなくて、後ろに走らないといけないですよ」

「だぁっ! 何なんだよこのダンジョン、めんどくせぇなぁ!」


一度剣をしまったジェイドが、とぼとぼと戻ってくる。

先ほどの威勢も消えている。

ウェンディゴはこちらから攻撃を仕掛けない限りは向かってこないので、ただ二本足で立ったままじっとこちらを見ている。それはそれで不気味だ。


「ちなみに、右に行くときは左へ、左に行くときは右へ行くようにしなければならないようですね」


店主がその場で軽く跳躍した。


「上下はそのままみたいです」

「俺こういうの苦手なんだよなぁ」

「僕も。後ろ歩きってなんか怖いし」

「ちょっと練習します?」


早くこの仕組みに慣れないと、さっきのジェイドみたいにいざというときに方向を間違えてしまいそうだ。向かう時は遠ざかるだけだが、逃げるときは逆に近づいてしまうことになる。それは避けたい。


「じゃあ、まずは前に一歩」


店主の号令に合わせて僕とジェイドがその場で動く。


「バルムンク、いまは後ろに一歩という意味ですよ」

「あ、間違えちゃった」

「これって後ろを向いて前に走れば、本来の進行方向に進めるんじゃねえ?」

「理屈はそうですが、下手すれば魔物に背中から突っ込みますよ」


それは嫌だと渋い顔をして、ジェイドも大人しく練習に参加する。

僕たちは何度か練習して、何とか行きたい方向へ歩けるようになった。

ウェンディゴは練習中もじっとこちらを見ていたが、ジェイドは戦闘中に頭を使いたくないといって、向かってこないのならと無視して通り過ぎた。


「遺失物はどの辺にあるんだ?」

「もう少し奥の方から声がしますね」


このダンジョンには層が存在しない。

通常なら上や下の階に行くほど強い魔物が現れるようになり、最後にはボスが現れる。


「ここは入口に近いほど弱く、奥に行くほど強くなるつくりになっているようですけど、その境がわかりにくいですね」

「そうでもねえぞ」


ジェイドが点在する低木を指さした。

葉っぱや枝に特に他と違いがあるようには見えない。


「木、ですか?」

「いや木のそばをよく見てみろ」

「あ……」


木の幹に隠れるように、ウェンディゴが2本足で立ってこちらを見ている。


「さっきのウェンディゴよりちょっと大きくない?」

「ああ。ウェンディゴの大きさが目安になるんだ」

「つまり普通のダンジョンだと、ここで層が変わるってことだね」

「それにしてもただ見られているっていうのも、なんだか気味が悪いですね」


鹿の顔をした魔物は、黒目だけの大きな目で戦いを仕掛けてくることもなくただじっとこちらを見る。

そんなウェンディゴが一定の間隔で存在し、しかもだんだんと大きくなっていくなんて。なんだかとてもシュールだ。


「もしかして、店主と同じで人見知りなのかも」

「何か言いました? バルムンク」

「な、なんでもないよ」


にこりと微笑まれて僕は思わず目を逸らした。店主に比べればウェンディゴのほうが怖くない。


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