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私を襲わないでください① 惚れ薬のお願い

ここはダンジョンの中の落し物が届けられる『ダンジョン遺失物センター』。


今日は朝から店主がなにやら忙しくしている。

カウンター奥の倉庫を行ったり来たりして荷物を出し入れしている。


「なにしてるの?」


たくさんの箱を抱えていた店主が、ゆっくりとこちらを振り返った。


「遺失物の整理をしていたんです。そろそろ引き取りに来てもらおうかと思って」

「引き取り?」

「どこに?」


いつの間にかミランダとメリンダも現れ、店主の作業を眺めている。


「遺失物を古道具屋に引き取ってもらうんです。もちろん、遺失物の同意は得ていますよ」


倉庫の中には、自らの意志で封印された遺失物が箱に入れられてたくさん置いてある。多くは持ち主を失った遺失物たちだ。

彼らは箱の中で眠りながら、幸せな夢を見続ける。持ち主との楽しかった日々の思い出を。


だが中には、特に持ち主への思いもなく、道具として活躍したいと思っている遺失物もある。そうした遺失物は古道具屋へ売られ、新たな持ち主と出会うのだ。


「どんなものがあるの?」

「一番多いのはグローブですね。黒色で指先が開いている革のグローブ。数えるのが大変なくらい本当によく落ちてます。しかも持ち主との縁も薄くて、たいていは引き取りに来ないんですよ」


店主が持っている箱の中には、その言葉どおりたくさんのグローブが詰め込まれていた。


「なんでそのグローブばかりなのかしら」

「流行っているの?」

「さあ。冒険者のことはよくわかりませんが、確かすごく有名な冒険者が黒いグローブをしていたとか」


憧れやロマンを持って冒険者になる人は多い。

有名な冒険者に憧れて、形から入るタイプは多いだろう。

そして憧れてみたはいいものの、普段使い慣れていないとグローブは地味にストレスがかかるものだ。やっぱり使いづらいとダンジョン内で取って、そのまま落としてしまうのかもしれない。


「そういえば、僕の持ち主も同じようなグローブしてたような……」

「……なるほど。君の持ち主でしたか」


店主が妙に納得した表情で何度も頷く。


「つまりこのグローブの山は、君の持ち主で勇者と呼ばれた冒険者への憧れのせいです」

「え、そうなの? たしかに僕の持ち主は有名だったかもしれないけど、でもずいぶん昔の話だよ?」

「月日が経てば経つほど、話がより誇張されて、よりすごい伝説に変わっていくものなんですよ」

「そうなのかな」


確かに僕の持ち主は、国を滅ぼそうとした竜を倒して勇者の称号を得た。

でもいまの冒険者たちに憧れられる存在といわれると、なんだか実感がわかない。


「ということで、グローブがあと10箱、運ぶのは任せましたよ、バルムンク」


店主がにこやかに手を振って倉庫に入っていく。

なんだか無理やり押し付けられた気もするが仕方ない。

僕は倉庫に入ってグローブの箱を運ぶ。


「ねえ、店主。ほかにはどんなものがあるの?」


双剣も手伝いをしながら店主の後をついて行く。

箱をふたりで持ち上げて、よいしょっと運んでいる。


「そうですねえ、装備品の一部や依頼書なんかも多いですね。あとは、薬です」

「薬?」

「回復薬や解毒剤などは、もし落としても持ち主が拾いに来ることはほぼありません」


そんな話をしていた、その時。


倉庫の隅に積まれた箱が、ガタガタと音を立てた。


「あたしのこと、呼んだかしらぁ?」


若い女性の、甘く艶のある声が聞こえてきた。

双剣が持っていた箱を床に下ろして、声のした方へ駆け寄る。


「ねえ、店主。この瓶が何か話してるわ」


ミランダが手にしていたのは、ガラスでできた小さな瓶。

中にはピンク色の液体が入っている。

いかにも怪しげだ。


「呼んでませんよ。さあ、作業を再開しましょう」


店主はさらりと返事をすると、何事もなかったかのように箱を運ぼうとする。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あたしの声が聞こえてるんでしょ!」

「聞こえてますよ。では」


無視はしないもののその受け流すような言い回しは、店主がその小瓶となるべく関わりたくないと思っていることがわかる。


そうなってくるとかえって好奇心をそそられてしまうのが双剣だ。

興味深そうに瓶に話しかける。


「ねえ、あなたはなんなの?」

「どうして店主が避けるのかしら」


小瓶は甘い声でふふっと馬鹿にしたような笑みをこぼした。


「あらぁ、あなたたちあたしのこと知らないのぉ? お子ちゃまね」

「喧嘩売ってるのかしら」

「壊しちゃう?」


途端に不機嫌になった双剣にも怯むことなく、わざとらしく声を顰めてゆっくりと続けた。


「あたしはねぇ、惚れ薬なのよ。わかるかしら、ほ・れ・ぐ・す・り」

「惚れ薬?」

「なにそれ」

「あたしを飲ませれば、どんな人だって振り向かせることができるのよぉ。すごいでしょ」


ミランダとメリンダの顔が驚きと興奮に染まっていく。


「飲ませるだけでいいの?」

「ええ、ぐいっと飲ませちゃってぇ」

「効き目はどのくらい?」

「そうね、一月は持つわよぉ。その間に完璧にものにすれば、その愛は永遠になるわぁ」


やけに詳しく聞いているが、飲ませたい相手でもいるのだろうか。

その時、ミランダが「あっ」と何かに気づいたように声を上げた。


「でもこれを飲ませたら、あなたはどうなるの?」

「もちろん、消えるわよぉ」

「そんな……」


盛り上がっていたふたりの熱が一瞬で冷めていく。

普段は物騒なことばかり言っている双剣だが、妙なところで優しいのだ。


「心配いらないわぁ。だってあたし、使ってもらうことが一番の喜びなのよ。道具ならみんなそうでしょう?」

「そうだけど、でも私たちはあなたみたいに消えたりしないもの」

「あたしはね、飲んだ人の血肉となって、一緒にいろんな経験が出来ると思うと、楽しみで仕方ないのよぉ。それにここだけの話、あたしにはちょっとだけ催淫効果も——」

「教育によくないですね」


横から伸びてきた店主の手がミランダから小瓶を奪った。

困ったような、少し不機嫌な表情だ。


「どんな冒険者がどんな理由であなたを使おうとしていたかわかりませんが、あまり褒められた理由ではないでしょうね。もちろん、あなたが悪いわけではないですが」

「楽しければいいじゃなぁい?」


悪びれる様子のない小瓶に、店主は深いため息をついた。


「あなたは古道具屋行きでいいですか?」

「もちろんよぉ。早く使ってほしいもの。だけどぉ……」


小瓶はそこで言葉を切った。


「でもあたし、あなたのこと好きになっちゃったみたい」

「は?」


僕たちは、惚れ薬は惚れっぽいことを悟った。

当り前と言えば当たり前だが、実際に目撃すると納得感がすごい。


「あなたすっごく綺麗だし、背も高いし、ちょっと冷たそうだけど、そこが逆にいいわねぇ」


透明なはずの中の液体が、なんだか若干ピンク色に見えてくる。

人間でいうところの、「頬を赤らめる」に近いのかもしれない。


「ねえ、あなた。名前はなんて言うの?」

「センター長と呼んでください」

「センター長ね。ちょっとダサくて雰囲気出ないけどまあいいわぁ」


店主がいまだにセンター長呼びにこだわっていたのにも驚いたが、それをすんなり受け入れた惚れ薬にも驚いた。

誰かを好きになるということは、その欠点ごと受け入れるということなのかもしれない。

知らんけど。


「センター長。あたしここを出たら、もう二度とあなたに会うことは出来ないと思うのぉ。だから、最後に一つだけお願いがあるのよぉ」


小瓶が甘えるように店主に話しかけた。べたべたとまとわりつくような、甘い甘い声だ。


「……なんでしょう?」

「あたしも一度だけでいいから、身体が欲しいのぉ。あの子たちみたいに、自由に自分の意志で思い切り動いてみたいわぁ。もちろんあんなお子ちゃま体型じゃなくて、胸もおしりも大きくしてねぇ」

「そんなことしたら、あなた私を襲うでしょう」

「んもう、そんなはしたないことしないわよぉ。誓うわ。ね、おねがぁい」


眉を寄せすごく嫌そうな顔をしながらも、モノの頼みには弱い店主はしぶしぶ了承した。


「絶対に、私を襲わないでくださいね」

「はぁーい」

「それでは目を閉じて」

「はぁーい」


店主はポケットから珈琲豆を取り出し魔力を込めた。

豆は青白い光に包まれながら、どんどんと形を変えていく。

いつ見ても不思議な光景だ。

形が出来上がると、店主はそっと小瓶に呼びかけた。


「では、ゆっくりと目を開けて。手足の感覚はありますか?」

「……すごい、すごいわぁ! 動けるなんて」


小瓶ははじめての感覚に戸惑いながらも、隠しきれない感動と興奮に目を潤ませていた。

だがすぐに口を開き、舌で唇を舐めた。


「こうなったらこっちのものよぉ! 覚悟して、センター長ぉ! あたしがあなたを骨の髄までとろけさせてあげるわぁ!」


身体を手に入れた小瓶が、その手足を伸ばして店主に向かって襲い掛かった。


(後半に続く)


––––––––––––––––––––––––––––––––––

あとがき


この後の展開を想像してちょっと……と思われた方。大丈夫です。安心してください。ほのぼのエンドを保証します!

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