表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/82

願わくは夢の下にて⑤ 夏休みの思い出

6本の太く節のある脚が行方を阻む。

脚には鋭く小さな棘がいくつもついていて、触れただけで八つ裂きにされそうだった。

昆虫特有の横に開く頑丈な顎を咀嚼するように動かし、黒曜石のような光のない眼でこちらを見る。

おそらくいまこの瞬間、僕たちはただの餌だと思われている。


「くそ、先に進めねえ」


後方にも同じ昆虫が、無慈悲に僕らを見下ろしていた。

背中に冷たい汗が流れる。


「わあ、巨大なカブトムシですよ。虫取り網はどこでしょう」


ジェイドの肩に担がれたまま店主が場違いな歓声をあげる。


「まじでちょっと黙れお前」

「ジェイドも欲しいんですか」

「なんなんだよこの酔っぱらいは」


あてにならない店主を見て、僕は必死に図鑑をめくった。

昆虫類……昆虫型魔物…………あった!


「ジェイド! 角が弱点だよ!」


僕は叫んだ。

昆虫の頭から生えている大きな角。

あれを切り落とせば倒せるらしい。


「つってもよ、どうやってあそこまで行くんだよ!」


角ははるか高い場所にある。

身体をよじ登っていくにも、つるつるとした光沢のあるはねはとても登りにくそうだ。


「ちょっとこいつ見張ってろ」


ジェイドが店主を地面に下ろすと、双剣を握り締めた。


「さあ行こうか、レディたち」

「何格好つけてんのよ!」

「うざ」


双剣を持ってポーズを決めたジェイドに、彼女たちの言葉は聞こえない。

聞こえなくてよかった……。


ジェイドは虫の真下に入り込むと、内側から後ろ脚を斬りつけた。

ギィィンという固い音が響く。


「無傷かよ」


これには双剣もプライドが傷ついたようだった。


「行くわよ脳筋!」

「私たちの力を見せつけてやるんだから!」


彼女たちは魔剣だ。

持ち主に魔力を通じて力を与えることができる。


「お、なんかすっげえ気合入ってきた」


ジェイドがにやりと口の端をあげた。


そして勢いよく右手を振り下ろす。その勢いを利用して回転すると、そのまま左手を振り下ろす。

双剣はリーチが短い分、圧倒的に手数を増やすことができる。

ジェイドは回転しながら左右を交互に振り下ろしていく。

狙いは関節だ。

鎧のような外殻も、節々の繋ぎ目は薄い。

ジェイドはそのわずかな隙間に、双剣によって増幅された力を叩き込んだ。


ギィィィンというまたしても固い音。

しかし、次いで聞こえたのは液体が噴き出す音だった。


ブシュッと青い血液が脚の関節から流れ出した。

黒光りする太い脚が、あらぬ方向にへし折れた。


虫が顎の骨をジジジっと震わせる。悲鳴を上げているのかもしれない。


そしてそのまま巨大な身体がバランスを崩して大きく傾いた。

胴体が地面に近づいた、その瞬間。


ジェイドは折れた脚を足場にして、弾かれたように跳躍した。


「そこだッ!」


狙うは頭部の巨大な角。


彼はカブトムシのつるつるとした背中に着地すると、滑らないように四つん這いになりながら、猛然と角の根元へ向かって這い登っていく。

下から見上げる僕は青くなる。


もし虫が暴れて、この高さから振り落とされたら怪我じゃすまない。

アトラスも隣で心配そうにジェイドを見つめている。

彼の心配は経験に基づくものだから、より不安だろう。


ギィォォォォンッ!


背中の異物に気づいた昆虫が、残った脚で地面をかきむしり、身体を激しく揺さぶった。


「うおっと、この野郎ッ!」


ジェイドは双剣の一本を甲殻の隙間に突き刺して身体を固定し、もう一本で角の根元を狙う。 だが、激しい振動で狙いが定まらない。


「くそッ、暴れるなッ! 角を……角を切らせろッ!」


焦りがジェイドの声を鋭くする。

角の根元は想像以上に太く、一撃で切り落とすのは不可能だ。何度も叩きつけなければならないが、この揺れでは……!


その時。


地面に取り残されていた店主が、ふらふらとした足取りでカブトムシの真下に歩み寄った。


「店主、危ないッ!」


僕が叫ぶより早く、店主は機嫌よさげに、折れて垂れ下がった虫の脚をペシペシと叩いた。


「ずいぶん大きくなりましたね、バルムンク」

「違うよ店主! それ僕じゃない!」

「……ジェイド?」

「俺でもねえよ!」


ジェイドが揺れに必死に耐えながら頭上から叫ぶ。

その声には疲労と焦りが浮かんでいる。

ジェイドの声に気づいたのか、店主が頭上を見上げる。


「そんなところでなにしてるんですかー?」

「見りゃ分かんだろ!」

「昆虫採集ですね。私も仲間に入れてください」


そして、子供が玩具を指差すように、上空の角へ向けて人差し指をすっと向けた。


風が、消えた。


次の瞬間、音も無く、カブトムシの頭部から巨大な角が滑り落ちた。

成人男性ほどの太さがある角が地面に突き刺さり、地響きが鳴り渡る。

店主が放った、無色透明のだが圧倒的な鋭利さを持った真空の刃が、角の根元を完璧にスパッと断ち切っていたのだ。


角を失った巨大な昆虫はビクビクと痙攣したあと、やがて力なく地面に崩れ落ちた。


背中に乗っていたジェイドが、呆然とした顔で滑り降りてくる。


「……おい」


だが店主は悲しそうな顔をしてジェイドを迎えた。


「私のカブトムシ……死んでしまいました……」

「お前は一生禁酒しろ」


ジェイドはひきつった顔で店主の両肩に手を置くと、くるりと後ろ向きにした。


「いいか? いまの魔法でまたさらにカブトムシがやってきたからな。好きなだけ捕まえろよ。取り放題だ!」


まるで子供に言い聞かせるようにジェイドが言う。


「わかりました!」


たくさん集まってきた巨大昆虫たちに僕たちは生きた心地がしなかったが、店主だけは目を輝かせ楽しそうに角を刈り続けていた。


そのまま攻撃を店主に任せてなんとか森を抜け出したのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ