エッジの休日
おつかれっす、エッジっす。
え? 誰だっけってそりゃないっすよ!
俺ですよ、俺。もう、冗談きついんすから。
今日は休みだったじゃないですか。
それで俺、買い物に行ったんっすよ。
この前宝箱からでた魔石が結構いい値で売れたんで、その金で買いたいものがあったんすよ。
何かって?
そりゃあもちろん、パンツっす。
ほら、こないだ一個使い物にならなくなったじゃないっすか。
だからいま俺、一枚のパンツで過ごしてて、いやもちろん毎日洗ってますよ。
でも毎日洗うっつっても、洗ってる間履くもんないじゃないっすか。
いまの季節そんなに寒くないし、まあそれでもいいかって思って、乾くまでぶらぶらしてたんすけど、メンバーから苦情が出て。
あんまり兄さんたち怒らせると俺パーティ追い出されるかなって。
それは嫌じゃないすか、パンツが原因でクビになったってあんま人に言えないし。
だから金もあるし、休みだし、ちょっといいパンツを買いに街に行こうと思ったっす。
いつも俺たちが買い物してるような市場じゃなくて、ちゃんとした店が並んだ、金持ちとかが買いに来るような街っすよ。
で、問題なのは、服装っすね。
ほら、俺が着てる服っていかにも冒険者って感じの、よく言えば歴戦の風格があって、悪く言えばまあまあ汚いじゃないっすか。
せめて装備を着けてたら、まあ冒険者かなって思ってもらえると思うんすけど、装備がないとこのシャツなんてただのボロキレみたいじゃないっすか。
悔しいけどこの台拭きのほうが綺麗っすからね。
こういうことないっすか?
服を買いに行くための服がない、みたいな。
あんなおしゃれな街をこの服でうろついたら浮くなって思ったし。
え? そりゃ俺だってそのくらい考えますって。ちょっと俺の評価低すぎません?
で、やっぱり頼りになるのは兄さんたちかなって思って聞いてみたんすよ。
街に着ていけるような服持ってませんかって。
そしたらみんな親切なんで、いろんな服貸してくれて。
でもよく見たら、いま俺が着てるやつよりずっと汚ねえんすよ。ドブみたいな臭いするし。
「なんすかこの服、ゴミすか」って聞いたら、
「ごめんごめん、エッジに似合うと思ったから」って。どう思います?
まあ、似合うと思ったんならしょうがないっす。むしろコーディネートしようとしてくれたってことっすから、感謝っす。
え? 何の話かって?
そんなに急かさずに、まあ、ゆっくり聞いててくださいよ。
で、結局いつもの格好で街に行ったっす。
何軒か気になる店があったんで入ったんですけど、門前払い2軒、強盗に間違われた店1軒って感じだったっす。
さすがおしゃれな街は違うっすね。
こういうの、セキュリティがしっかりしてるっていうんすよね?
仕方なく俺はぶらぶらと街を歩いてたんすよ。
正直おしゃれすぎて、看板と店名だけじゃ何の店か分かんなかったっつうのもありましたし。
気が付いたら、表通りから一本裏に入ってたっす。
古道具屋とか本屋とかがあって、はじめて行ったけどなかなか落ち着いてていい感じだったっす。
それで、ふと思ったんすよ。
新品じゃなくてもいいのかもしれないって。
装備だって服だって、着なくなったら売ることあるじゃないっすか。
新品買う余裕なんてないから、俺の装備だって中古だし。
だから、誰かが履いたパンツでもいいのかなって思ったんすよ。
それに気づいたときはもう、目からうろこでしたね。
なんで俺は新品にこだわってたんだろうって。
それで俺は、顔も知らない誰かのパンツとの出会いを果たすべく、古着屋に行こうとしたわけっすよ。
その時、ふと何気なく路地裏のほうを見たら、奥の方に誰かが背中を向けて立ってたんです。
あれ、なんか見覚えあるなって思って、俺立ち止まってずっと見てたんです。
そしたら、その人が振り向いて。俺思わず「あ」って声出しちゃって。
誰がいたと思います?
店主さんです。
あの、遺失物センターの店主さんが一人でいたんすよ。
こんな街中にいるとも思わなかったし、いつもつけてるあのダッサい黄色のエプロンも着けてなかったし、別人かと思ったんすけど、間違いなく本人でした。
あの嫌でも目につくエプロンをしていない店主さんは、まじで目立ってました。顔が。
いつもあのエプロンで中和されてたんっすね。あれしないとヤバいっすよ。顔にしか目がいかないんで、まじで。かなりヤバいっす。
で、俺は近づいて声をかけたんすよ。
「店主さん、こんなところで何してるんすか?」
最初は何の反応もなかったんで聞こえてないのかなって思ってもう一度声をかけようとしたら、ゆっくり振り返ったんす。
「ああ、エッジ。久しぶりですね」
「久しぶりっす!」
「この前はありがとうございました。装備を貸してくれて」
「いやこっちこそピカピカにしてくれてありがとうっす!」
なんかこの間いきなり団長にはぎとられた装備、店主さんがめちゃくちゃきれいにして返してくれて、なんなら新品かって思うくらいピカピカになってて、しかもすっげえ良い匂いになってたっす。
その時、風が吹いてなんか匂ったんすよ。
「あれ? 店主さんどっか怪我してます?」
「え?」
「なんか血の匂いがするっす」
「……嗅覚犬並みなんですね」
よく見ると、店主さんのシャツの袖のところに血がついてたんすよ。わりとべったり。
店主さんは怖いくらいに綺麗な顔で笑ったんっす。
「そこに猫がいて、ちょっかいを出したら引っ掻かれてしまいました」
「猫!? 俺猫大好きなんすよ。どこっすか」
猫と聞いたら黙っていられないっすよね? 店主さんを引っ掻くくらいだから凶暴な猫なんでしょうけど、俺、猫は凶暴な方が好きなんで。
それで路地裏に猫を探しに行こうとした俺の腕を、店主さんが掴んだんっす。
「喉、乾いてないですか?」
「え?」
「おごりますよ」
猫は好きっすよ? でもおごりはもっと好きじゃないっすか。
二つ返事で俺は店主さんについて行ったんっすよ。
連れてこられたのは、オープンカフェみたいなところで、いかにも高そうな長い名前の飲み物がずらっと並んでたっす。
せっかくなんで一番高い飲み物を頼んだんすけど、店主さんに何も言われなかったから、いいっすよね?
店主さんは珈琲を注文してたっす。
なんかいろいろ話をしてくれてたんすけど、店主さんがミルクも砂糖も入れてないのに珈琲をスプーンでくるくるくるくる掻きまわしてたんで、俺それが気になって話のほとんどを覚えてねえっす。
そしたら。
「ああ、君は30文字以上の言葉は分からないんでしたね。じゃあ、短く、簡潔に言いますね」
店主さんが彫刻みたいな顔をぐいっと近づけてきたっす。まつ毛長かったっす。
それで、ゆっくり、はっきり、言葉を区切って言ったっす。
「今日ここで見たことは、誰にも言わないで。特にジェイドには絶対に。わかりましたか?」
「……わかったっす」
「いい返事です。でももし約束を破ったら、その時は……」
店主さんはその続きは言わなかったっす。
◇◇◇
「ということがあったっす」
いつかエッジと一緒に来た月の見える酒場で、ジェイドはふたたびエッジと酒を飲んでいた。エッジはジュースだったが。
久しぶりの休日でのんびりした帰りに偶然エッジに会い、ジェイドが誘ったのだ。
しかし。
ジェイドはたったいまエッジから聞かされたこの話を、どう判断すればいいのか考えあぐねていた。
店主が外にいたこと自体は、珍しいが騒ぎ立てるほどのことじゃない。
珈琲豆だって、いつも用意してくれているエールやウイスキーだって、外で買っているはずだ。
だが——。
「あれ? 俺いま団長に話しちゃったんで、約束破ったってことになります?」
エッジが間抜けな声を上げた。
「どうしよ、ヤバいっす! 正直団長より断然あの人のほうが怖いじゃないっすか。どうしよ、俺殺されるんすか?」
「いや殺しはしねえだろ」
「団長にはわかんねえっすよ! あの目はマジっす」
「いやいやそんなこと——」
するわけないと言いかけて、ジェイドは口を噤む。
いったい店主のことをどれだけ知っているというのだろう。
路地裏で、赤い血をつけて一人佇む店主を想像する。
なにかよくないことが起きている。
それだけははっきりとわかった。
ジェイドは水っぽくなったウイスキーを一気に煽った。
「って、結局俺パンツ買ってないじゃないっすか! どうしよう、パンツ!」
「パンツパンツうるせえよ!」
不穏な夜は騒がしく過ぎていく。




