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願わくは夢の下にて⑦ 冒険者の夢

視線の先にあったのは、空一面を覆う真っ黒い大きな物体。

それが巨大な鳥だと気づくには少し時間がかかった。

大きすぎてその体のすべてを視界に入れることが出来ない。

羽毛とその大きなくちばしで、鳥であることがわかったのだ。


「これはまずい。急いで姿勢を低くして、右側に寄ってください!」


店主が視線を上に向けたまま鋭く指示を出した。

僕は言われたとおりに店主がいる方に体を寄せようと近づいた。

だが、大きな鳥の羽ばたきによって生じた突風が足元をすくった。


「バルムンクッ!」


気が付いた時には足が地面から離れ、体が宙を舞っていた。


落ちる。


お腹の中がひやっとし、浮遊感に包まれる。


「店主……」


僕は崖を落ちていく感覚を背中に感じながら、店主に向かって手を伸ばした。


店主が僕の名前を叫びながら駆け寄ってくる。

その手が僕の手を掴む前に、大きなごつごつとした手が僕の手首を掴んだ。


「ジェイド……!」


店主をかばうように飛び出してきたジェイドが僕に向かってニカっと笑った。

その瞬間、僕は勢いよく上に投げられ、僕とジェイドの位置が反転した。


「ジェイド!」


地面に転がった僕はすぐさま崖下を覗き込む。

ジェイドがこちらを見上げたまま落ちていく。

双剣の悲鳴が響く。


「なんて無茶なことをするんですっ!」


店主が片手を落ちていくジェイドに向ける。

青白い光りが風になり、ジェイドの落下速度が落ちた。


巨大な鳥はなおも羽ばたきをやめない。

店主のもう片方の手は天に向かって伸ばされ、僕たちを突風から守る空気のシールドを張っている。

巨大な体躯から生み出される風は渦を巻いて四方から向かってくる。

僕とアトラスを背中にかばいながら、すべての風を防ごうとする店主の腕が衝撃に耐えるように大きく揺れる。

ただでさえ魔力濃度が濃く魔力のコントロールがうまくいかない状況で、二つの魔法を同時に発動させるのは、魔力の消耗が激しいのだろう。

店主の額には大量の汗が浮かんでいた。

魔力酔いと魔力切れ、それに二日酔いのような症状で体調は最悪のはずだ。

いつもより青白いその顔が苦痛に歪んでいる。


「おい店主、お前魔力が……」

「黙っててください!」


余裕のない表情で店主が声を荒げた。

魔法のおかげで速度の落ちたジェイドは、崖下に生えた一本の細長い木にかろうじてぶら下がっている。


「おいらのせいだ。おいらがこの道を選んだから……。おいらが宝が本当にあるのか確かめたいなんて言ったから……!」


アトラスが取り乱したように喚いた。

いままで死んでいった冒険者たちのことも、すべて自分のせいだと責めていたのだ。


「もう宝なんてどうでもいい! おいらがいなけりゃあいつらだって死ぬことはなかったんだ。宝なんて、ない方がいいっ!」

「冒険者を馬鹿にすんじゃねえッ!」


崖の下からジェイドが叫んだ。


「宝なんてない方が良いだって? ふざけんじゃねえ! お前が宝を信じなくてどうすんだよ! お前が『宝の地図』じゃなくなったとしたら、それこそそいつらが浮かばれねえ!」


ジェイドが右手で枝を掴んだまま、左手で双剣を持つ。

双剣を崖肌に突き刺し、体重を移動させる。


「冒険者はなあ、夢さえあればいいんだよ。どんなに貧乏だってモテなくたって、夢がありゃ楽しく酒が飲めて、ぐっすり眠れるんだよ。その夢は、宝でも、でかい敵と戦うことでも、有名になることでもなんでもいい。とにかくその夢のために戦って死ぬことができたとすりゃあ、そいつは俺らにとっては最高の死に方だ」


今度は右手に双剣を持ち、また崖肌に突き刺した。

少しずつ上に手をずらしながら登ってくる。

店主が発生させている浮力のおかげで、落ちる心配はなさそうだった。


「……でも、だからこそ怖いんだ。もし宝がなかったら……」

「だから、いまからそれを確かめに行くんだろう?」


ジェイドが地面に手をかけた。

僕とアトラスがその手を掴んで引っ張り上げる。


「ジェイド、ごめん。僕のために」

「気にすんな」


ジェイドは落ちていった時と同じ顔で二カっと笑って僕の頭を軽く叩いた。

そして双剣にも「怖がらせて悪かったな」と声をかけた。


いつの間にか鳥はどこかへ飛んでいったのか、その姿はもう見えなかった。


「助かったよ店主」


ジェイドが店主の肩に手を置いた。

魔力を止めた店主がほっとしたように微笑んで、膝から崩れ落ちた。


「大丈夫か?」


店主の指先が震えていた。

それを隠すように自分の手を握りしめる。

いまので相当の魔力を使ってしまったからだろうか、それとも。

店主が顔を上げると、まだ青白さの残る顔でジェイドを正面から見据えた。


「いいですか、ジェイド。バルムンクの体は私が魔力で作り出しているのであって、本体ではないんです」

「お前だって飛び出してただろうが」

「……それはそれ、これはこれです。とにかく、さっきのような危険なことは絶対にしないでください」


僕を真っ先に助けようとしてくれたのは店主だった。

僕の本体は、店主の腰に差さっているのに。

自分のことは棚に上げる店主の小言に返事をしながらも、ジェイドが顔を顰めて店主に言い返した。


「わかったよ。でもお前、実はまだ相当具合悪いの黙ってただろ」

「なんのことでしょう」


とぼけるように首を傾げた店主を見て、ジェイドが頭を掻きむしった。


「ったく、変なところで嘘ついてんじゃねえよ」


ジェイドが店主を心配して言っていることはすぐにわかった。

それに苦笑を浮かべながらも店主は額の汗を拭うと、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻って立ち上がった。

手の震えも治まっている。

魔力切れは悪化し、体調もよくないはずだ。

だが店主はそれをいっさい感じさせない。

以前よりは素を見せることも増えてきたが、店主にとってはこうやって弱みを見せないようにすることが普通なのかもしれない。

どんなふうに生きてきたら、こんなにいつも完璧であろうとするのだろう。


店主はアトラスと向かい合った。


「それから君も。君自身を否定することは、君の周りも否定することになります。……いいじゃないですか。宝があってもなくても。君はもう、彼らに夢を与えたんですから」


はっとしてアトラスが口元に手をやる。

彼の脳裏には、ともにこのダンジョンで過ごした冒険者たちの顔が浮かんでいるのだろう。

きっとその顔は、希望に満ちた良い表情をしていたに違いない。


「本当に、そうなのかな……」

「ええ。私はそう思いますよ。もっとも、私が冒険者ではないからそう思うのかもしれませんが」

「ほぼ冒険者みたいなもんだろ」


横から口をはさんだジェイドを振り返ると、店主は少しだけ考えるように沈黙したあとゆっくり頷いた。


「たしかに冒険者も悪くないですね」

「なんだよ、冒険者になりたくなったか?」

「悪くないと言っただけで、なるとは言ってません」


いつのまにか、日が傾きかけていた。

ダンジョンにはいくつかの種類があって、自然型のダンジョンでは外の世界と同じように時間が流れ、昼や夜がきちんと存在するのだ。

これまた桁違いに大きく見える夕日が、長く影を伸ばした。

日中に活動する魔物たちは寝床へと向かっていく。夜行性の魔物との交代の時間だ。


突然、空気がびりびりと張り詰めた。

敵意はない。

だが圧倒的な何かがこちらを見ている。

音が止み、沈黙が痛いほどの緊張感をつれてくる。


僕たちはじっと身を潜めて気配のする方に目を向けた。


谷を挟んで反対側に見えていた山が、突然動き出した。

それはよく見ると、山ではなく山のように巨大な古代竜の姿だった。

空一面に響くような重低音を出しながら、ゆっくりと一歩ずつ進んでいく。

すべてを凌駕するその圧倒的な大きさと存在感に目を奪われた。

そこには古代より変わることなく存在する神々しいまでの厳かさと静けさがあった。


「綺麗ですね」

「うん」


僕たちは、しばらくそこに立ち尽くしたままその姿を見送った。


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