帰り道はみんなで⑤ 囚われのお姫様
…………ク
どこかから声がする。
……ム……ク
どこだろう。
誰かの声が聞こえる。
……ク。
————バル! この役立たず! さっさと返事しなさいよ!
ミランダとメリンダの声で僕の意識は急浮上した。
「あ、起きましたね」
店主が先ほどと変わらない姿勢で、通路の中に座ってくつろいでいる。
「ねえ、店主。いまミランダとメリンダの声がしたよ」
「そうですか。何か言っていましたか? 私は呪符のせいか、遠いとあまり聞こえなくって」
「それが……全部僕の悪口だった!」
「なるほど……」
店主はおかしそうにふふっと目を細めた。若干同情しているようにも見える。
「彼女たちはもう近くに来ているんだと思います。バルムンク、声で誘導してあげてください」
「え? どうやってここに来たの?」
「それはもちろん——」
店主は意味深に笑うだけで答えなかった。
僕は意識を集中させ、ふたりに呼びかける。
『ミランダ、メリンダ、聴こえる?』
『聴こえる? じゃないわよ! さっきからどれだけ呼んだと思ってるの?』
『ごめん、ちょっと寝てたんだ』
『のんきなものね。店主は無事でしょうね?』
『うん、無事だよ。ただちょっと魔力が使えなくなっちゃって』
『大事じゃない! どうりで帰ってこないはずね』
『なかなか戻ってこないから心配したわ』
ふたりがそれぞれ喋りかけてくるから、僕は聞かれたことに答えるだけで精いっぱいだ。
『それで、あんたいまどこにいるのよ』
『3層の階段の踊り場にある、扉の中だよ』
『3層の踊り場ですって』
ミランダが誰かに話しかけている。
ふたり以外に誰かいるのだろうか。
『ねえ、君たちはどこにいるの?』
呼びかけても返事がない。
『もしもーし』
やっぱり反応はない。
「どうしよう店主、ミランダたちの声が聞こえなくなっちゃった」
だが店主はにこりと微笑んで立ち上がった。
「時間ですよ、バルムンク」
「え? 何の?」
そのまま呪符と珈琲かすで作った結界を踏み越えると、ぱんっと大きく手を叩いた。
「店主!?」
乾いた音が反響し幾重にもなって広がっていく。
次の瞬間。
音に反応した魔物たちが、唸り声を上げながら一斉に襲いかかってきた。
「わわわ! 店主、何してんの!?」
魔力が使えなくて店主が自棄になってしまったんじゃないかと僕はおののいた。
僕の位置からは店主の後ろ姿しか見えない。
いつもどおりに平然と立つ店主を切り裂こうと、魔物の大きく鋭い爪が振り下ろされた、その時。
魔物が斜め上から振り下ろされた一閃により斬り裂かれる。
身体が真っ二つになり、青色の血があたりに飛び散る。
他の魔物が一斉に後ろを振り返った。
魔物たちの隙間から太めのロングソードが見える。
それは踊るように魔物たちを次々に斬っていくと、最後に生き残ったワームの首を上からスパッと切り落とした。
すべての魔物が片付くと、店主はぱちぱちとゆっくり手を叩いて賞賛を送った。
「さすがですね、ジェイド」
目の前に、不機嫌を絵に書いたような表情のジェイドが立っていた。
「お前いまわざと魔物を呼んだだろ」
「ばれました? だって、ヒーローの登場には悪役が必要でしょう?」
「お前は囚われの姫かよ」
「いまは似たようなものです」
店主は戻ってきて僕を手に取った。
「さあ、帰りましょうか、バルムンク」
通路から出ると、ジェイドが立って待っていた。
「ふふっ」
その姿を見て思わず店主が噴き出した。
ジェイドを挟むようにして、ミランダとメリンダの3人で手をつないでいたからだ。
「しょうがねえだろ。剣の姿に戻られたら俺、こいつらと話し出来ねえし。かといってちょろちょろされると危ねえし」
「何も言ってませんって。ただちょっと……ジェイドはいいお父さんになりそうですね」
「絶対馬鹿にしてるだろ。俺だってこんなガキつれてダンジョンなんて来たかなかったさ」
「あら、私たちのことガキって?」
「生まれた年だけでいえば私たちの方がずっと先輩なのよ。あなたの方がひよっこじゃない」
ミランダとメリンダはジェイドに文句を言って手を離すと、店主に駆け寄った。
「怪我はない?」
「私たち、ちゃんと店番してたのよ」
店主はしゃがんでふたりの頭を撫でた。
「心配をかけてしまいましたね。すみません」
ふたりがほっとしたように笑って店主に抱き付いた。
それをしっかり受け止めたあと、店主が顔を上げてジェイドを見た。
「ジェイドもすみません、わざわざこんなところまで」
「本当だよ。いつものように店に行ったら、こいつらがわーわー騒いでて――」
「うるさい」
「それ以上言ったら刺すわよ」
素直じゃないが、ふたりともジェイドがいてくれてとても心強かったに違いない。
「ほら、帰るぞ」
ジェイドがぶっきらぼうに手を差し出す。
店主がその手を掴んで立ち上がると、何かを思い出したのかおかしそうに笑った。
「ジェイドと初めて会った時のことを思い出しますね」
「あん?」
ジェイドがあからさまに顔を顰め、ガラを悪くする。
「店主はこの脳筋とどうやって出会ったの?」
「知りたいわ」
店主は少し考えるようにジェイドを見て、そして首を振った。
「私の口からは言えませんね。今度ジェイドに聞いてみてください」
「けっ! 誰が言うかよ」
ジェイドが口をゆがめた。どこか恥ずかしがっているようにも見える。
おそらく店主の様子からして、抱腹絶倒、爆笑間違いなしの思い出話があるのだと思うが、それを聞ける日が来るのかはわからない。
絶対にジェイドは口を割らないだろう。
みんなで並んで歩く。
帰り道は、とても賑やかであたたかかった。




