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願わくは夢の下にて① 呪いの地図

とある国のとある道具屋に、一枚の古びた地図があった。


一人の男がそれを見つけ、目を輝かせた。

さっそく買って帰ると、行きつけの酒屋で見せびらかした。


「宝の地図を見つけたぞ」


男は冒険者だった。


誰も知らない場所に眠る、誰も知らない宝。

この話にロマンを感じない冒険者などいないだろう。男はそう思っていた。


だが、他の冒険者の反応は違った。


「お前知ってんのか、それ。人喰い地図だぞ」


なんでも、その地図を信じた冒険者が何人も宝を探しに出かけたが、生きて帰ってきた者はいないという。


「その地図は宝で冒険者を誘い出し、喰っちまうのさ」


「次はお前の番だ」とみんな笑った。


だが男は信じなかった。


誰も戻ってきていないということは、まだ宝はそこにあるということ。

必ずや自分はそれを見つけて見せる。そう大声で宣言した。


「哀れな愚か者だ。でたらめな地図に騙されて死にに行こうってんだから」


酒場にいた誰もが、男を同情と憐みの目で見送った。




男は地図を頼りにダンジョンへ入った。

そのダンジョンは、いままで行ったどこよりも過酷で危険だった。


何度も死にかけた。

そのたびに男は地図に話しかけた。


「俺だけはお前を信じるぜ。お前は本当にいいやつだ。俺をこんなわくわくする冒険に連れて行ってくれるんだからよ。お宝を手に入れたら、お前を立派な額に入れて飾ってやるからな」


だがダンジョンの脅威の前に男は無力だった。

命が尽きるその瞬間まで、男は地図を固く握りしめていた。



どのくらいの時間が経っただろう。

動かなくなった男のそばで、地図はたったひとり、ダンジョンの中にいた。


しばらくして、魔物が餌と間違えて地図を咥え、そして大空へと羽ばたいた。


横たわる男の姿がどんどん見えなくなっていく。

草木に覆われたダンジョンで、彼は土に還る、あるいはダンジョンの養分になるのだろう。かつて地図を信じて死んでいった、幾人かの冒険者と同じように。


ふいに魔物の口が開き、地図は空から落下した。

落ちた先は川だった。


川の下流はダンジョンの入り口に繋がっている。

地図は川を流れてダンジョンの外に流れつき別の冒険者に拾われた。それから道具屋を転々とし、幾年か過ぎたころある若い冒険者の手に渡った。


「変な地図を買ったんだ。宝の地図だって」

「そんなのあるわけないって。もし本物だったら、そんな安い値段で売ってるわけがないだろう」

「そうかな。今度確かめに行ってみようぜ」


別のダンジョンを攻略中だった冒険者は仲間に地図を見せた。

仲間の一人がその地図を受け取って目を見開いた。


「これは呪いの地図だよ」

「呪い?」

「ありもしない宝で冒険者をこのダンジョンにおびき寄せて、殺してしまうんだ。昔はこの地図を信じて死んでいったまぬけな冒険者も何人かいたらしいが、宝はデタラメ。ここに行けば必ず死ぬっていう、いわくつきの地図だよ」


その仲間はメンバーの中で一番の博識だった。

彼が言うなら間違いない。そう思った。


「どうりで安かったはずだ……」

「あやうく偽物に騙されるところだったな」


馬鹿にしたように他の仲間に笑われて恥ずかしくなった冒険者は、地図をぐしゃぐしゃに丸めるとそのまま投げ捨てた。


「俺はこんなものに騙されるような愚か者じゃない」


そう呟きながら。


◇◇◇



「店主、それは?」


ここはダンジョン内のすべての落とし物が集まる場所。

世界中のダンジョンとつながる亜空間に存在する。


「地図のようです」

「地図?」


僕は店主が手にしているぼろぼろの紙を覗き込んだ。

かなりの年代物で保存状態も悪かったのか、紙の端はすべて欠けていて、インクもところどころ滲んでいる。

水にでも濡れたのかもしれない。

いたる所に折り目がついていて、まるでゴミのように丸めて捨てられてしまったことが一目でわかった。


持ち主はこの地図を取りには来ない。

それはほぼ確信に近かった。


強い風が吹けば、ばらばらになって飛び散ってしまいそうなその地図を、店主の指先が撫でた。


「かなり状態が悪いので少し補修をしましょう」


店主が地図にそっと声をかける。すると、地図からか細く力のない声が聞こえた。


「おいらはもういいんだ。もうこのまま終わらせてほしい。ほっといて欲しいんだ。じきにこの身体も終わりが来る。それかいっそのこと燃やしてくれないか」


一聞すると若く聞こえるが、そこには苦悩や悲しみが交じり子供とも老人ともつかない声をしていた。


「すみませんがそれはできません」


有無を言わさない口調で店主が告げた。


寿命をもたないモノだからこそ、いつまでも続いてしまうその意識の先に絶望を感じてしまうのだ。

自分で動くことができないからこそ、絶望の中にいるモノはこうやって店主にお願いをする。

モノの頼みであればたいていのことは聞いてあげる店主も、この類の希望を叶えることはほぼなかった。


「でももう嫌なんだ……。おいらのせいでたくさんの人間が死んだ。みんなおいらのことを信じてくれたんだ。それなのに、おいらはみんなを殺しちまった。もう誰も殺したくない。おいらが消えたほうが、また次の犠牲者を出さなくて済むんだ……」


地図の端が微かに震える。

それが恐怖なのか悲しみなのか、それとも別の感情なのかは僕にはわからない。


「そうですか」


店主が小さく漏らした。

そして地図をじっくりと眺める。


「あなたは宝の地図ですか」


急な問いかけに驚いたのか、地図は少し間を開けて答えた。


「ああ。おいらは宝の地図だよ」

「宝は?」

「まだ誰も見つけてないよ」

「あなたは本物ですか?」

「……わからない。もうずいぶん昔のことだから本当に宝がそこにあるのか、おいらは知らないんだ。けど……おいらは……おいらだけは、信じなきゃいけない。そうじゃなきゃ、おいらを信じて死んでいった冒険者たち(あいつら)に顔向けできない」


地図は震える。

そのたびに端の方が粉になって消えていく。

紙が限界に近付いていた。


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