願わくは夢の下にて⑥ 二日酔い
森を抜けたあとも攻撃を続けようとする店主にキレたジェイドが、店主の顔に回復薬を浴びせかけ魔力中毒は一時的に回復した。
日も暮れてきたので、僕たちは川沿いにあった洞窟の中で一晩過ごすことに決めた。
そして翌日。
店主は洞窟の中で正座していた。
「本当にご迷惑をおかけしてすみません」
深々と頭を下げる。
「仕方ないよ店主、魔力中毒だったんだし」
「回復薬で治ることがわかっていればすぐに飲んだんですけど、こんなことになるなんて……」
店主が自己嫌悪に陥って項垂れている。
「顔を上げろよ、店主。結局お前が全部倒したんだから、いいじゃねえか」
だが店主は顔を上げない。
「……恥を忍んで一つよろしいでしょうか」
いやに丁寧な口調に僕たちは身構える。
「なんだよ……?」
「…………魔力切れです」
「はぁ!?」
店主は顔を伏せたまま続ける。
「あまりよく覚えていないのですが、多分こう、強めの魔法を乱発したのではないかと……」
「ハイになって撃ちまくってたよ」
「……面目ないです」
「で、魔力切れだとどうなるんだ?」
店主は手のひらを眺めて握ったり閉じたりを繰り返した。
「そうですね。寝て少し回復したので、いま残っている魔力はいつもの3分の1くらいでしょうか。魔力が尽きるまでは魔法を使うことができますが、この先の山の険しさを考えると、なるべく魔法を使わない方がいいかと思います……」
「魔力濃度が高いのに魔力切れになるの?」
「ええ。大気中の魔力と自分の魔力は別物なんです。周りにお金持ちがたくさんいるからといって、自分がお金持ちになれるわけではないのと同じで」
わかるようでわからない例え話を沈んだ声で話す店主に、ジェイドがふっと笑った。
「もともとお前だけに頼るつもりなんてねえよ。そんなに落ち込むこたあねえ」
だがまだ店主は顔を上げない。
「……重ねてもう一つよろしいでしょうか」
「まだなんかあんのかよ!」
「……二日酔いで、頭が痛くて吐きそうです」
「は!?」
顔を上げなかったのは反省していたからだけではなく、具合が悪かったからだったのか。魔力酔いにも二日酔いがあったことにも驚いた。
「大丈夫かよおい!」
「……ジェイド、ちょっと小さな声で話してもらえませんか」
「ったくしょうがねえな。っておい、そこで吐くんじゃねえぞ!」
「声が、大きい……」
このダンジョンとは店主は相性が最悪みたいだ。
さすが未攻略ダンジョン。
少し休んで店主が回復したころに僕たちは出発した。
「ここからは広い平原を通り抜けるんだけど、古代竜がいるから気をつけて。おいらの後に静かについてきて」
アトラスの案内についていく。
平原といっても周囲には背丈を超える雑草が生い茂っている。
空は見えるが進行方向の視界は悪い。
いつどこでどんな敵に出くわすかわからない。
僕らは慎重に進んでいった。
はじめは順調だった。
店主の魔力酔いがぶり返して回復薬を飲んだり、双剣が喧嘩をはじめたり、アトラスがネガティブになったりしたくらいで、僕たちはどんどん草をかき分けながら進んだ。
だが、平原の半ばに差し掛かった時だった。
ドォンと大きな地響きが鳴り、地面が激しく揺れはじめた。
「何!? 地震!?」
立っていることもできなくて、思わずしゃがみこむ。
まるで海の上にいるかのようにしなる地面にくらくらしてくる。
「大丈夫ですか?」
足元に頭から突っ込みそうになったところを店主が支えてくれた。
「アトラス。これは古代竜ですか?」
「ああ。こっちに近づいてくる!」
地震ではなく、ただ竜が歩いているだけでこんなに揺れるとは。
その巨大さを痛感する。
彼らにとって僕らは、とるに足らないちっぽけな虫や雑草に過ぎない。
これは戦う戦わない以前の話だ。
まだ姿も見えていないのに、戦意を喪失させるだけの迫力があった。
「とにかく踏まれないように注意して進みましょう」
「おい、このまままっすぐで大丈夫なのか?」
進行方向から足音が近づいているように思われた。
アトラスは思い出すように目線を上にあげた。
「そうだ、迂回ルートがある。ただおいらその道に行ったことがないから、安全は保障できないけど」
「かまわない。ぺちゃんこにされて全滅するよりはましだ」
そのままアトラスは進路を変更した。
だが危険なことには変わらない。
竜は一体ではないし、複数現れたら音や振動でその場所を把握するのも難しくなる。
いまのうちに駆け抜けるしかない。
小走りで移動を続けながらアトラスがぽつりと零した。
「もしおいらがこんなふうに直接案内できてたら、あいつらを助けることが出来たかもしれないのに……」
背中を向けたままのアトラスが、紙が朽ち果てるほどの長い間どんな思いでたくさんの冒険者を見送ってきたのかはわからない。
たくさんの後悔を抱えたまま、それでも彼がここに来た理由は何なのだろう。
「ねえ、アトラス。宝ってどんなものなの?」
「おいらもよくわからない。でも、はるか昔に一帯を牛耳ってた盗賊団の隠し財産だって言われてる」
「そりゃあ楽しみだなあ」
ジェイドが冒険者らしく目を輝かせる。
隠し財宝なら、金貨や銀貨、たくさんの宝石、なんでもありそうだ。
それらは一生を変えてしまうほどの大金だ。
いままでたくさんの冒険者がここに挑んだだけのことはある。
平原を抜けると細い道に出た。
左手には切り立った崖が広がっている。ここを抜けるらしい。
「たしかにここなら古代竜は通れませんね」
この狭さであればそんなに大きな生き物は来ることはできない。
問題は、この崩れそうな足場だった。
こちらに来ないと言っても、背後からはまだ古代竜の足音が響く。
それに合わせて地面も揺れ、崖から小石がぱらぱらと深い谷底に落ちていく。
落ちた石が地面にぶつかって発生した音は、かなり遅れて返ってきた。
それはつまり、落ちたら絶対に助からない高さであることを示していた。
思わず足がすくむ。
この身体は店主が魔法で作り出したもの。いわば偽物だ。
それなのに怖いと感じるのは、自然の暴力的なまでの力を本能的に感じているからだ。
「おい、本当にこの道大丈夫なんだろうな」
「わからないよ。おいらもここを通るのははじめてなんだから」
「なんか嫌な予感がするんだよなあ」
冒険者は理屈で考えるタイプより、直感でものを考えるタイプが多い。
もちろん難しいことを考えるのが苦手だという者も多いが、直感を信じて動いた方が良いと信じられているからだ。
そして実際に、いざという時に生き残るのも後者だ。
ジェイドのその直感が経験に基づいたものだとしたら、その予感は限りなく当たりそうな気がする。
「どうする? 別の道を探す?」
いま歩いてきた道は、もうすでに一部が崩れかけていた。
無理して戻ったとしても、結局は古代竜の脅威が待っている。
どこを行ったとしても安全な道はないのだ。
「……戻ることは出来そうにねえなあ」
「なるべく早く通り抜けましょう」
足場の悪い道を慎重に、でも急いで進む。
細かい砂は滑りやすく、少しでも油断すれば崖下に一直線だ。
唯一の救いは、右側は崖が高くそびえ、左側は谷になっているおかげで、魔物との遭遇の可能性が低いということだ。
あとは足元にだけ注意して歩いて行けばいい。
そう思った矢先のことだった。
突然、空が陰った。
あたりが暗くなる。
雲が出てきたのかと上を見上げた。
「なんだろう、あれ……」




