世界は広い
「なんだろう、この箱」
ここは『ダンジョン遺失物センター』。
世界中のダンジョンの落し物が集まってくる場所だ。
僕たちはいま、一つの箱を覗き込んでいた。
銀色に光る、顔くらいの大きさの正方形の箱がカウンターの上に置かれている。
光沢のある箱の表面には細かい溝があるものの、蓋などもなく中を開けることは出来そうにない。
重さはわりとずっしりしていて触ると少しひんやりする。
でもこれが何の素材でできているのか、金属なのか木製なのか、それともまた違う素材なのかも判別できない。
「なんでしょうね」
店主も首を傾げる。
店主が知らないということは、あまり一般的なものではないのだろう。
「またやべえやつなんじゃねえだろうな」
飲みに来ていたジェイドが訝しがるように眉をひそめた。
以前店主に呪いをかけた遺失物があったから、ジェイドも少し慎重になっているのだ。
「大丈夫です。呪いの気配はありません」
「それにしても、なんで何も喋らないのかしら」
双剣も顔を見合わせて不思議そうに首を傾げる。
「呼びかけてみましょうか」
店主が箱の上部をこつこつと軽くノックした。
だが箱は沈黙したまま反応がない。
僕は箱の側面に、何かがあることに気づいた。
「ここ、ボタンのようなものがあるよ」
「押してみましょうか」
ぽちっと店主がボタンを押した。
すると、箱の表面に掘られた溝から金色の光が漏れ出した。
すごく眩しいが、暖かで柔らかい光だ。
光は溝を線のように浮かび上がらせる。
すると箱の表面に文様のようなものが浮かび上がった。
「なんか書いてあんのか?」
ジェイドが店主に訊ねる。だが店主は首を横に振った。
「私には判読できません。何かの文字・文様なのか、それともただの意味のない模様か……」
やがて光がゆっくりと消えると、箱の中からどこか金属の混ざる声が聞こえてきた。
さび付いた金属が擦れるような音だ。
「こんニチは」
「あ、喋った」
喋り方はぎこちないが、話ができるらしい。
それに驚いて椅子から立ち上がったのはジェイドだった。
「俺、こいつの言葉が聞こえるぞ……」
「え!?」
店主は特例だが、普通はモノの声は人間には聞こえない。
だから僕や双剣が店主の魔法で人間化した時だけはジェイドと話ができるが、通常はジェイドはモノの声を聴くことはできないのだ。
それなのにジェイドに箱の声が聞こえるということは——。
「モノじゃないってこと?」
「いえいえ、モノには間違いありませんが……。見たこともないモノですし、何か特別な仕掛けがあるのかもしれませんね」
店主は気を取り直すと箱に問いかけた。
「あなたのことを聞かせてくれますか? あなたはどんなモノで、あなたの持ち主はどこにいるのか」
すると箱は金色の光をきらきらと点滅させながら口を開いた。
「ワタシはバグナ。ザルツの先端をボミットさせるコトによってボレノンできマス」
妙な沈黙が流れる。
神妙な顔をして、誰も言葉を発しようとしない。
仕方なく僕は皆の顔を見回した。
「いまの話、わかった人いる?」
皆はすっと目線を下げた。
だがそんな沈黙に耐え切れなくなったのか、ジェイドが身を乗り出した。
「あー、あれだろ、あれ。この溝のザルツに酒をこう……ボミっと流し込んだら……えーっと、酒が冷えるんだろ?」
ボミっと流すってなんだろう。
するとブブーッと大きなブザー音が箱から鳴った。
どうやら不正解らしい。
「私たちだってわかったわ」
「ちょっとミランダ」
なぜか対抗心を燃やして見切り発車したミランダをメリンダが止める。仲間割れだ。だがミランダは自信満々に言い切った。
「これは、食べ物だわ! きっとおいしいはずよ。このボタンのところにお湯を注いで3分待てば食べごろね」
「どう見ても食べられませんよミランダ」
またしてもブブーッとブザーが鳴る。
「そもそも何語なんでしょうか」
「俺も聞いたことねえ言葉だな」
「バルムンクは何と言っているかわかりますか?」
まるで期待しているように店主が僕に振った。
本当に無茶ぶりが好きなんだから、この人は。
「えーっと、バグナっていうのは爆弾っていう意味で、ザルツが導火線。だから、導火線の先端に火をつけることで、爆発しますってことかな……」
僕は適当に言ってみる。
ところが、箱のブザーが一瞬ピンポーンと鳴り、すぐにまたブブーッと音を鳴らした。
「え、どういうこと?」
「半分正解ってことじゃないか?」
「半分ってどの部分? 爆弾ってこと!?」
「爆発するのかしら!?」
「私たち黒焦げよ!」
騒然とする僕たちに、箱はまたしても金色の光を点滅させながら告げた。
「大丈夫デス。安全のタメの方法がありマス」
それを聞いて僕たちはほっと胸をなでおろした。
これが本当に危険なものであっても、この箱の言うとおりにすれば安全だ。
僕たちは固唾をのんで箱の言葉を待った。
「ドボラックしたギザンを軽くパピュレートしてから、フルーカルに刺してレグらせれば大丈夫デス」
僕たちはまたしても言葉を失った。
「……全然大丈夫じゃないんだけど!」
「どうしよう店主。私たち爆発するわ!」
「おい店主、何とかならねえのか。意味がわからな過ぎてこえーよ!」
店主は珍しく真剣な顔をして箱を覗き込んだ。そして——。
「ダンジョンに捨ててきましょうか」
店の外の魔法陣を指さした。
確かにあれに乗せれば、どこかのダンジョンに転送されるから、もし爆発してもここは安全だ。
転送先での爆発に、偶然居合わせた冒険者が巻き込まれないとも限らないが。
その途端、焦ったように箱がブブー、ブブーとブザー音を響かせた。
どうやらダンジョンには戻りたくないようだ。
「なら、もう少しわかりやすく説明してください」
店主がにっこりと微笑む。だが笑顔の圧がすごい。
金属の混じる声を震わせながら箱が口を開いた。
「ギ、ギザンをパピュレートしてくだサイ」
震える箱をかわいそうに思ったのか、店主は優しくなでた後ふうっと息を吐いた。
「困りましたね。ギザンもパピュレートもわかりません」
「ギザンってあれじゃないか?」
ジェイドが箱の一部を指さす。
溝とボタンしかないと思っていた箱の表面に、うっすらと紐のようなものが埋まっていた。
「確かに、何かありますね」
「これがギザンだとすると、パピュレートってなんだ?」
「引っ張る、とか?」
「ああ、そうだそうだ。きっとこの紐を引っ張ればいいんだ」
「でももうちょっとよく考えた方が——」
ジェイドは一人で納得すると、おもむろに手を伸ばし勢いよく紐を引っ張った。
止める暇もなかった。
すると。
箱の中からカチカチと一定の機械音が聞こえてきた。
なんだかかなり不安をあおる音だ。
「もしかして……いまのが導火線だったり、する?」
「事態が悪化した気配がしますね」
「マジかよ、俺やらかした?」
「だからあんたは脳筋なのよ!」
「黒焦げは嫌だわ」
皆あたふたと箱の周りをうろうろする。
「な、なあ箱よ。ここからでも何とかなる方法はないのか?」
焦った顔でジェイドが箱に詰め寄る。箱はカチカチと音を鳴らしながら、ゆっくりと答えた。
「ココからでもマダ間に合いマース。ゾフをペソしてくだサーイ」
「だからわっかんねーって言ってんだろ!」
怒ったジェイドが箱を掴むと、魔法陣めがけて勢いよく放り投げた。
その時。
魔法陣が青白く光り、見慣れぬ異国の装備を身に着けた一人の男が現れた。
箱は、放物線を描いてその男の腕の中にすっぽりと収まった。
「おお、コレは!」
男の顔が安堵の笑みに染まる。
「ワタシが探していた大事なバグナではないでスカ!」
男は箱をぎゅっと抱きしめ、頬ずりをした。
「あ、あの、それもしかしたら爆発するかもしれないよ」
僕が声をかけると、目を大きく開いたその男は大声で笑い出した。
「バクハツ? しないしない。コレはただのバグナね」
愉快そうに箱を掲げて何度もその場でくるくると回る男に、ジェイドが聞いた。
「で、それは結局何なんだ?」
「だから、コレはバグナですヨ。シャンテったロフをピグらせてナムに落とし込むトキに使うのデス」
そうして男は箱を抱きしめたまま、また魔法陣で帰っていった。
僕たちはしばらく呆然としたまま、世界の広さを知ったのだった。




